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33  一生涯忘れられなくなった男

 ヘンドリック達『荒野の狼』の主な仕事は傭兵稼業であり、お呼ばれすれば周辺諸国に出張し戦争とも呼べない紛争で戦っている訳だが『荒野の狼』が姿を現した途端に敵側が話し合いを申し出るので血を流す事は一切無い。

 会社の方針は元の世界の倫理に沿ったものなので雇われるにも雇用者側の大義を重視する事もあり仕事は年に一、二回である。

 それでも一度仕事が入れば一年間の利益は十分に確保出来るが、その仕事が無ければ冒険者ギルド(メタリカ国内に於いては協同組合)で仕事を斡旋してもらっているか軍事訓練に明け暮れている。


 『荒野の狼』はハンナ率いるウルフホールディングス傘下企業である。

 年に4回決算報告をし、今はその最も大事な年度末決算報告を大勢の株主の前でヘンドリック社長が冷や汗を流しながら、会計報告を続ける会計士の後ろで縮こまっている。

 一通り決算報告が済むと代表取締役のヘンドリックが壇上に立つ。

 一斉に株主達が手を挙げる。


「傭兵部門の利益が大分減っているようですが今後の見通しをお聞かせ頂けますでしょうか」


 大株主であるフィリップの代理人のエミーリアが声を張り上げる、議事進行役に促されヘンドリックがしどろもどろに説明を始める。


「お手持ちの資料に記載されている様に本年度は傭兵派遣の依頼が昨年度に比べ」


「そんな事は十分承知しております。今後の見通しをお聞かせくださいと申し上げているのです!」


 エミーリアはとても良い魔人であるがお金に関しては厳しい。

 ヘンドリックが壇上から泣きそうな顔でエミーリアの言葉に頷く多くの株主を見渡す。


「こ、今後の安定した各国の政治状況を考えますと厳しい見通しとしか」


『そんな事は分かっている!』

『私企業という意識が薄いんじゃ無いのか!』

『この配当では納得出来ない!』

 

 様々な意見が怒声と共にヘンドリックを襲う。


「お静かに願います、議事進行中です!ごせいしゅくに!」


 議事進行役が大声を張り上げるが議場は総会屋らしき冒険者が負けじと煽り立て混乱が収まらない。


「ボス、ここはあっしが抑えますんで」


 ジャックがヘンドリックを席へ戻らせる。


『平取が何故出てくる!』

『お前はウルフ興行の社長だろーが!』

『ジューダス地区を追放されたあんたに用は無い!』

『メタラーが何様のつもりだ!』

 

 散々な言われ様だがグッと堪えネクタイを少し緩めるジャック。

 総会屋らしき冒険者が手を挙げ怒鳴り他の株主達に同意を求める様子を見つめながらも握るマイクの震えを抑えながら答えるジャック。

 

「皆さん、私もこの会社に在籍していると同時に出資している一株主です。皆さんの言い分ももちろん理解しており、強すぎる『荒野の狼』であるが故の今後の事業見通しが暗いのも重々承知しております。ですが良くお聴きください。『荒野の狼』はウルフホールディングス傘下の多くの企業に出資しており十二分に配当を受け取っており企業の存続に全く不安がございません」


「そんな事を聞いてるんじゃ無い。あんたらがもっと働けば利益が上がるんじゃないのかと聞いているんだ。戦争が無ければ魔物を狩るとか営業努力が足りないんじゃ無いのか。知ってるぞ、温泉の源泉調査と言ってあちこち旅行して遊びまわっている者が居るのはな!」


 別の総会屋らしき冒険者が叫びながらビラを撒く。


「何を言ってるんです、前人未到の地で源泉調査は正に冒険者の仕事ではないですか。しかもこの仕事は湯の里温泉モーリシャス旅館株式会社から冒険者ギルドに依頼され我々が指名されキチンとした手順で請け負った仕事です。この仕事は『荒野の狼』でなければ成し遂げられなかった偉大な功績ですよ!」


「よく言うな!その仕事の内の魔物退治は下請けの冒険者にさせて自分達は呑気に観光しているって話じゃないか!」


「当たり前です。温泉観光地開発の為の事前調査ですから。更に言うと下請けの冒険者が魔物を狩る事は冒険者と冒険者ギルドの利益となっております。本来であれば全て我々だけで完遂出来ますがギルドとの協議により魔物の取り分を冒険者に渡す事になっております」


「その魔物の利益を何故ギルド所属の冒険者にわざわざ渡す!あんたらも冒険者だろーが」


「業務の分担です。いいですか我々の受けた仕事はあくまでも源泉調査です。我が社のスタッフが使用する武器も主に対人戦闘にほぼ特化しており魔物退治は過剰に経費が掛かりそれで魔物を狩っていては非効率です。また我々の調査結果を元に該当する地に於ける観光開発関係者はモーリシャス社社員も冒険者ギルドに警護を依頼しており我々はこういった慣例に従っているとご理解ください」


 すっと立ち上がるエミーリアが更に喚こうとする冒険者を目で制するとビシッとヘンドリックを指さす。


「何か勘違いされている様ですね、荒野の狼は株式会社ですのよ。何の営業努力もしないで何様のつもりですか!」


 確かに言われても仕方ない事である。

 国軍とは違い仕事が無いからと放っておいたらいつかはウルフホールディングスからお荷物扱いされる可能性がある。

 現在『荒野の狼』が許容されるのも法の支配がまだ十分に理解され無い不安定な社会だからである。

 国際情勢の安定化が進み、国内の治安強化が行われ法の支配を当然と言う社会になれば『荒野の狼』の存在価値は薄れていくのは目に見えている。

 エミーリアの言葉は厳しいが彼らの将来を真剣に思った言葉なのだ。


 将来にわたっての会社の存続を図るために『荒野の狼』に営業企画室が設置されることになった。




「悪い子はいねがー!怠け者はいねがー!」



 冬になると子供が泣き叫び母親に縋り付く光景が国中に繰り広げられる様になった。

 ヘンドリックのなまはげ姿が余りにも恐ろしかったのか、やんちゃな子供が良い子になったと評判になり冬の間国中を駆け回る『荒野の狼』一行。


 夏の海辺でバーベキューしながら音楽を楽しもうという『荒野の狼』営業企画室が考え出しヘンドリックがゴーサインを出したフェスティバルが嵐のために中止になり大赤字を出した。

 フェスティバル事業の大赤字を知った株主が臨時株主総会を要求しエミーリアから提案された要求がなまはげの仕出しであった。


 ある意味懲罰的な仕事である。


 ネタの出どころは勿論佐々木ではあるが、まさかこういう事になまはげが利用されるとは思ってもいなかった。


「少佐、本当に申し訳ありません。まさかアレイシア嬢に話していた私の郷の風習がエミーリアさんに伝わってこんな事になるとは思っても見ませんでした」


 ある村の一軒家の一室で佐々木がなまはげのメイクをしているヘンドリックに土下座をしている。


「頭を上げてくれ佐々木」


「ですが」


 メイクも終わり頭を下げ続ける佐々木に向かい肩を叩くヘンドリック。


「最初は流石にこれはどうかと思ったんだが・・・今はお前に感謝している」


 ヘンドリックは脇役のジャックと共に泣きながら平身低頭する佐々木を無理矢理立ち上がらせる。

 フェイスマスクを外し焼け爛れた素顔にメイクを施したヘンドリックがニッコリ笑う。

 自らが先頭に立って株主たちから与えられた懲罰的業務をこなす男の中の男だと多くの社員たちから絶賛される姿がそこにはあった。


「ボス、そろそろ出番でさあ」


「よし今年も気合入れて行くか!」


 

 ヘンドリックの生きがいとなったなまはげ役は一生涯に渡って誰にも譲られることはなかったのであった。







 





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