1 終焉した世界の復讐劇
「貴様らに選択肢を与えよう。明日の朝までにそこから出ていくか俺たちに殺されるか二つに一つだ!」
二メートルに届かんとする身長の大柄な男はその身に纏う筋肉を震わせながら凶悪な外装で形作られた巨大なトラックの屋根に乗り拡声器で目前に広がる街に向かって吠える。
その男の周りに親衛隊がごとく黒皮に鋼鉄のトゲをいくつも生やした革ジャンを着込むモヒカン頭やぼさぼさの長髪の凶悪な面構えの男たちが侍る。
そこに向かって街からよろよろと一人の男と一匹の犬が向かってくる。
「ボス、ありゃあ警察の特殊交通機動隊の制服ですぜ」
ボスと呼ばれた男はフェイスマスク越しに見える男をじっと見たあと振り返る。
「ジャック、アマゾネスどもの出番だ」
「了解ボス。姉御たち出番ですぜ!」
ジャックと言われた男が無線機に向かって怒鳴ると同時に二台のバスからアメリカンフットボール用のプロテクターを付けた女たちが訓練された兵士がごとく素早くボスと呼ばれる男の前に進み出てショットガンや突撃銃、ボウガンを構える。
前方100メートルほどのところで男が止まる。ごつい特殊交通機動隊の装備を身に着けサングラスをかける。両手を上げながら犬とともに悪鬼のような集団に向かって再度歩き始めると同時に口を開いた。
「撃たないでくれ、俺はあの街の人間じゃない。俺は元〇〇〇市警特殊交通機動隊隊員マック。あんたら『荒野の狼』だろう」
マックはそう言うとトラックに掲げられた旗を見上げる。
「よく知ってるな」
「ああ、噂はな。まさかこんなに凶悪そうな集団とはこの目で見るまで思わなかったが・・・」
力の抜けた話しぶりの元警察官のマックに対して緊張を緩めない女たち、その中の一人がボスと呼ばれるフェイスマスクの男を仰ぎ見る。男は頷くとトラックの屋根から飛び降りる。高さ三メートルはあるのでドスンという音の後に土煙が舞い上がる。
「なんのようだ」
ボスと呼ばれる男はフェイスマスク越しからくぐもった声でマックに問いかける。
「俺もあんたらに一枚かませてくれないか」
「何を言っている」
「俺の車・・・ああ、いや元市警の車か。そいつをあいつらに取られちまったんだ、満載した武器も一緒にな。取り返したい」
「だまされたのか」
「ああ、あんたの言うとおりだ」
ボスと呼ばれる男を見上げるマック。凶悪なフェイスマスク越しに見える目がマックをにらむ。
「元警官が良いざまだな」
「そこを突かれたんだよ。あいつらは俺の車と武器が目当てだったのさ」
肩を竦めるマック。
「フン、この無法の世で未だに警官を気取るお前が悪い」
口をゆがめるマック。
「そうかもな、だが俺は警官だ。街を守ってくれと言われればそうすることが俺の仕事なんだ」
「国も、いやこの世界も終わっているというのにか」
「・・・・・・」
「俺の名はヘンドリック・ガス、『荒野の狼』を率いている」
ガスは太い腕を上げ、旗を指さす。旗はこれから行われる事を暗示するように強風に煽られパタパタと音をたてながらなびいている。
「これから俺の復讐が始まる。お前は警官として黙ってみていられるかな」
マックは襲われるであろう街を眺めながら苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
無法のこの世界で復讐と宣言する男。憎しみの目で睨みつける街できっと何かがあったのだろうと推察する。
ほんの少しではあったが街を知るマックの脳裏に子供たちの顔が浮かぶ。
「皆殺しにするのか」
「貴様は何も知らんのだろう、余計なことさえしなければ車と武器を取り戻せるはずだ」
そう、マックはこの街のことはほとんど知らない。
やっとこの街に辿り着いたと思ったらリーダーと言われる男と面接している間に車は奪われ犬とともに街の外に放りだされた。
車と武器の代金替わりだと言って少々の非常食と水を渡されていたが見渡すばかりの荒野の中で野垂れ死ぬのは目に見えていた。
殺されたも同然のマック。
車と武器を取り戻すために何度も侵入を試みたが鉄壁の守りに手も足も出ず、衰弱死するのは予想できた。
だが何度か小さな子供が壁の上からこっそり食料を投げてくれていた。
最初は何故かは分からなかったが時折子供の悲鳴が聞こえてきた事でおおよその事情は把握していた。
「子供たちに手を出さないでくれないか」
「出来るだけ配慮する」
ヘンドリックは女たちに目を向けて難しそうに腕を組んだ。
「ニンジャ!」
ヘンドリックの呼び声とともにマックの死角から男が現れる。
「明日の朝までに下準備を済ませろ。それと子供を出来るだけ安全な場所に避難させておけ、戦闘に巻き込むことは避けたい」
ニンジャと呼ばれた男がうなずく。
「やはり殺し合いになるのか」
「ああ、そうだ。俺が拾ってきた連中の中にやつらに襲われた者が何人もいる」
「そいつらの為の復讐というわけか」
ヘンドリックはマックを睨みながら怒りに肩を震わせフェイスマスクを取った。
醜く焼けただれた顔がそこにあった。思わずマックは顔をそむける。
「かつて俺はあの街のリーダーだった。そこで多くの難民を受け入れ皆で何とか生き延びていこうとした」
「何があったんだ」
「クーデターさ。俺のやり方じゃあ気に食わねえ連中がいたのさ。連中は俺を縛り上げてガソリンをぶっかけて砂漠に放り投げやがった。何とか生き残ったがな、ケリはつけなきゃならんだろう」
荒野の先に煤けた壁で囲まれた石油精製施設の姿が陽炎のためにゆらめいて見える。
小規模ではあるが『荒野の狼』の人数で攻略するにはいささか心もとない。
「俺も戦おう」
「武器もなしにか」
「貸してくれ」
「貴様は警官だろう」
「元警官さ」
ヘンドリックはにやりと笑うとフェイスマスクを着けなおす。
「報酬はいるか」
「ガソリン満タンでいい。そいつを貰ったらお別れってことでどうだ。あと腐れがなくていいと思うが」