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七龍大陸物語 ~レオニス・ラフリスと死者の森~  作者: J・P・シュライン
プロローグ
1/22

Scar-dead night(怯える死者の夜)-1

アメス・センチュリー(AC)1013年・1月

-アメザス王国北部・死者の森-


 りんとした冷気が、容赦ようしゃなく人々の肌を刺し貫く厳寒の冬。

 ひと気の無い静まり返った深夜の森に、ゆっくりと新雪を踏み潰して歩く音が断続的に響いていた。

 時折そのみにくい姿を月明かりにさらす足音の主は、片方の目は抜け落ち、もう片方の黒く濁った目は青白い光を放ち、ただれた唇からはボロボロの歯をむき出しにしている。

 その姿は、幼い頃に見た()()()()の挿絵にあった、恐ろしい死者の化物の姿を連想させた。


 レオニス・ラフリスはたっぷりと雪を積もらせた大木の影に身を隠し、級友二人と共に、瞬きを忘れたかの様にその恐ろしい姿に目を奪われている。

 三人が着ているお揃いの毛皮の外套がいとうの胸元には【アメザス王立魔法剣術学院】の紋章が誇らしげに縫い付けられているが、三人は紋章の金の刺繍ししゅうが月の光を跳ね返して、自分の居場所を教えやしないかと気が気でなかった。

 十五歳の区切りに連れて来られた研修旅行で、まさかこんな化物と遭遇するハメになるとは…。


 級友の一人チャベス・ウッドが、怯えた目を足音の主に向けたまま、太った身体を震わせて声を潜めて聞いて来た。


「あれ、【デッドナイト】だよね?」


 アメザスの子どもなら誰でも知っている()()()()に出てくる怪物の名前だ。

 その怪物は、死んだ人間を使って()()()()()を作り、人間を殲滅せんめつする悪いヤツというのが、おとぎ話の定番である。


「いいえ、あれは【スカーデッド】よ」


 隣に居たもう一人の級友ジュリエット・パックラーが、長いまつ毛に積もった雪を気にする素振りも見せずに、ヒソヒソ声を返す。

 スカーデッドはデッドナイトに操られる元死人、ゾンビという名称で語られる事もある存在だ。

 見る限りでは、ジュリエットの推測の方が正解と言えるだろう。

 そして、()()()()の内容を信じるならば、スカーデッドは心臓を貫けば動きを止める…。


(だが、これは()()だ)


 青年期特有の華奢きゃしゃな長身を窮屈きゅうくつに縮めながら、レオニスは目の前の現実を半信半疑で見つめている。


 チャベスが青白い顔をジュリエットに向けて心底怯えたような声を出した。


「なぁ、あんなのが居るって事は【アルス・ノトリアの予言】も本当なのかな?」

「知らないわよ!だいたいあなたが深夜に盗み食いしようなんて言い出すからこんな事になったのよ!」

「なんだと?ジュリエットが野うさぎなんか捕まえようとするからいけないんだろ!」

「だって、こんな寒いのに可哀そうじゃない」

「しっ、静かに!今はそんなの関係ない!」


 レオニスは短く声を掛けて二人を黙らせる。


「魔法でやっちゃう?」


 ジュリエットの声には、緊迫の色が濃くにじんでいた。


 魔法剣術学院の生徒は、学校以外で魔法を使わないように、校外活動の際には封魔印ふうまいんを打刻されているが、今回の【死者の森】での研修旅行においては、その危険度をかんがみて限定的に封魔印を解除されている。


 死者の森には好戦的な少数部族や、獰猛どうもうな野生の獣、更には【森流し】にされた凶悪犯罪者たちが跋扈ばっこしているとは聞いていたが、スカーデッドは想定外だ。

 仮にスカーデッド一体をどうにかできたとしても、騒ぎが大きくなってそういった連中まで出てきたらお手上げだ。


「いや、本当に倒せるかどうかも分からない、このままやり過ごそう」


 レオニスは小声で二人に告げ、三人は息を潜めてスカーデッドが自分たちの前を通り過ぎるのを待つ。

 腐乱臭を放ちながら足を引きずるように歩くスカーデッドが目の前を通り過ぎようとした時、不意にレオニスたちの後ろから鳴き声が上った。


『キューッ!キューッ!』


 ハッとして振り返ると、いつの間にかジュリエットが追いかけていた野うさぎが(そば)に来て、目の前の見慣れぬ生物への恐怖を身体全体で表現している。


(まずい!)


 もう一度振り返ったレオニスとスカーデッドの不気味に光る目線が交錯こうさくした。

 瞬間、レオニスは弾かれる様に立ち上がり、隠れていた大木に蹴りを入れる。

 蹴られた大木たいぼくは、痛みに震えて無数の枝の上の雪を雪崩なだれの様に落とした。

 落雪がスカーデッドとレオニスの間に雪のカーテンを作り、レオニスはその影に隠れる様に飛び出ると、木の枝を利用して大きく跳躍ちょうやくし、空中で身をひるがえしてスカーデッドの後ろに音もなく着地する。


「止まれっ!!」


 小さく叫びながら弾丸の様に飛び込んで、背中からスカーデッドの心臓の辺りを一刺しにした。


(止まってくれ…)


 祈りを込めて腐敗した背中を見つめるレオニスの前で、スカーデッドは糸の切れた操り人形の様に音を立てて雪の中に沈み込んだ。


「レオ!やったわね!」

「よくやったぞ、レオ!!」


 ジュリエットとチャベスは興奮した様子で飛び出してくる。

 笑顔を浮かべるジュリエットに対して、チャベスはまだ恐怖から脱し切れていないのだろう、心なしか声が震えていた。


「もう大丈夫だよ」


 スカーデッドから剣を抜いて、級友に笑顔を見せようとしたレオニスの端正な顔が恐怖に歪む。

 レオニスの碧眼へきがんが捕らえたのは、二人の後ろに浮かぶ無数のスカーデッドたちの冷たく光る不気味な目だった。


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