イヤリングは定番…だよな?
先に『イヤリングは定番だといいますが』を読むことをお勧めします。
今、この状況は、夢か、現実か。
はたまた自分の願望か。
目の前にいる女の子は、先ほどまで一緒にテーブルを囲んで飲んでいた友人で。
彼女もお酒を飲んでいたためか、頬はほんのりと上気し、目はとろんとしている。
しかも、今いるのは玄関で、彼女は俺より一段低い三和土に立っているため、自然に上目遣いになっている。
そして、なんの因果か…その女の子は密かに想っている女の子だった。
「…あれ、麻友?」
先ほど彼女は友人の柏木桜と駅に向かったはずだ。
「ごめん、忘れ物した」
彼女は少し申し訳なさそうにこちらを見た。
…その上目遣いは心臓に悪い。
「忘れ物?」
「うん、イヤリング落としたんだけど、無かった?」
そういうと、彼女はためらいもなく耳元のセミロングの髪をかき上げ、こういうの、と言った。
少し赤い耳元と、照明に照らされた白いうなじが露わになる。そこにはイルカモチーフのシルバーのイヤリングが揺れる。
彼女はイヤリングの特徴を伝えるためだろうが、俺にとってはそれどころではなく、心臓がばくばくと音を立てていた。
イヤリングを忘れた、なんて、本当に忘れてわざわざ戻ってきたのだろうか?
彼女とは、明日からしばらく会わないわけではない。
メールでもなんでも連絡するんじゃないか。普通。
男の部屋に一人で来る理由。
これは…俺は誘われているのか?
お酒の力も相まって、ぐるぐると思考がまとまらない。
「…うーん、わかんないかも」
しばらく見入ってしまい、悟られないように神妙な顔で答えた。
彼女は変に思わなかったようで、そっか、と残念そうに言った。
「電車じゃないよな?」
彼女は不思議そうにしながら、こくりと頷いた。
「電車じゃないなら、ちょっと見てくるから」
「え? 大丈夫?」
「さっきまでいた場所だし。どーせテーブル周りでしょ。とりあえず玄関で待ってて」
少し眉根を寄せる彼女と少しでも話していたくて、イヤリングを探しに部屋へ取って返した。
部屋を見ると、ある程度帰る前に麻友たちが片付けてくれたのでそんなに散らかっているわけではない。
…しばらくあたりを探すが、見つからない。
テーブルの上にも、ごみ袋をまとめた場所にもない。
やっぱり誘う口実だったのだろうか。
中に入るって言うべきだったか…
ぐるぐる考えながら辺りを探っていると、やっとこたつの布に埋もれたイヤリングを見つけた。
青い石を銀色のイルカが抱えるようにしているデザインで、甘すぎない女の子らしさが麻友らしい。
本当に忘れていたことに少し残念さを感じながら、玄関に戻ると、まだ酔いの覚めきっていない彼女がぼんやりとした表情で座っていた。
あったよ、と声をかけると、にわかにほっとした笑顔に甘い痺れが走る。
彼女はさっとイヤリングを付けると横に合ったバックを取り、さっと立ち上がった。
「…もう、帰るの?」
「え、うん? イヤリング見つかったし、もう夜遅いし」
「ああ、そう…」
「え、なに、奏太どうしたの?」
さすがにしどろもどろすぎる俺に麻友も怪訝な表情になる。
しばらく黙ってごまかそうとしたが、視線をそらさない彼女に観念して口を開いた。
「…イヤリングって、女の子が男の部屋に置いていく定番じゃん」
「え?」
「…その、だから、わざと置いてって、そのあと、戻ってきて…俺に用あるのかと、期待した」
顔に血が集まっていくのがわかる。
なんでこんなことを言わなくちゃならないのかもわからなくなってきた。
「…期待したってのは、その、」
「そういうことですけど」
「うん、そうだよね…」
もうやけくそでぶちまけてしまったが、前をちらりと見ると、彼女は俺と同じくらい赤い顔で、ずっと可愛い顔が困惑の表情を浮かべていた。
…もう、最後までいってしまえ。
「…で、どうする?」
「どうするって?」
「このイヤリング、ただ忘れただけ? それとも、わざと置いてったことにする?」
「ひゃあ」
イルカに触ると、指先が赤くなっている耳に触れると、彼女から細い悲鳴が聞こえた。
1秒にも1分にも1時間にも思うような時間の後、彼女のきれいな黒髪が縦に揺れた。
彼女が顔を上げ、俺の方を向いた時の表情はいつまでも忘れられないくらい、とても綺麗だった。