Scar-dead night(怯える死者の夜)-2
「後ろっ!」
レオニスの叫びに、後ろを振り向いたジュリエットとチャベスは、信じられない光景を目の当たりにして一瞬固まった後、慌てて駆け出して来た。
その背後では、広大な森の大地に降り積もった雪が、何か所も隆起してはその中から新たなスカーデッドを吐き出している。
「レオ、何なんだよあれ!」
チャベスは新雪に足を取られながらも、懸命に巨体を揺らして走っている。
「スカーデッドだろ!」
見たまんまだが、レオニスにもそれ以外答えようがない。
「とにかく走れ、あの数は相手にできない!」
そうは言ったが、脛まで積もった新雪でもつれる足にイライラは募るばかりだ。
しかも、研修の宿となっている山小屋からは遠ざかる一方で、既に方向感覚をなくしてしまっている。
このままでは、たとえ追いつかれなくても森で迷って野獣の餌食になるか、疲れて動けなくなった所をスカーデッドに捕まるか、いずれにせよ八方塞がりなのは明白だった。
「待って!」
レオニスの不安に呼応するようにジュリエットが立ち止まって二人を呼び止める。
「何やってんだよ、捕まっちゃうよ!」
「待って、チャベス、あれよ!」
ジュリエットは焦るチャベスを制して雪の積もった木の枝を指さしている。
「雪がどうしたんだ?」
「違うわ、木の枝よ!木の枝をホウキ代わりにして飛べないかしら?」
「そ、そんな事できるの?」
チャベスは息も絶え絶えに不安そうな目を向けている。
その様子では、このまま走っていても数分で足が止まるだろう。
「やってみるしかないようだな。」
レオニスは観念したように木によじ登ると、丈夫そうな枝にぶら下がった。
「おい、二人で俺を引っ張れ!急げ!」
ジュリエットはともかくチャベスの体重をまともに受けて、木の枝は大量の雪を降らせながら根元から折れる。
「ジュリエット、やれそうか?」
不安げに見つめるレオニスとチャベスの前で、木の枝に跨ったジュリエットがフワリと宙に浮いた。
「行けるわ!」
三人は歓喜の色を目に浮かべて、頷き合う。
「よし!俺たちの分の枝も折ろう!」
「レオ、僕のはデカい枝にしてよ!」
安心して余裕が出て来たのか軽口を叩き始めたチャベスを見て、やれやれと言う風に肩をすくめてみせたレオニスは、ジュリエットと目が合うと笑顔を交わし合ったた。
(これで無事に帰って暖かい紅茶にありつける…。紅茶にはやっぱりオレンジジャムが一番だな…)
そう思った瞬間だった。
三人の前で、木の根元の雪がボコボコと不気味な音を立てて隆起し始め、周りを見るとそこかしこで地面の雪が隆起している。
(こっちにも居るのかよ!)
レオニスはフワフワと頼りなく宙に浮いているジュリエットに向かって叫ぶ。
「ジュリエット、行けっ!」
「そんな!?あなた達は?」
「いいから早く行け!先生たちを呼んでくるんだ!」
ジュリエットは一瞬の逡巡の後、すぐに決意を固めて上空へ舞い上がった。
「すぐ戻るから頑張って!!」
天から降ってくるような悲痛な叫びが、気休めにしか過ぎない事は十分承知していたが、ジュリエットが途中で引き返してきたりしないよう大声で返す。
「大丈夫だ!」
レオニスが視線を空から戻すと、周りは既にスカーデッドに囲まれている。
ヤツらはモタモタとした動きだが確実に包囲を狭めて来ていた。
(間に合わないだろうな…)
チャベスも同じ気持ちなのだろう。弱気な微笑みを浮かべると、口惜しそうに呟いた。
「最後の晩餐は七面鳥の丸焼きが良かったな…」
「俺はアップルパイだなぁ」
「何だよ、それ、そんなんじゃお腹膨れないだろ!」
「お前のお腹は膨れすぎなんだよ!」
レオニスがチャベスのお腹をつまむと、二人は声を出して笑い合った。
「やるか?」
「うん」
二人は玉砕の覚悟を決めた。
「いいか、チャベス、まず俺が電撃魔法を掛ける」
「うん」
「多分、数体ははじけ飛ぶだろうから、そしたらそこに突っ込め」
「レオは?」
「俺もすぐ後に続く」
「分かった!」
レオニスとチャベスは手短に会話を交わすと、玉砕の瞬間に向けて気持ちを落ち着ける。
「行くぞ!痺れろ!」
杖を振って呪文を唱えると、杖の先から電撃がほとばしり、前に居た数体を吹き飛ばした。
「行けっ!」
それと同時に駆け出したチャベスだったが、すぐに行く手をスカーデッドに阻まれる。
飾りの様に腰に下げていた剣を抜き、心臓目掛けて突き刺すが、相手の数が多すぎた。
レオニスも後から続いて、二人で必死に剣を振り杖を振うが、多勢に無勢だ。
「レオッ!」
悲痛な叫びの方を振り向くと、チャベスが背後からスカーデッドに覆いかぶさられていた。
レオニスは持っていた剣を、そのスカーデッドに投げつけて級友の危機を救ったが、すぐに周りを囲まれてしまう。
スカーデッドの心臓を抉る剣はもうなく、杖に込める魔力も尽きている。
(もうダメか…、父上、母上、兄上、サラ、ロザリー…)
レオニスは最後の瞬間に、目を閉じて愛する家族の事を思い浮かべた。