6 渡る世間と地獄の軍団
マイケル・ノートン辺境伯爵は画面が黒くなったタブレットコンピューターを机の上に置くとため息を一つつく。
「やはり電気というものを満たさないとどうしても見れなくなってしまう。何とか魔法で代用できないものか」
ドアをノックする音に驚き、あわててタブレットコンピューターを引き出しに隠す。
「何か」
「旦那様、ご夕食の支度が整いました」
メイドのアンの声がドア越しに聞こえる。
「う、うむ、今行く」
「では、失礼いたします」
ノートン辺境伯は緩んだ顔を領主らしい威厳を持った表情に変える。
だが心の中は先ほどまで見ていたグラビアアイドルの動画でいっぱいである。
何とか家人にばれない様に太陽光発電装置なるものを設置しいつでも動画や静止画を見れるようにしたいのだがいかんせん何のためにと言われれば答えられるような代物ではない。
また『荒野の狼』たちの持つ武器やその他もろもろのものは未だ安易に持ち出す事も躊躇われた。
その中で唯一手元に置きたかったものがこのタブレットコンピューターである。
初めて見たときは驚愕したものである。
正にうわさに聞く伝説の神器。
言葉もよくわからない頃に出会った『荒野の狼』副リーダーであるジャックという妙な髪形をした者と男と男の約束を交わし秘密裏に貰ったものなのである。
『マックには絶対に内緒だぜ伯爵様、違法動画だからな』
何を言っているのか分からなかったが何となく不味いものだとは理解している。
そんな代物を、王国でも奇跡的に同じような物を召還したものがあるとは聞いていたがまさか自分がそれを手にするとは思いもよらなかった。
しかも国で保管しているものは画面が黒いもので、伝説によれば見たこともない映像が映し出され口では言えない世界が広がっていたというが今では全く見ることができないと聞く。
そんな神器にも等しいものを自分が持っているなどと知られれば国に供されることは必然。
動画を見るために何度、冒険者クラン『荒野の狼』の住処に通い充電したことだろう。
ジャック曰く、『サーバーというものにいくらでも同じようなものがある』とのこと。
子どもたちのおかげで大変なことになったと最初は驚いたが今ではいろいろな意味で感謝しているノートン辺境伯であったがさすがにこのタブレットコンピューターについては口を噤む。
『妻に見つかったらどうなるか想像するだけで身の毛がよだつ』と伯爵は軽く体を震わせたあと隠し金庫にタブレットコンピューターを閉まって部屋を出ていく。
部屋を出ると代り映えのしない夕食の最後に供されるであろう『荒野の狼』から今日も献上されたお菓子の事に気持ちが切り替わる。
夕食を手早く済ましワクワクしながらそれを待つ伯爵一家。
すらりとした品のいい執事のマシューがお菓子をメイドとともにしずしずと持ってくる。
ノートン伯爵の前にケーキを置きながら口を開く。
「本日はマグレブ山で採取された栗のようなものを使ったモンブランというケーキと伺っております伯爵様」
「なんと!あんな危険な山に分け入ったのか、さすが『荒野の狼』であるな。して、栗とは何ぞやマシュー聞いておると思うが」
「何やら元居た世界の木になる棘にくるまれた木の実とのこと、試食し安全を確認しているとのことで御座いましたが、私どもがこの身を挺して毒見を済ませておりますゆえご安心ください」
その夢心地な表情に仕方がない事ではあると思う伯爵。
見ればメイドたちもニコニコしている。
「皆の気遣いうれしく思うぞ」
もう、精いっぱいの皮肉であるが通じていない。
すでに妻や子供たちはフォークを片手に一心不乱にモンブランなるケーキを楽しんでいる。
「ありがたいが甘いものはやはり苦手だ。レイア、君これ食べるかい」
甘いものが苦手なノートン辺境伯は嬉しそうに頷く妻の笑顔にほほ笑む。
その姿を見て満足そうにケーキを執事に渡すノートン辺境伯。
痩せぎすた妻のレイアも『荒野の狼』の持ち込むお菓子を口にするようになっていくらかふっくらしてきている。
出会った頃の妻の姿が目に浮かぶノートン辺境伯爵はこうして毎回レイアに自分の分をあげているのだ。
「やはり旦那様にはこちらでございますね」
執事がやはりこれも『荒野の狼』から献上されたブランデーをグラスにそそぐ。
「旨いものであるな」
聞けば『荒野の狼』においてもこういった酒の在庫も限りがあるという。
ノートン辺境伯はじっとグラスを見つめながら考える。
「マシュー、明日も『荒野の狼』の使いは来るのであろうな」
「はい」
「よし分かった。彼らに酒造の許可を与える、正式な書面が後日となるが早めに取り掛かるように伝えよ」
「畏まりました」
『贈り物ですかい。男だったら酒、女子供には菓子って相場が決まってますってボス』
なかなか立たないモヒカン頭を必死にセットしながらヘンドリックに処世術を説いたジャックは意外と世渡りの上手い男であった事がさらに証明されたのであった。