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思い出の味  作者: 赤岩実
4/7

よん

 同窓会の会場は奥に進んだ1年1組の教室だった、なぜ入口に近い教室ではないのかと不思議に思っていたが、教室に入ってみると窓の外、目の前に春には満開のピンク色に染まる古い桜の木が見えた、校舎は変わってしまったのだが、その桜の木はそのまま残されたようだ。

 さっきとは比べ物にならないほどの懐かしさが込み上げてきて桜の木をじっと眺めていると後ろから女性の声で名前を呼ばれた、あの頃からずっと俺のことを下の名前で呼ぶ女性は一人しかいなかった、あの初恋の幼馴染みの彼女だ、振り返ってみるとわずかに目元に面影を感じるが、女の子ではなく大人の女性、母親らしい穏やかな顔になっている。

「なんか、変わらないね、やっぱり東京で生活しているせいかなぁ」

 そう言って微笑む顔も田舎のおかあちゃんになっている彼女を見て、自分も年をとっていることを感じずにいられなかった。

「久しぶりだな、結婚したんだな、案内の葉書の苗字が変わっていたもんな」

「そうね、もうすっかりお母さん、五歳の女の子と二歳の男の子の母親よ」

「そっか、おめでとう、と言うべきかな」

初恋の子が結婚していることを素直には笑えないと思っていたが、自分でも意外なほど素直におめでとうという言葉が口を出たことに驚いた。

「みんなもそろそろ集まってくるだろうから、もう少し待っていてね」

 そう言って持ち場に戻っていった彼女の後ろ姿には、残念だがあの日の面影は無かった。


 二歳年上の今回の幹事長の簡単な挨拶が終わると真っ先に恩師のもとに行って挨拶した。

「先生、ご無沙汰しております、お元気そうでなによりです」

「おお、立派な紳士になったなあ」そう言って眼を細め、その皺だらけの右手を差し出した。

 その手をしっかりと両手で握り返して微笑むと、恩師は口を開いた。

「まだ独身なのか?先日ご両親に会ってな、早く結婚してほしいと言っていたぞ」

「そればかりは相手がいなければどうにもありませんから」

 笑って誤魔化しながら、余計なことを言ったのはどうせ母親だろうと思っていた。

「先生、学生の頃、先生には迷惑ばかりかけてましたよね、本当にすみませんでした」

「そうだったな、でも、私はお前さんが一番好きだった、確かに悪ガキだったが一番明るくて、下級生の面倒を一番よくみていたからな」

 そう言って俺の顔を見て笑う先生の老いた顔を見て泣きそうになったが、必死にそれを堪えると簡単に挨拶を済ませ、昔の仲間たちのもとへ行った。

 車で来ている者も多くてアルコールの入ったコップを手にしている者はあまりいないが、俺はせっかく歩いてきたのだからとビールを飲んだ。

「お酒、飲むようになったんだね、やっぱり大人になったね」

 とりあえず幹事の仕事を終えた彼女がビール瓶を持ってやってきた、グラスの残りを飲み干して差し出すと、慣れた手つきでビールを注いでくれた。

「結構飲むの?夜の宴会までもたないんじゃないの?」そう言って笑った彼女の笑顔は、あの頃の笑顔と変わらず、少しだけ胸がキュンとなり酔っているせいもあるのか顔が少し熱くなった。

 しばらく彼女と話をした、大学に入るために上京した俺とは違い、高校を出て地元の大手メーカーの工場に就職し、そこで旦那となった先輩と知り合ったらしい。

 別にいまさら告白するつもりなどないが、やはり初恋の彼女が結婚していて二児の母親になっていることを知ると少しはショックだったし、やるせない何かがこみ上げてきた。

「小さい子もいるみたいだから夜の宴会には出ないんだろ?」

「行くよ、夫の両親と同居しているから今夜は面倒見てくれるって言ってくれたし、卒業して初めての同窓会だからのんびりして来て良いって旦那にも言われたんだ」

「そっか、今は幹事の仕事が大変そうだけど、それなら夜にはもう少し話も出来そうかな」

「そうだね、私もいろいろ話が聞きたいんだ、それじゃあまた夜にね」

 にこやかに微笑んで他の女性たちのもとへ小走りで行ってしまった。

 彼女がいなくなるとすぐに懐かしい顔が近寄ってきた、一緒に悪さをした奴、小学一年生のときから一番気心が知れていて、何でも打ち明けることが出来た奴の顔を見たときには思わず大きな声を上げて抱き合って懐かしんだ。

「元気かよ、東京で頑張ってるんだってな?やっぱり都会で生活しているせいか垢抜けてんな」

 左手にグラスを持ち、右手に持ったビール瓶を傾けてくると、コップの中身を一気に飲み干して注いでもらい、そのビール瓶を受け取って奴の空になっているグラスに注ぎ返したところで耳元に顔を近づけてきて小声でつぶやいた。

「愛しの初恋の彼女との再会はどうだ?結婚したのは知ってたのか?なんか複雑な気分だろ」

 こいつ、俺の顔を見ていやがったのかと思うほど核心をいきなり突いてきやがった、もちろん俺が彼女のことを好きなことは、こいつにだけは話していたが、もちろんこいつの初恋の相手のことも知っている。

「お前はどうなんだよ、そういえば彼女の姿を見ていないな」

「俺は、大学を出て就職したら職場にあの子がいてさ、職場では先輩だったんだけど2年前に結婚したんだ」

「マジかよ、やったな、おめでとう、なんで結婚式に呼んでくれなかったんだよ」

「いや・・・実はできちゃった婚でさ、式は挙げてないんだ」

 照れくさそうに笑いながらも、その顔は幸せに満ちていた。

「そっか、まあ順番なんてどうでもいいさ、羨ましいぐらいに幸せなのが顔から溢れてるよ」

 そのあと少し話をしてから空になったグラスを机に置くと、ウィスキーの水割りのグラスを手に取って窓の外に見える桜の樹をもう一度見つめた。

 桜が咲いていたならな・・・と思いながら、満開に咲いていたあの桜の樹の下で上級生と喧嘩して顔を腫らし、鼻血を出して座り込んでいたことを思い出した。

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