第03話 卒業パーティー
寮に戻ってしばしの休憩を取ったレオニスとチャベスは、とっておきのパーティー用の正装に着替えると、会場であるホールへ向かった。
頑丈そうな木の扉を押し開けて石造りの大広間に入ると、中央にはダンス用のステージが設けられ、その周りを豪華なご馳走が載せられたガラスのテーブルが取り囲んでいる。
天井からは宝石の様な氷の結晶が何百本も垂れ下がり、天窓の月明かりキラキラと反射させてテーブルの間に置かれた幾つものクリスタルの像を照らし、正面に陣取った見送りの後輩たちによる楽団は流麗な交響曲を奏でていた。
「こいつは凄いね!」
「去年より断然豪勢だな」
チャベスが感嘆の声を上げ、レオニスも興味深げに周囲を見回していると、入り口の方がザワ付き始めた。
入り口の方に目をやると、ジュリエットが入ってくる所だった。
「ヒューッ!」
賞賛の口笛を浴びて入ってくるジュリエットは、大胆に胸元の開いた紫のパーティードレスに赤毛が映え、普段の彼女とはまるで別人の様だ。
はにかんだ様な笑顔を浮かべて、居心地悪そうにレオニスたちの元にやってくる。
「ちょっと、ジロジロ見ないでよ!」
チャベスの手からブドウ酒を奪い取り、一口に飲み干す。
「あ、いや、何て言うか君……、綺麗だよ」
取ってつけたようなチャベスの褒め言葉に、三人が顔を見合わせて笑っていると、魔法戦闘術の教授アリア・フレイが声を掛けて来た。
「さっきはやられたよ、レオ」
「いや、先生のご指導の賜物ですよ」
「こいつっ!」
軽口を返すレオニスの頭をグシャグシャと掻き回すと、アリアは真顔で聞いて来た。
「で、本当にお前の妹はフリエールに行くのか?」
「僕もこの前遣い鳩の手紙を貰ったばかりなんで……でも、本当だと思います」
今年十五歳になったレオニスの妹サラ・ラフリスは、異例の措置でフリエール王国の王立魔法学院に越境入学する事が決まっていた。
「そうか…あれほどの天才を我が国で育てられんとは…。」
アリアは悔しそうに呟くと、レオニスが持っていたブドウ酒を奪い取ってひと口に飲み干す。
レオニスが言っていた天才の一人は、彼の妹サラだ。
強大な魔力を持つ魔法族と違い、人間族が魔法を使う際には、通常杖や箒などの道具を媒介し、魔力を増幅させてから術を放つ。
だが、サラは幼い頃から杖無しでも魔法で様々な術を放つ事が出来た。
以前、レオニスは試しに杖無しで雷撃魔法のフェチャルートを使ってみたが、指先から静電気に毛の生えたような弱々しい電気が出ただけであった。
(あいつは人間では教えきれないだろう。)
サラが入学するフリエール王立魔法学院は、7大陸で唯一、魔法族の魔法使いが教鞭を執っているのだ。
レオニスが、妹サラの深く青色をした不思議と人を安心させる瞳を思い出して、郷愁に耽っていると、良く通る声が響いて来た。
「諸君!」
卒業パーティーも終盤に差し掛かり、校長のサイラスが1段高い教員席から立ちあがってホールの生徒たちに呼びかけると、ダンスや飲食に夢中だった卒業生たちは慌てて四角帽子を頭に被り始めた。
天窓が開き、夜の冷たい空気を室内に流し込んで、宴の終えんを知らせる。
周りの教員たちは手にした鈴を鳴らして、まだ騒ぎ足りない生徒たちに注目を促した。
「あ~、諸君!」
なおもお喋りを止めない生徒に鈴が鳴らされ、やっと静かになる。
「諸君は今日めでたく卒業を迎えた訳じゃが、ひとまずはおめでとうと言っておこう。」
生徒たちから口笛や拍手が巻き起こり、またも教員たちの鈴が鳴らされる。
「諸君の中には、武術に優れた者、魔術に優れた者、また学問に優れた者、様々な優れた才能を持って生まれた者が沢山おる。 じゃが、そのどれよりも今後の人生で重要な事を言うておこう。
それは【勇気】じゃ。
勇気を持つ事に才能は不要じゃが、その勇気こそが諸君のこれからの人生で最も重要になる。
決して才能に溺れる事なく、勇気を持ってこれからの人生を歩むのじゃ。
諸君の人生が実り多きものとならん事を!」
サイラス校長の締めの言葉とともに卒業生たちが一斉に帽子を上に投げると、その帽子は鳩へと姿を変え、開け放たれた天窓から夜の空へと羽ばたいていった。