3 天国に行けるほどの男ではない
ハンドルに顔を埋めてこみ上げる吐き気を必死に抑えるマック。
「生きてるのか」
マックは車から降り数歩で倒れる。
意識を失って数分、ミューズが顔を舐めていることに気づき片目を開ける。
向こうでヘンドリックが『荒野の狼』メンバーの一人の頬を引っ叩いている。
「しっかりしろ佐々木!おい、生きてるんだろ!目を開けてくれ!」
黒髪黒目の男が肩を揺すられている。
やっとの思いで体を起こし周りを見れば今しがた別れを告げた人たちがあちらこちらで倒れている。
「核ミサイルの攻撃じゃなかったか・・・」
マックはよろよろとヘンドリックの元へ向かう。
「ああ!マック気が付いたか。すまない皆を起こしてくれ」
「わかった」
一人一人目を覚まさせていくが誰も傷ついた者がいないことに安堵するマック。
「ヘンドリック、どうやらみんな無事のようだ」
「そのようだ、残りの連中は俺が面倒を見るから外の様子を見てきてくれないか」
マックはヘンドリックに指示されるとミューズを伴って門に向かう。
門をくぐるとあたり一面草原が広がっていた。
「荒野だったよな・・・」
どうも自分はおかしくなっているらしいと気付け代わりに内ポケットからウイスキーが入っている小さなボトルを取り出し一口つける。
じんわりと腹の中が暖かくなっていく。
さわやかな風が頬を撫で瑞々しい背丈の低い草があたり一面生い茂り遠くに雪がわずかにかかった山脈が見えている。
光は柔らかく僅かにせせらぎの音が聞こえ鳥が羽ばたいていた。
ふうと息を吸い込みサングラスを掛けるマック。
足元にちょこんと座るミューズと目があう。
一人と一匹は首だけ動かし辺りをうかがう。
「ここは一体・・・」
振り返れば間違いなく石油精製施設がある。
ティアドロップ型のサングラスを外しゆっくりと丁寧にハンカチで汚れを拭いあらためて周りを伺う。
ガサゴソという音が聞こえミューズが音に向かって吠えると草むらから少年が立ち上がってくるのが見えた。
少年は黒いローブを羽織り大きな杖にしがみ付いている。
綺麗な金髪に汚れ一つない顔がマックに違和感を与える。
「こんな子がいたかなあ」
マックはゆっくりと少年に向かい足を踏み出す。
「あおdじwhふぇるhふぇwhれぎgkwgrtp2!」
マックには理解できない言葉が少年から発せられる。
それでもマックはこの状況を把握しなければと少年にいろいろ聞くために近づく。
「怪しいものじゃないよ、ほら警察バッチだ。見てわかるだろ」
マックは右手に警察バッチが貼り付けられている手帳を掲げながら笑顔で話しかけるが恐怖におののく少年はガタガタと震えるばかりである。
「マック!何かあったのかマック!」
ヘンドリックが門から走ってくる。
マックは振り返りヘンドリックに少年を見つけたことを報告しようとした時であった。
「kmふぇおrpjぐtrhぐいいをえいお@fくぉいpwじrt!」
「マック!あぶねえ!避けろ!」
その声に慌てて振り返ると少年の方から火の玉がマックに向かって飛んでくる。
硬直するマックに飛び掛かる火の玉。マックは避けることさえできず立ちすくむ。
火の玉がマックの服に襲い掛かる。
マックはぼーっとしながら腹のあたりに燻る火を見つめる。
「なにこれ・・・うお!おいおい勘弁してよ」
マックはグローブを付けた手で火を払いのけた。
「vぬいぽhうghろvwvぴおぺいえいrg7jf!!!!!!!!!!!!」
少年は叫びながら逃げて行ってしまう。
「大丈夫か」
「ああ、少し驚いたが何ともない」
防弾防刃耐火性能に優れる特殊交通機動隊の制服には焼け焦げたあとさえ残っていない。
そもそも火の玉が当たっても何の衝撃もなかったため攻撃された実感が湧かなかったのが対処を遅らせた。
「どうもおかしい・・・俺には草原と山、鳥が見えるんだが天国に召されちまったのか。俺は地獄に落ちても天国に呼ばれる筋合いはないんだが」
ヘンドリックがマックと同じように首だけ動かして辺りを見回す。
「そうか、あんたはここが地獄のはずなんだな」
「地獄がここっていうならそれはそれで文句はないんだが・・・」
「みんなはどうしてるんだ」
「状況がはっきりするまでその場で待機させている」
マックとヘンドリックは肩を並べて施設の周りを歩き始めるとさっきの少年のような出達の子どもが数人倒れている。
「どうするヘンドリック」
「どうするもこうするも、このままってわけにはいかないだろう」
「だよな」
マックとヘンドリックは子供たちを肩に担ぐと施設に向かって歩く。
「ボス!何かあったんですか」
ヘンドリックは無線で呼び出したジャック達数人に子供たちが他に倒れていないか確認しろと指示を出す。
施設の一室に倒れていた子供11人を寝かしつける。
「逃げて行った子供と話したのかマック」
「話したのは話したと思うんだが言葉がよくわからなかった」
「困ったな」
「ああ、困った」
気を失って寝ている子供たちを見下ろし腕を組むヘンドリックとマック。
ほのかに食欲をそそる匂いがマックの鼻をくすぐる。
「そういやまともな食事はできなかったが」
前の街から追い出されて一か月ほどまともな食事を口にしていないマック。
「考えても始まらん、先ずは飯だ飯!旨いぞ『荒野の狼』の飯は」
背中をヘンドリックに押されて皆が集まる場所に向かう。
むさ苦しい男たちに食事をふるまう女たち。
旨そうなシチューを頬張る子供の隣でミューズが久々の肉に食らいつく。
「ヘンドリック」
「なんだ」
「俺たちは生きているんだよな」
「死んでりゃ腹なんか減らんよ」