37 ノートン魔法学院
川崎の装着していたパワードスーツの最終チェックが終わる。
一機のパワードスーツにつき一台のトレーラーが割り当てられており、その中で佐々木を始め元自衛隊員5人とリドリーがモニターに表示されるデータを手分けして確認していく。
「音声制御装置及び各種制御装置に問題はありません」
「バッテリー各セル異常なし」
「各種センサー類及びスペクトル分析装置異常なし」
「平時及び戦闘プログラム起動しました」
「プロテクター各部強度及び兵装制御装置異常なし」
「魔力伝達装置及び魔法陣問題なし」
佐々木は隊員たちからの報告に頷く。
真っ白いトレーラー内部に真っ黒なパワードスーツがくっきりと浮かんでいる姿はまるで戦闘後とは思えない。
だが確かにその黒いパワードスーツの中で人ひとり死んだのである。
「よし良いだろう、主電源を落とせ」
トレーラーから降りた佐々木たちはメタリカ国陸軍特殊戦闘部隊に割り当てられた兵舎の一室に向かう。
「よくまああの状況からここまで直しましたね」
リドリーが佐々木の脇を歩く。
もう17歳となり背の高さも佐々木とほぼ変わらない。
「スペアパーツが二体分各機体にそれぞれあるんだが、今回損耗率が高かった。恐ろしいものだな悪魔って奴は」
「ええ、それぞれ持つ魔力の違いにより悪魔の力は変わってくるんですけど状況を見ての僕の判断ですが多分僕と同じくらいの魔力量保持者だったと思います」
「ということは魔王さんと同じくらいってことじゃないのか」
「あそこまでではないですが、心のタガを外した状態だとそれくらいにはなりますね」
「って言う事は君も悪魔になったらあれくらいの力が」
「そういうことです。ですから僕・・・僕たちはノートン魔法学院にいたんです」
マーデラス王国でも辺境といわれる場所であり他国と接するかつていたノートン辺境伯領。
強大な悪魔候補として素質のある膨大な魔力量保持者である子供たちが集められた学校。
高度な教育を施され規律を学ばせ感情に左右されない心に鍛え上げられ卒業するころには冷徹な人間として社会に組み込まれていく。
もし途中で悪魔に変わっても強力な辺境伯軍とマーデラス王国最強の魔術師により葬られる。
その際被害を被るのはノートン辺境伯領と隣接した他国である。
「怖いですか」
「君たちの事は信頼している。君たちは我々を受け入れてくれた。それにフィリップさんを知ってるから今更だ」
「ああ!そういえばそうですね」
クスっと笑うリドリー。
「おっと、そういえば前から聞きたかったんだが」
「なんでしょうか」
「もう一回我々の様な者を召還できるのか聞きたかったんだ」
「それは無理ですね」
「なぜ」
「やってみたんですよ」
「やったんだ」
「ええ、でも出来ませんでした。同じメンバーで同じ魔法陣を使って例の巨大ロボットを召還しようとしたんですが出来ませんでした」
兵舎の前にアレイシアが佐々木たちに向かって手を振っているのが小さく見える。
「みなさんを召還できたのって本当に奇跡だったんだって思います」
「その奇跡の召還で呼んだのがトラブルをまき散らす我々だったっていうのは何とも言えんもんだな」
「あははは、そんなことないですよ。逆に皆さんに迷惑をおかけしてしまって申し訳ないと思っています」
だらだらと歩く佐々木たちにしびれを切らしてアレイシアが走ってくる。
「もう!お茶が冷めちゃいますよ佐々木さーん。リドリーも早くいらっしゃい!」
マーデラス王国においては行方不明となっているが間違いなく公爵令嬢なのだがその仕草はすっかり『荒野の狼』のメンバーに馴染んでいるアレイシアを残念そうに眺める佐々木。
「君には感謝している」
アレイシアの声で佐々木の言葉が掻き消える。
「何かいいましたか佐々木さん」
「何でもない、さっさといかないとアレイシア嬢にまた俺が怒られそうだ」
アレイシアが勢いよくリドリーに抱き着く。
佐々木はかつてアレイシアに怒られながらもお淑やかにぽこぽこ胸を叩かれた記憶を思いだしやれやれと肩を竦めた。
兵舎の中に入るとヘンドリックたち『荒野の狼』主要メンバーとマック、そしてノートンが予定通り集まっていた。
佐々木たちは各々の席に座りお茶を飲みながら久々の顔と談笑する。
ノートンが頃合いよく壇上に上がる。
「さて、諸君。我々の戦友である川崎殿が戦死されたことにまずは黙とうを捧げたい」
全員がヘンドリックの号令に合わせて黙とうを捧げる。
「ありがとう。では話を始めたいがいいだろうか」
皆頷く。
「佐々木殿からの提案で早急に陸軍特殊部隊の人員補充ということだが、佐々木殿いいかな」
ノートンに促され佐々木が壇上に立つ。
「皆さん、我々の戦闘単位は基本的に7人です。もちろんそれ以下でも稼働は出来ますが最大限の戦力保持のためには出来うる限り7人を維持することが望ましい。川崎が担当していたパワードスーツが今は搭乗者不在となっています。早急に搭乗者を決めパワードスーツを使いこなせるように教育すると同時にパワードスーツにも搭乗者の能力把握・・・まあ癖を覚えさせる必要があります」
ヘンドリックが手を上げる。
「あれに収まっちまえる奴を募集するんだな」
「はい。一応調整できる範囲の体格に制限がありますがそれだけではありません」
佐々木の顔が少し厳しくなる。
「俺たちの倫理観に沿った者ということじゃないのか。だったら『荒野の狼』のメンバーからでいいと思うんだが」
マックが佐々木に応える。
「もちろんそれが一番いいと思いますが」
「何かあるのかね佐々木殿。まさか我をここに呼んだということは」
「はい。今回の戦闘において我々にも対処しきれない事があるとはっきり分かりました」
「魔法を使える者にということか」
ノートンが上目遣いに天井を見る。
「確かにそうだな。魔法石だと限界があるってのがな・・・だが」
ヘンドリックの言葉を佐々木が制する。
「それ以上は自分が話します」
「なにかね」
息を深く吐く佐々木。
「正直にお話しします。あれに乗るということはある程度人間性が失われていくということを受け入れるということです」
ノートンが久しく忘れていた苦々しくも国からの要請で行っていた学院での教育を思い出させる佐々木の言葉だった。