8 地獄からやってきた少女
魔王だからといって悪逆非道を成すわけではない。
またヘンドリック達にとっては魔王の支配する魔族もマーデラス王国国民も魔法を駆使することにおいて何が違うかと言えば魔族は角が生えているだけで他に特に違いはないと感じている。
「こぼさないようにねアン」
アンと呼ばれた12歳くらいの少女がメアリーの用意したコーヒーとケーキの乗ったトレーを慎重に運ぶ。
目指すところは魔王の居る応接間だ。
アンの後を同じくらいの少女たちがぞろぞろ後をついていく。
「アン、ノックは私がしてあげるからしっかりね」
「う、うん」
コンコンとアンより年上の少女がドアをノックする。
「アンです、魔王様にお茶をお持ちしました」
「おう、すまねえなアン。入ってくれ」
ドアの向こうからヘンドリックのくぐもった声の返事を受け取ったと同時に先ほどの少女がドアを開けてアンを促す。
ヘンドリックに向かい合わせのソファーに座る魔王のもとへ緊張しながら一歩一歩進んでいく。
何やら難しい本に目を通しているその真剣な横顔に我を忘れるアン。
「アン、どうした」
ヘンドリックに声を掛けられ我に返るアン。
「すいません」
魔王が本から目を離しアンに微笑む。
「やっぱり我の事は怖いのであろう、すまぬな茶はその辺に置いておいてくれて構わん」
もともと人族とは相いれない存在であり、ましてや異世界人に魔王という地位についている魔族代表の姿は恐怖であろうなと想像する魔王。
お茶を持ってきた少女を心配しているのであろう同じ年頃の少女たちが緊張した面持ちで魔王を凝視している。
「い、いえ違います!あのその…コ、コーヒーです。それとこれはチーズケーキです。砂糖とミルクはどれくらい入れたらいいですか」
緊張感の隠せないアン、顔が真っ赤である。
「アン、魔王様と話してる」
「魔王様が笑ってるわよ」
「頭撫でられてるじゃない!私だってまだされたことないのに!」
「何話してるのかしら」
「後で聞く必要があるわね」
「こんどはあたちが魔王様にコーシーもってく!」
少女や幼女が小声で会話しているのをとがめるヘンドリック。
「まあまあ、そういうなヘンドリック殿。子供にとってはましてや異世界人にはこのような見た目である我が珍しいのであろう。人族での我の扱いには慣れておる、気にするな」
人族よりも圧倒手な魔力を保持し、数段優れる魔法を駆使する魔族の中でも最強である魔王。
魔族と人族、そして竜が起こした戦乱の歴史は世代を超えて語り継がれている。
平和な世の中になって長い年月が経とうと人族の心の奥底には恐怖という感情が染みついている。
フッと憂いをのぞかせる魔王とそれを見つめる少女たち。
「ま、魔王様・・・」
アンの代わりにドアを開けてあげた少女が倒れた。
「レイチェル!」
魔王とヘンドリックが慌てて倒れた少女の元へ駆け寄る。
「大丈夫かレイチェル!しっかりするんだ」
凶悪なフェイスマスクのヘンドリックがレイチェルを抱き上げる。
「わ、我のせいかの。すまぬヘンドリック殿。ど、どうしたら・・・」
地球が核の炎に焼かれて10年は優に超える年月を過ごしてきたヘンドリック達。
生き残った多くの者が生き延びる為に徒党を組み殺し殺されてきた。
荒んだ世界で敵対する集団や見知らぬ集団に相対した時舐められない様にしなければ標的となってしまう。
気が付けば黒い革ジャンを羽織り、肩パットをし更に金属の鋭利な棘を生やしていくようになった。
一つの自衛手段である。
地球に生まれた子供たちはそれが普通であった。
「まあ、たしかにあんたのせいではある」
ヘンドリックはオロオロする魔王を見てつぶやく。
地獄からやってきた少女たちにとっては理想を絵にかいたような王子様の様な魔王。
目をキラキラさせる少女の瞳に囲まれる魔王がひたすらヘンドリックに頭を下げる。
先代魔王の子であり、その才能を引き継いだ生まれながらの魔王。
小さいころから周りは大人しかいなく、大人になれば美しい女性が我こそはと侍る。
無論、色恋の話がなかったわけではない。
だが、今魔王を目にする少女たちの目に未だかつて感じたことのない視線を感じる。
手の届かないものに憧れる純粋なその視線。
少女たちはその後、自分たちの気持ちをだれかと共有したいがために宣教師がごとくその素晴らしさを積極的に人々に説くようになっていった。
魔王が巨大なファンクラブを従えるアイドルとなる始まりの出来事である。