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25 移民の歌と自由の戦士たち

 投資説明会後の話から計画は大幅に変更され両公爵はノートンその人に投資することとなりヘンドリックが王から渡された金貨とは違う他国でも問題なく使える金貨を渡し、代わりにノートンより直筆の株券を貰う。

 亡命する人間に投資するというのもおかしなものだが、ガルフ及びウラミジール公爵は『荒野の狼』の見せてくれた未来に掛けると同時にガルフはノートン辺境領を直轄領とすることで自領の抱える配下の者にニンジンをぶら下げることが出来、ウラミジールもガルフに協力しノートンを成敗し領地を占領したということを名目に酒造工場の権利を半分得ることにより今まで密かに作られていたウィスキーやバーボンその他もろもろの酒を大量生産し膨大な金を生み出す工場を得る権利を手にした。

 またマーデラス王国において緊急事態が両公爵の身に降りかかれば『荒野の狼』のバックアップも受ける約束も交わす。

 

 王都に帰った両公爵は密かにメタリカ国とマーデラス王国の国境警備要員を自分の配下に置き換えていく。

 辺境で勤務していた兵士にとっては願ったり叶ったりなのでスムーズに兵士の交代が行われノートン辺境伯領民の密かなメタリカへの移民が開始された。


 そして早2か月、ノートン辺境伯領地はほぼ無人と化した。

 きれいさっぱりいなくなってしまったのだ。

 ノートンの配下の貴族も冒険者も商人も農民も学生も誰も彼もメタリカに移住することを希望してしまったからである。

 その全ての原因は『荒野の狼』ということになっている。

 マーデラス王国全域伝えられることによると『荒野の狼』の魔法により夢見るような目つきで全員どこかにさらわれてしまった事になっている。

 もちろんこれは『荒野の狼』達にオルグされた冒険者たちによるフェイク情報。

 王国に居る親族に危害が及びかねないことを考慮した結果である。

 

 作戦名は『ハーメルンの笛吹き男』。


 王国軍が噂通りに誰もいなくなったノートン辺境伯領に進軍し無抵抗を実感しつつ『荒野の狼』ベースとしている石油精製工場に対峙する。


「噂通り領民は連中にさらわれたらしいが、まだ連中の何人かが立て籠っている。よほど奴らにとって大事なものがあるに違いない。潜り込ませた者の知らせは確かなものだったようである。我らにとっても面白いものがあるに違いないわ」


 ニヤニヤしながらベースを眺めるマーデラス国王。


 時折ベースから手りゅう弾が王国軍に向かって投げられるが爆破の範囲外で待機している先陣を切る予定のガルフ・ウラミジール両軍には全く届かない。

 だがその爆発音と上がる砂煙に王国軍全体に恐怖の感情が押し寄せる。


「陛下!我が寄子の後始末を着けてまいります!」


「私も僚友とともにこの身を陛下に捧げとうございます!」


 頷く国王と王の前で跪きながら決意を表明する両公爵。


「歩兵!前へ!」


 両公爵軍が打ち合わせ通りに盾を構える歩兵を先頭にベースに進んでいく。

 残る王国軍兵士がその後に続く。

 時折魔法の攻撃がベースに行われるが鋼鉄の壁に妨げられる。


「突撃!!!!!!!!!!!!!!!」


 ガルフの大声と共に歩兵が突っ込んでいくとベースに残った『荒野の狼』軍事部門の兵士が近寄る王国軍兵士に発砲する。

 テーザー銃から射出体、ショットガンからゴム弾が撃ち込まれ兵士がバタバタと倒れたり吹き飛ばされる。

 遠くから見ていれば耳をつんざく様な発砲音の後に倒れていく兵士に恐怖を感じないわけがない、 

 そのための手りゅう弾だったのである。

 更に両軍安全圏内でのクレイモアの大爆発に慄く王国軍。

 打ち合わせ通りに壁の上に『荒野の狼』メンバーが立っているのが見えたガルフが魔術師にファイヤーアローで攻撃させると一人二人と『荒野の狼』メンバーが「やられたーwww」と悲鳴を上げて壁の向こうに消えていく。


「我が軍が優勢であります!」


「よし!全軍突撃の合図を!」


 ガルフの脇に控えていた兵士がホラ貝を噴く。

 王国軍が雄たけびを上げて走り出すと同時にベースに火の手が上がりその後すぐに大爆発を起こす。


「爆発だ!きゃつら勝ち目がないと思ったか!」


 大きな声でそう言いながら全軍によく見えるように一旦停止の合図の旗を上げるように指示するウラミジール。


 モクモクと黒い煙がベース全体から上がりとても近寄れるものではない。

 赤い火の粉がチラチラと舞う。

 ガルフは馬を近衛騎士団が守る王の元へと向け走っていく。


「何があったのか、応えよガルフ」


「ハッ、ノートンはじめ『荒野の狼』の立てこもる砦が見ての通り大爆発を起こしました」


「うむ、観念して自害したようだな」


「さすがに王国軍5万人の前には諦めるほかはないかと」


 王は満足そうに燃え上がるベースを見ながら椅子に座りなおす。


「おぬしの忠義しかと見せてもらった、ガルフ」


「有難きお言葉。しかしてあの砦、何があるか分かりません。私自身で安全を確かめたのちに王によりその場所にて勝利を宣言なさいますようご忠告とさせていただきます」


 今まで見たこともないような巨大な炎や鼻をツンとさせる匂いに王はガルフの進言を受け入れる。


 ガルフとウラミジールは護衛の騎士を伴ってベースに向かう。


「あれは無事なんだろうかガルフ殿」


「爆発炎上の場所から推測するに問題はありますまい。一部破損したとしてもあれがありますからな鍛冶師に頼めば何とでもなりましょうぞ」


 わっはっはと二人の笑い声が王の耳にも届く。


「何とも頼もしい者どもである」


「はっ、流石ガルフ様にウラミジール様にございます」


 近衛兵が王の言葉に応えるとマーデラス国王と今は次期国王候補となった第二王子が満足そうにうなずく。


 時間を見計らいベースから飛び出す戦闘機動車とストライカー。


『マックからヘンドリック、作戦は成功した。繰り返す、作戦は成功した』


『了解した。こちらも最後のバスが国境を越えた、湯の里温泉モーリシャス旅館本館で待つ』


『了解。先にビールでも飲んでてくれ』


 アクセルを踏み込むとタイヤが空転し車体が左右に一瞬振られた後一気に加速を開始するストライカー。

 ストライカーのマフラーからスーパーチャージャー付きV8エンジンの爆音が辺り一面に轟くと王国軍陣営の中にその爆音に気づいたものが居た。

 勇者である。

 マックはその存在を佐々木から知らされ敢えて自分が囮になった。


「随分世話になった場所をあんなにしてしまって悔しいが人の命には代えられん」


 バックミラーで炎上するベースを見ながら悲しそうに呟くマック。


「巡査、感傷に浸っている暇は無さそうですよ」


 ストライカーから注意喚起の声が発せられる。


「まあ、こうなることは予想済みだろストライカー」


「当たってほしくはなかったですね巡査。巡査は私がベースのようになったら悲しんでくれますか」


「悲しむも何も最初からそのつもりはない。お前と俺は最後まで一緒さ」


「じゃあ、行きますかマック巡査」


「ああ、頼むぜ相棒。頼りにしてるからな」


 マックはストライカーに並走する勇者の影を見ながらハンドルをその方向へ一気に切った。

 間違いなく勇者に体当たりしたのだが勇者の姿は一切の揺らぎも見せない。


「さすが勇者だ」


 マックは窓を下げるとショットガンの引き金を引くが弾がはじかれる。


「リドリー君の予想通りだ、結解を改良してきたようだ」


「では、そろそろここでお別れということで」


「ああ、後は頼む」


「了解。マック巡査に幸運を」


「ああ、お前もな」


 マックはストライカーを急停車させると車から降りて勇者に対峙する。

 ストライカーがマックから離れていく。


「貴様が勇者を倒した男だな」


 新たに生まれたであろう勇者がにやりと笑う。


「決闘を申し込まれたんでな、倒したくて倒したんじゃないんだ。そこだけは言っておく」


 勇者がありえない速度でマックに切りかかってくる。

 マックがサブマシンガンで反撃するも銃弾が全て弾かれる。

 サブマシンガンを手放し頭を抱えるように腕を組むとそこに聖剣が振り下ろされる。

 リドリーの開発した対聖剣用の魔法陣が腕のプロテクターに浮かび何とか食い止めるが圧力をかわし切れずに吹き飛ばされるマック。

 そこへ更に切り込む勇者がマックの体に二度三度と打ち込んでくる。

 拳銃を構えようにも至近距離の為、剣の速度に追いつかない。


『巡査、あと三百メートル。それに検証を実施してください』


 ストライカーからの無線連絡が入る。


「まだそんなにあるのか、ちくしょう!」

 

 勇者に追い立てられるように走るマック。


『あと120メートル、赤い石が見えますか』


「ああ、見えた」

 

 マックが手りゅう弾を転がし赤い石のところまで走る。

 手りゅう弾の爆発で土煙が上がり勇者の姿が見えない。

 マックが赤い石をけ飛ばすと同時に土煙の中から平然とした勇者の姿が現れる。

 あっというまに勇者に接近されるマック、その右手にリドリーに魔法効果を与えられた軍用ナイフが握られ勇者の剣を抑え込む。

 マックはくるりと体を回すと勇者の体にナイフで傷をつけると同時に地面に向かって発砲する。

 撃ち込まれた銃弾は地面に埋まったままだ。

 にやりと笑うマック。

 

「貴様あ!」


「さよならだ!」


 マックが勇者の剣を転がりながら避けると同時に赤い石のあった場所にいた勇者の真下からクレイモアの大爆発が起こり、魔法障壁が失われたことによる爆風でマックが吹き飛ばされた。


 跡形もなく散った勇者の血に染められた大地に横たわるマックにストライカーが近づく。


『巡査!マック巡査!・・・レオン巡査生きてますか!」


 その名で呼ぶなとマックは朦朧としながら答えた。


 作戦名『ハーメルンの笛吹き男』はマックの活躍により無事に完了した。

 マックは予定通りに温泉旅館でヘンドリックと落ち合うことができ爆風で吹き飛ばされた時の体中の傷をいやす。

 ふぅと露天風呂に肩まで浸かり青空を眺めるマックの耳にキャアキャアと女性の声が聞こえる。

 あれ、あれと思い急いで湯船から上がろうとするとバスタオルを巻きつけた姿のエミーリアやシェリー、ハンナやレイチェルと鉢合わせする。


「す、すまない。女風呂の時間だったとは気づかなかったんだ」


 タオルを腰に巻いて謝るマック。


「何言ってるんですか、ほら体が冷えちゃいますよ」


 エミーリアがマックの背中を押しながら再度湯船に誘う。


「いや!まずい、これはまずいよエミーリア!」


「不味くありません、ここ混浴ですからー!佐々木さんの部下の吉田さんそういってなかったんですか」


 きゃー!と騒ぐ女性陣にマックが引っ張られ湯船にみんなで入る。


「あ、あ、お風呂に入る前に体を洗わないのはエチケットに」


「マックが来る前に体を洗ってますから気にしないで。ほんと相変わらず堅苦しい男ね~」


 ハンナが色っぽくマックに肩を寄せる。


「レオン」


 エミーリアが胸を押し付ける。


 マックは真っ赤になりながら『タオルを湯船につけたらいけないはずなんだが』と思いつつ再度青空を眺めるのであった。


 ちなみに『ハーメルンの笛吹き男』作戦自体は成功だったのだがその後に起きる問題を予兆させることがあったことまでこの時マックは知らなかった。


 一部の移民集団がヘヴィメタルやハードロックををガンガン流しながら移民バスに揺られていたのである。

 このことを知っていれば、そういう連中をまとめて移民させることを知っていれば事前に対策できた問題だと被告にされかけたがそこまで警察官が気を回す必要もないし事実マックは裁判で自身の職業の範囲外を主張した。

 その一部の移民集団は『荒野の狼』でヘヴィメタルやハードロックに共感した地元民であり、それ以外の移民は普通にみんなで昔ながらの歌や演歌を聴きながらバスに揺られて移動していった。

 マックは移民を送り出す際民謡や演歌がバスから聞こえてきていた事はあってもヘヴィメタルやハードロックが聞こえてくるバスを送り出したとされる時間は巡回に出ていたのだ。

 

 メタリカ国において『多くの市民の要望や制止をきかずに、人声、楽器、ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者』に対する裁判が開かれその一証拠として『俺たちはメタルウォリアーだ』と胸を張りヴォイヴォイ叫び拳を突き上げる一部の移民集団の乗るバスから耳をつんざく様なギターサウンドがながれていたことを多くのメタリカ国民によって証言され、また森林部に多く住むエルフ族から大統領に抗議の書類が送られたことは間違いない事実であることが挙げられた。

 法廷において被告の『荒野の狼』メンバーを含むハードロックヘヴィメタル好きが傍聴席に向かって『こんなにカッコいい音楽を何故分らんのだ』とか『お前らもこっち側に来い』とか『これが熱い漢の歌だぜ!温い民謡(ケルト民謡などを考えていただければよいかと思う)や演歌なんか聞いてんじゃねーよ!』などと反論し全く懲りていない事が判明し裁判は紛糾した。


 その裁判の証言者の一人のマック。


「確かに私も数か月前、彼らと大統領に会いに行ったとき魔族のおばさんに怒られた記憶がございます」


「俺らを売るのかマック!!」


 マックが証言台の上からジャック達を感情のない目で見る。


「俺はクラシックが好きだし、君らの音楽も否定しない。君らは好きな音楽を聴く自由があるしそれは尊重する。だが、他人の静かに暮らす自由を侵しても許されるものではないと思う。君たちは寝しなに耳元で演歌やアニソン、サンバやシャンソン、教会音楽やダンスミュージックその他もろもろのポップスが聞こえたらどういう気持ちになるか考えた方がいいんじゃないか」


 この一言で陪審員の気持ちが一気に固まり判決が下され、メタリカにおいてヘヴィメタルやハードロックはライブハウスでだけしか聞けなくなった。


 それでも屋外でボリュームを目一杯上げて聞きたい連中の熱意は下がらないというか抑圧され逆に行動が過激になっていった。

 何度かの暴動が起き追い詰められるジャックを始めとするロックンローラー。

 気が付けば誰もいない海岸でみんなで集まり爆音でヘヴィメタルやハードロックを楽しむようになっていった。

 ある意味追放である。

 だがいつしかそこに集まる人数が増えていきフェスティバルも開かれ屋台や簡易的な宿舎も増えていった。

 

「俺たちは間違っていなかったんだ!」


 権力に屈しない男たちの熱い世界がそこにはあった。

 何者にも束縛されない自由の戦士たちの楽園を作った誇りがそこにあった。

 年月が流れる。

 砂浜に咲き乱れるパラソルの陰で寛ぐ多くの男女の若者を目にするジャック達。


 苦難も知らずに乳繰り合う男女を見ながらかつて裁判で裁かれた男たちは涙するのであった。




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