第一章-1
異世界という実感が足りてなかった、と仲村春樹は思った。
冷静になれば理解出来た事だったのは言うまでも無いのだが、そもそも事故にあった状態での不安定な精神状態に異世界転移やら、半透明の少女やら、魔法生命体やらのファンタジー要素が春樹の見知った現実に合わせた説明を受け、それ等を割とアッサリ受け入れてしまったのだ。
本来ならもう少し慌てふためいても良かったのである。元の世界では夜中だった筈だが、異世界では晴天が降り注ぐ朝だったのを理解したのは先程の事だった。そう言えば勇車(半)のアルもおはようございますとか言っていたなぁ…。さて、
「『トラクタァァァビィィィィィーム!!』」
ぷぎゅうぅぅぅ!!?
また一匹、魔物が遠くに吹っ飛ばされた。走り始めてニ十分程立った。もう既に七匹目である。風属性を纏い地属性で地面を形成しながら道なりに進んでいたのだが中々森を抜けない。
『またつまらぬまものをけちらしてしまったー』
「さっすがアル君! 最早鉄壁、いや無敵じゃないか!」
『これがびーむのちから…』
助手席に座っている半透明の少女と軽トラ勇車が楽しそうにしている所だが、そろそろ現実を受け入れようか。
「なぁ、魔物って軽トラでぶっ飛ばすモノだったっけ?」
ファンタジーの森の中だし野生的な動物が出てくるのは俺でも理解出来てたさ。でもな、立ち塞がる軽トラサイズの動物…いや魔物(シエルが判別しているのだが俺にはサイズがデカイ事しか分からない)を同質量程度の軽トラが風属性を纏った体当たりでぶっ飛ばすのはどうなのだろうか。
「画面外に吹き飛ばせば勝ち、って大乱闘先生が教えてくれたよ」
「いやゲームと違うだろ。周りの被害とか」
通った周りが無残な物体と血まみれとか怖すぎだろ。
「アル君の風属性魔法を車体に纏って、接触した瞬間に相手を風属性魔法で包んでから風の流れる後方に乗せて飛ばしただけだから被害なんてないよ。ゆっくりと地面に降りていくし、地面に到達したら魔法も解除されるから精々掠り傷程度だと思うよ?」
「お、おぅ…無駄に高度な魔法だな」
「様式美だよ。素材も取らないのに仕留めるなんてナンセンスだもの」
いつの間に覚えさせたのか分からないが、器用な事をしていたんだな。
「そっか、そうだよな。わざわざ倒す理由も無いよな」
倒して剥ぎ取って素材として手に入れる、なんてのは冒険者とか素材の専門職にしか出来ないだろうし、そもそも俺は解体が出来ないし血抜きなら尚更だ。
あるいはシエルのスキルで空間収納みたく仕舞っておくのも一つの手かもだけど、この手のスキルは露見すると面倒事に巻き込まれるだろうし隠しておいた方が良いだろう。唯でさえ勇者の剣に魔法生命体持ちだ。最初から目立つのは確実だからな。
「まぁね。けれど立ち塞がるならトラクタービームの餌食にするさ」
魔物早く逃げて。吹っ飛ばされんうちに。
「なぁシエル。さっきからトラクタービームって言ってるけど、何処からその言葉が出てきたんだ? 魔法名は今まで地属性だの風属性だので一纏めだったから出て来なかったじゃないか」
知らないだけで何か決まった名前があるのか?
「特に深い意味は無いよ。ゲームに出てくる鼻と土の精霊の魔法。地面から浮かして落下ダメージって所が今の状態に似てたからそう呼んでただけ」
「あぁ、結果としてはそうなるから間違いでは無いか。でもな、」
『びーむとは…ひっさつわざ…』
アル、気持ちは分かる。けどな、これだけは言わせてくれ。
「このトラクタービームはビームじゃないし、これただの体当たりだぞ」
「…『違うの!!?』」
体当たりです。何故シエルも驚いているんだ?