2 舐められたらいけません
煌々と明かりがともる街。
何本もの煙が立ち上るその様子をじっと伺うヘンドリック。
『荒野の狼』一団に向かって時折銃声が響く。
「出ていく気はないようだな」
マックは銃身を短く切ったショットガンに弾を込めながらヘンドリックに囁く。
「ニンジャ達の仕事が終わったら連絡が来るはずだ」
「すまんな、俺がわがままを言ったせいで」
「最初から子供を巻き込むつもりはない、気にするな」
ヘンドリックは干し肉を食いちぎると水筒からゆっくりと水を飲んだ後にマックにその水筒を渡す。
「助かる」
これから何人もの人を殺すことになる。
いくつかの街を彷徨ったマックであったが邪険にされても殺し合いまではしなかった。
そうなる前に旅立ったからである。
だが今回ばかりは愛車と署から持ち出した武器が奪われた為奪還する必要がある。
たとえ人を殺すことになってもだ。
そもそもこうせざるを得ないのは自分を騙して愛車と武器を奪っていった連中が原因だとマックは自分に言い聞かせる。
カラカラに乾いた喉に水が染みわたる。
物見やぐらから光の点滅が『荒野の狼』に向かって放たれる。
「時間だ、野郎ども」
どこから入手したのかわからない重機関銃を軽々と持ったヘンドリックを先頭に車がゆっくりと動き出す。
閉ざされていた門が音もなく開いていく。
見張りであろう人間が何人も横たわっている。
「相変わらずいい仕事しやがりますね、ボス」
「さすがニンジャだ。よし!おめえら打ち合わせ通り各班に分かれて行動しろ。俺の合図で一気に掃討を始めろ」
5人ずつ分かれて音もなく施設の中を移動する『荒野の狼』、まるで軍の特殊部隊のように思えるマック。
宿泊所らしき建物のドアを蹴破ると同時にヘンドリックの重機関銃が火を噴く。
「パーティーの始まりだ!!」
襲撃を予想していたとはいえ見張り役が全て殺されていた事に気が付かなかった街の人たちは重武装した『荒野の狼』に追い立てられる。
逃げ惑う住民、何人もの武装市民が壁に貼り付けられていく。
「やめてくれ!悪かった、許してくれヘンドリック」
許しを請われようがヘンドリックが引き金が戻すことはない。
男たちの悲鳴が上がり続ける。
街を飛び出すものは音もなく矢に刺される。
「お父さんの仇だ!」
「死ね!死ね!子供を殺したあんたらみんなここで死ねえええええええええええ!」
マックが閉ざされようとする扉に銃身を突っ込む。
ジャックが大柄な体を肩から扉に向かって突っ込む。
マックを面接した男と何人かの足元にジャックが転がる。
開かれた扉に仁王立ちし重機関銃を構えるヘンドリック。
「世話になったなマリオ」
ヘンドリックはためらいなく引き金を引き絞る。
絶え間なく吐き出される銃弾で男たちはボロ雑巾のように倒れていく。
マックはその様子をただ眺めている。
フェイスマスクの奥でどんな顔をしているのか分からないがヘンドリックの冷たく光る青い目に感情のゆらめきは一切感じられなかった。
散っていった各班がヘンドリックの元に集まる。
「被害状況は」
各班のリーダーが順番に報告を入れる。
何人かが撃たれたようだが命に別状は無い。
どいつもこいつも軍の制服に身を包んでいる。
さすがに緊張していたのかジャックが汗を拭おうとヘルメットをとればくしゃくしゃになったモヒカン頭が現れる。
ジャックは素早く櫛で髪を整えるがなかなか髪が立たない。
「あきらめろジャック」
隣にいた長髪の男がにやりと笑う。
てっきりトゲのついた革ジャンで戦うと思っていたマック。
正規軍の装いの『荒野の狼』一行に何となく違和感を感じる。
「最初からその恰好だったら変な誤解されないと思うんだが」
「舐められちゃいけねーでしょ、察の旦那」
「舐められちゃあって・・・」
「俺たちみたいな連中は結構いるんですって、会わなかったとは言わせませんぜ」
確かにマックが放浪しているときに何度も『荒野の狼』のような連中と出会うことがあった。
多勢に無勢で逃げたり銃撃戦にもなった。
運よく生き残ったとつくづく感じている。
それもこれも特殊交通機動隊に配備された特別製の車と制服があってこそである。
銃撃戦に専念していて車のことを忘れていたマックは慌てて愛車を探そうと動き出す。
リーダーらしき男は既に殺されているというかほぼ街の人間は皆殺しにされてしまっていた。
「車と云えば駐車場だよな」
マックはヘンドリックに車を探すことを告げてその場を離れる。
施設内を油断なく歩くマック。
生き残りがいないとも限らない。
気が付けば愛犬のミューズが寄り添うように一緒に歩いている。
「ミューズ、車の場所が分かるか」
ミューズの嗅覚を信じて施設を探索していくと地下駐車場に辿り着く。
唖然とするマックは無線機でヘンドリックに連絡を取る。
「こいつは軍基地から盗んできたもんだろう。連中の使っていた銃も制式のもんだったからな」
「そりゃ戦車とかあるしな。だが銃を見て制式って分かるってことは」
「ああ、俺も元陸軍の兵士だったんだ。言わなかったか」
「聞いてない」
「そうか、どうも警官が苦手なもんでな」
「ははは、同じ公僕でも俺も軍人は苦手だ」
ヘンドリックは肩を竦めながら一つ一つ、一台一台武器や車両を確かめる。
「どこで手に入れたんだか、どいつもこいつも最近配備されたものばかりだ」
「そうなのか」
「ああ、俺たちの部隊にはまだ配備されなかったが話には聞いていたものばかりだ」
積みあがっている木箱からアサルトライフルを取り出すヘンドリック。
体格のせいかおもちゃの様に見える銃だがなかなかのものだとつぶやきながら夢中になっている。
マックはそんなヘンドリックを置いて駐車場の奥に進む。
「あった!」
車体全体が真っ黒なツードアクーペの特殊交通機動隊でも特別に仕立てられた車両がひっそりと佇んでいた。
特別といってもやはり警察車両であるためタイヤサイズなどはごく普通ではあるがじっくり観察すれば各部の作りはスペシャルなものである。
「さすがに武器はそのままってわけは・・・助かったそのままにしておいたのか」
豊富な武器弾薬があったため手を出されなかったのだろうと思うマック。
いくら最新鋭の銃があってもやはり使い慣れた銃の方が安心だ。
ほっと一息つくとドアを開ける。奪われたカギが差し込まれている。
スタートボタンを押すと懐かしい腹に響くエンジン音が轟く。
「マックだ」
『指紋および音声認証確認、承認しました。お久しぶりですね巡査』
「そうだな、だがもう俺は巡査じゃないって言ってなかったか」
『巡査は巡査です、まだ変更手続きはされておりませんので』
マックは愛車からの答えにはやり俺は警察官なんだと感慨にふける。
「そうさ、こんな世の中でも俺は警官なんだよな」
スイッチを押して反対側のドアを開けると勢いよく警察犬のミューズが乗り込む。
ゆっくりと走り出す。
途中未だに武器を眺めてニヤニヤしているヘンドリックを拾い駐車場の出口に向かう。
眩しい光がマックの目に入る。
マックは胸のポケットからサングラスを取り出しそれを掛けると周りを見渡した。
小さな子供たちがアマゾネスと呼ばれる女性兵士たちに抱かれているそばでボロボロになった服を着せられている女性たちがお互い抱きしめあっている。
何となく事情が察しられて胸が痛むマック。
門の前に車が到着するとヘンドリックが助手席から降りた。
「行くのか」
「ああ、こんなところがあるかもしれないからな」
「付き合うぜ」
「あんたはここでお守りしなきゃいけない」
「一人で何ができるんだってーの」
「そうだな、警官を探すさ。知ってるかこの国には警察署が結構あるんだぜ」
「あははは、そりゃそうだ。だがなどうにもならなきゃ・・・」
マックはサングラスを外しにこやかな笑顔をヘンドリックに向ける。
ヘンドリックが丸太のような腕を突き出す。マックとヘンドリックは拳を数度ぶつけ合う。
「また会おう」
「ああ、待ってるぜ」
再度サングラスを掛けミューズの頭をなでるとアクセルを踏み込む。
数度タイヤが空転し土煙が上がったその時であった。
地面が上下に激しく揺れ車の中がシェイクされる。
「ヘンドリック!」
「馬鹿がまた撃ちやがったのか!」
マックの視界はサングラスを掛けているのにもかかわらず真っ白になった。