第05話 ロザリー・ラフリス
-アメザス王国北部・ヤメス地方-
レオニスは故郷・ヤメス地方の深い森の中で、ひんやりとした夕方の空気をたっぷりと肺に取り込んで、懐かしさに浸っていた。
馬の頭を撫でながら話しかける。
「どうだ? 俺の故郷は良いところだろ?」
レオニスの呼びかけに、馬は軽く頭を振って返答の代わりにした。
(変わってないな、この森を抜ければすぐ城か……)
空を見上げると、西の空に日が沈もうとしている所だ。
赤い夕焼けが森の木々に反射して森の空気を朱色に染めていき、赤に包まれた幻想的な空間を作り出している。
この分だとなんとか日のあるうちに城に入る事ができそうだ。
レオニスが、沈む太陽の眩しさに目を細めながら、四日間自分と荷物を背負って歩き続けてくれた馬への感謝の印に、首筋をそっと撫でようとした時だった。
一陣の風が吹き、木々が恐れをなしたように葉を揺らす。
周りの気温が下がったようにさえ思える鋭く強大な剣気が、西側から吹き付けてきた。
怯えた馬が前足を高く上げさお立ちになるのを、必死で手綱を引いて治めたレオニスは、素早く馬の背中を蹴って近くの枝に飛び移る。
蹴られた馬は、そのまま北の方へと走っていった。
(何者だ?)
レオニスは木から降りると、生存本能のままに剣と杖を抜いて二刀流の構えを取るが、剣気が吹き付けてくる方角は西だ。
木々の隙間から漏れる西日が目を打ち、戦いには不利な位置取りになってしまっている。
しかも、その剣気はかつて目の当たりにした【アメザスの双刀】ショーン・アマンドを思わせるほど強大なものだ。
だが、今、目の前から吹き付けてくる剣気からは、ショーンから感じたような【成熟】は感じられない、むしろ……。
レオニスが身を隠していた木を蹴ると同時にその剣気の塊が飛び込んできた。
揺れ落ちる木の葉が、剣気に触れ鋭く飛び散る。
「そこっ!」
「遅いっ!」
鋭い突きを薙ぎ払おうとしたレオニスの剣を、すり抜ける様に突き出された剣は、レオニスの手前で半透明の防御幕に遮られ火花を上げた。
空中で体を回転させながら後ろに飛びずさったその剣気の塊は、ふくれっ面でレオニスに文句を言ってくる。
「兄さま、魔法はズルいよ!」
「何言ってんだロザリー、三年ぶりの再会なのにいきなり襲ってくるヤツがあるか!」
レオニスの叱責もどこ吹く風で、今年十三歳になったばかりのロザリー・ラフリスは、後ろに纏めた髪を揺らしながら満面の笑顔を浮かべる。
「どう?私上達したでしょ?」
上達どころではない。
三年前、死の森での事件の後で一時帰郷した際には、当時まだ十歳のロザリーにさえ、三本に一本は勝利を譲っていたというのに、今となっては剣だけではとてもロザリーには敵いそうになかった。
レオニスが剣と魔法の二刀流を工夫する事を考えたのも、そもそもはこの幼い妹の有り余る才能を体感したからである。
「あぁ、強くなった、剣だけならもう勝負にならないな」
「へっへぇん!」
得意げな妹に釘を刺す。
「でも、いきなりは無しだ、馬が逃げちゃっただろ! 俺の荷物どうするんだよ!」
「大丈夫だよ、逃げてったのお城の方だもん、それにあの子賢そうだったからきっと先で待っててくれるよ!」
ロザリーは、琥珀色の大きな目を嬉しそうに細めると、全く堪えてなさそうな素振りで城の方へ歩き始めた。
「ほら、急がないと暗くなっちゃうよ!」
「誰のせいだよ!」
レオニスも文句を言いながら後に続く。
しばらく歩くと、ロザリーの言う通り、森を抜けた所でレオニスの馬が待ってくれていた。
「ほらね、待っててくれたでしょ」
鼻先を突き合わせて再会の喜びを交し合うレオニスとその愛馬に、ロザリーが改めて笑顔を向ける。
「お帰りなさい、兄さま」
笑顔のロザリーの背後には、住み慣れたヤメス城が出立した時と同じ姿で出迎えてくれていた。




