それから
好きな人がいた…
大切な人。
その人が話すと、心が暖かくなる。
その人のそばに居ると、笑みが零れる。
あの日から、何ヶ月か経った。
頻繁に訪れる病院。
先に退院した私は、松葉杖を突きながら歩いていた。
「桜葉さん。」
下を見ていた私は声の方を向いた。
綺麗な白い肌に、サラサラの綺麗な髪の女の人。
「夏津のお母さん。
こんにちは。」
慌てて頭を下げると優しく微笑み
「いやぁ、ホントにいつ会っても礼儀正しくていい子ね。
それに、私好み!」
と体を捩らせ語るとハッとして
「ごめんなさいね。
つい癖で…」
恥ずかしそうに口ごもるその人に私は笑いながら大丈夫ですと言った。
その人は優しく暖かい人…
彼の母親…
遅い私のペースに合わせて歩いてくれる人。
ドアを開けて、先に入れてくれる人。
すごく素敵な、憧れの人。
「夏津〜。
桜葉さんが来てくれたわよ。」
優しい声で息子を呼んだ。
中では荷造りをしている彼の姿が…
「…あぁ、香夜。」
前より少し凛々しくなった顔を見て私は微笑んだ。
「夏津!
退院、おめでとう!」
そう、彼は手術に成功している…
ただ、一つ…
「来なくていいって言ったのに…」
私と目を合わせようとしない彼を見て、また改めて実感する。
彼は、もう居ない…
手術が終わり、すぐだった。
会いに行くと、彼は私を忘れていた。
私だけじゃない。
母も、父も、自分も、全部。
私にはよそよそしくなり、前のような明るさはなかった。
「今日は来るって約束したから!」
そう言うと彼は溜息をつき荷物を背負いながら
「俺はそんな約束してない。」
と不貞腐れたように言った。
私はハハハと笑い話を変えようとした。
「そう言えばね、私あと少しで松葉杖外れるの。」
そう言うとギロッと睨みながら
「だから?」
と言われた。
何も言えず、俯くと母親が
「夏津、ダメでしょ?そんな言い方しちゃ。
最近は優しくていい子だったって看護師さんたち褒めてくれてたのよ。
どうして…」
そこまで言うと夏津は母親を睨み
「ちっ、うぜぇ」
とだけ言い病室を出た。
一人、車に向かったのだろう。
母親は私に向き直ると申し訳なさそうに謝った。
私は気にしてないと言うと病院を後にした。
あの女が来た。
目を覚ました時からいた女。
家族でも何でもない。
記憶が無いのは不便だ。
あの子とは前の俺はどのように接していたのだろう。
今みたいに無愛想だったのか、それともちゃんと笑っていたのだろうか…
頭の中で沢山の事がグルグルしている。
「夏津。」
車の近くで母を待っていると後ろから声を掛けられた。
「母さん…」
車を開け俺を入れると自分も乗りエンジンをかけた。
「ね、俺…
どんなだった?」
ずっと、気になっていた。母ならば知っていると思った俺は馬鹿だった。
「私は、あなたに嫌われていたからね…
仕事だって言って貴方に近づかなかった…
母親なのにね…
多分、香夜ちゃんの方がよく分かっていると思うわ。
夏津は、香夜ちゃんは嫌い??」
本当に俺を産んだのかと思うくらいに綺麗な母、どうやら俺はこの人にずっと酷い態度をとっていたらしい。
まぁ、俺の性格は歪んでいるからな。
が、前と同じことはしたくない。
時間が無駄だから。
「香夜は…よく分からない。
目が合うと、うまく話せない…
鼓動が早くなって、うるさいんだ。」
素直に思っている事を口にした。
すると頭に何かが乗った。
母の綺麗な白く長い指。
が俺の髪を少し乱した。
「あの人の子ね。
凄く不器用。
私、少しの間仕事お休みしたから。
香夜ちゃんもたまに遊びに来てくれるって言うからね。
学校は少しづつ行きましょう。
慌てないでね。ちゃんと治してから行こうね。」
はにかむ母を見、静かに頷き家までの道を目に焼き付けた。
「父さんは、俺の事どう思ってんのかな」
ふと思い出し言うと母はフワリと笑みを零した。
「私達は貴方を愛しているわ。
貴方がどんなになっても、私達の大切な子なの。
パパは全然笑わないし、喋らないし、料理も洗濯も掃除だってまともにできない。
そんな人がね、貴方の帰りを家のことをして待つって言うのよ。
おかしくって…」
俺は、この人達が嫌いだったのだろうか…
嬉しそうに話すこの人の顔を見ると何故だか嬉しくなる。




