あの日
あの日、彼に出会って私の生活は色を取り戻していた。
会う人会う人と挨拶をし、沢山の人とのお喋りする事を楽しんだ。
退院する事だけに集中してきた私は彼のおかげで狭かった視野が、一気に広くなりこれまでの焦りはどこかへ消えていた。
「香夜ちゃん。」
病室の空きっぱなしのドアから顔を半分出してこちらをじっと見つめていたいる彼を見つけた。
いたずらっ子のように笑う彼の顔は、とても綺麗であった。
透けるように白い肌。整った顔立ち。さらさらの髪に綺麗な声。
何もかもが透き通って見えて、本当に生きているのか不安になるような人。
私は笑顔を向けた。
「夏津くん!」
彼に手招きをするとスキップでもするかのようにノリノリで近づいてきた。
彼はあの日からちょくちょく私の病室に訪れてはベッドの上で出来る遊びを持ってくる。
が、彼は気づいていないだろう。
チラチラと窓の外ばかりを見つめていた。
その理由なんて、分からなくていいと初めは思っていたが何故だかその日は物凄く聞きたくなってしまった。
「夏津くんは、お外で遊ばないの??」
顔を覗き込むように首を傾げ聞いた。
が、すぐにその言葉はいけなかったんだと気づいた。
彼がどんなに大人に見えても私達はまだたったの12。
全てを受け入れているわけではなかった。
そんな事、あの時の私も知っていたことだ。
けれど、頭が回らずただただ彼の顔を見て泣きそうになった事だけを覚えている。
あとの事は覚えてないし、思い出したくもない…
ただ、彼にひどいことをしたんだと言うことだけが幼い私に罪悪感を覚えさせた。
彼女はあの日から俺を少しずつ避けるようになった。
そんなにひどい顔をしていただろうか?
鏡が気になる生活がここ何日か続いている。
油断してた。
嫌な思いをさせてしまったんだろう。
けど、許して欲しいから今日も会いに行こうと思う。
「香夜ちゃん…」
開いたままのドアから顔を覗かせるとまだ寝ている彼女が見えた。
顔には少し傷があるものの跡は残らないと彼女は言っていた。
包帯が少なくなった彼女の顔を見て、
あぁ、やっぱり黒髪が良く似合う。
と、思った日のことを良く覚えている。
もう少しで退院してしまうのだろうか?
本来なら喜ばねばならないが…
手放しに喜べないのはきっと俺の心が汚れているんだと思うようにした。
白い肌、小さな口、整った鼻、整った眉、俺好みの耳、綺麗な黒髪。
その寝顔は何か大昔の童話にでも出てくるお姫様の様だと思った。
何を思ったのであろう。
頬に熱い何かが流れるのが分かった。
この時俺は、確かに生きる事を考えていた。
「な…つ…」
微かに彼女の唇が動いたのを確認した。
慌てて裾で涙を拭った。
「な、ごめん。
寝てたから座らせてもらってたよ。
でも、邪魔みたいだし帰ろう…」
そこまで言うと、立ち上がろうとした俺の腕を彼女は掴んだ。
「なんで泣いてるの?」
今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「なんで…君が泣きそうなのさ。」
そう言うと彼女は以前より大きく首を横に振った。
「ごめんね…
私、」
彼女は何を謝っているのだろう?
「何のこと?」
素でそう言うと彼女はホッとしたように微笑んだ。
なんだか元気になってきた気がした。
「俺、今週末手術するんだ。」
言うつもりなんてなかった。
会話が何か欲しかったのだろう。
なぜ言ったのかは今でも謎だ。
同情も哀れみも、励ましも何も欲しくない。
彼女は目を見開き俺の腕をよりいっそう強く掴むと大きく
「頑張ろ!」
と言った。
キョトンとした俺なんか置いてけぼりで話を続けていたよ。
「私、リハビリもっともっと頑張って退院早くできるようにする!
手術で頑張って戻ってきた時に次は私が外に連れてってあげる!」
言い切ると大きく笑い俺も釣られて笑ってしまった。
彼女に、またしても勇気を貰ってしまった。




