5 地獄からの冒険者
「しちめんどくせえ話は無しだ。お互い冒険者、きっちりこいつでケリをつけようか」
背中に引っ掛けてある巨大な剣を外し両手で構えるヘンドリック。
この世界の常識を超えた大剣であるがヘンドリックが持つと普通の大きさと錯覚する。
「待ってくれ!俺らは魔物を横取りすんなって言ってるだけで筋としちゃあ間違ってねーだろ」
ヘンドリックに相対する冒険者たちのリーダーが怯えながら両手を広げる。
「魔物は最初から横取りするつもりはねえのさ、ただなお前らのやり方が気に食わねえ。ガキはこっちで引き取る、文句は言わせねえ」
ヘンドリックの後ろに12,3歳ほどの子どもが足に矢を受けて倒れている。
「やりかたがどうだろうとあんたらには関係ねえだろ」
「だからしちめんどくせえ話は無しだって言ってんだよ。俺たちはこの子供をパーティーに入れるってだけだ」
「ふざけるな!そのガキは俺らのメンバーなんだよ!」
ヘンドリックの後ろからモヒカン頭、長髪、スキンヘッド、ヘルメットを被った男たちが銃を構えながら進み出る。
黒い革ジャンに棘をいくつも生やした肩パット、モトクロスブーツの脛の鉄板が鈍く光る。
「ボス、やっちまいましょうや。またマックの野郎にガタガタ言われんのもめんどくせーし」
「ここでぶっ殺しときゃ魔物が綺麗さっぱり片づけてくれんだし、いいでしょボス」
「久々の殺し合い、腕が鳴るぜボス!」
凶悪な笑みを浮かべる『荒野の狼』メンバー。
「わ、わかった。そのガキはあんたらのもんだ。好きにしろ」
逃げようとする冒険者たち。
「ちょっと待ちやがれ!」
ヘンドリックの怒声にピタッととまり、首を回す。
「ま、まだなんか用があるんですかい」
ヘンドリックは大剣を持ち上げたあとその切っ先を魔物がいくつも転がる場所に向けた。
「持ってけ、おまえらの獲物なんだろ。ひとつ残らず持っていけ。いいか、ひとつ残らずだ」
オークと呼ばれる魔物の中でもまるで変異種のような巨大な体躯のそれが15,6体転がっている。
それを全て持って行けというヘンドリック。5人の冒険者には荷が重すぎる。
にやりと笑うモヒカン頭のジャックたち。
「この子供の移籍の礼だ。釣りはいらねえよ」
「さすがボス、粋なことしやがるぜ」
「馬鹿、おだててんじゃねーよジャック。それよりナンシー、子供を早く手当してやってくれ」
「オーケイ!ボス、だったらとっととベースにいかなきゃ」
オフロードバイクの電気モーターが一斉に静かに始動。
「子供は俺が背負う、ナンシー紐かなんかないか」
『荒野の狼』パーティーメンバーの中で最も真面そうな恰好をした長髪の優しそうな顔の男が子供を背負いナンシーと呼ばれた女が紐で括り付ける。
「行くぞ!野郎ども。森の外に待機してる車まで突っ走る。チャーリー、調子こいて魔物にぶつかるんじゃねーぞ、大事なバイクだからな」
「ヒャッハー!」
冒険者たちの目の前を何台ものバイクが走り抜ける。
日の差さない鬱蒼とした森の中でバイクを駆りながらヘンドリックは思う。
『この世界は命が軽い』
この世界に転移して早1年、冒険者パーティー『荒野の狼』として必死に生きてきた。
自分たちが生きてきた世界の数分の一にも満たない命の価値しかない。
今も力なき子供が魔物狩りの囮に使われ殺される間際を何とか救ったがこれが魔物を狩る手段の一つだという。としたら今まで何人の子どもが殺されたのか。
本当はあの冒険者たちを殺してしまいたがったが無為な殺戮はさすがに思いとどまった。
無法に近いこの世界でも元居た世界の法による支配の経験が、そしてマックという警官の存在がそれを思いとどまらせたのだ。
元居た世界も狂っていたがこの世界も大概なものだと思うヘンドリック。
今は冒険者パーティーというよりクランに近い存在のヘンドリックたち。
ここマーデラス王国ノートン辺境伯領に存在する彼らのベースに今まで何人も救ってきた弱者を住まわせている。
それがヘンドリックの方針であり、ヘンドリックに共感してきた者たちの生き方なのだ。
見かけは怖いが苦境にあえぐ人々、路頭に迷う孤児、不幸な境遇の女性たちを見返りもなく救ってきた救世軍のような『荒野の狼』に感謝するものも多い。
だが半端な冒険者や盗賊などの荒くれどもは地獄の軍団『荒野の狼』と囁く。
力こそ正義だった者たちは更なる力によってなぎ倒され服従を余儀なくされた。
今では『荒野の狼』に逆らう者などこのノートン辺境伯領には存在しない。
しかし何故か『荒野の狼』でさえ頭が上がらない存在があった。
その名はマック、ノートン辺境伯領唯一の保安官である。
フルネームはレオン・マクダーナル、頑なにファーストネーム呼びを拒否する男である。