災厄姫と呼ばれる少女⑧
オスカー国も、セリナの出身国であるクリスタ公国も、婚姻制度は一夫多妻制。稀にそうでない国もあるが、それはまた別の話である。
王族貴族社会では、妾という名の愛人を多数抱える者も中にはいる。
だけど、隣国であり、セリナの物心がつくころには婚姻が決まっていた彼女は、アンドレと約束していた。
『結婚するなら、わたしだけを愛して。側室とか愛人だとか、そういうのはイヤ!』
『わかったよ、セリナ! このアンドレ=オスカーの名において約束しようッ!』
その約束をしたのは、五年以上前のこと。
そして、これはただの口約束。
子供の頃の話である。
それでも、
――――アンドレはこうも簡単に反故するというの?
セリナが唇を噛みしめながら顔を上げると、空が見えた。
黄金の空は、よく見れば七色に輝いているようにも見える。
その小さな色とりどりの瞬きの一つ一つは、死んだ人の命の輝きだという説もあった。
命の燃える時の輝きが、この美しい空を作っているのだとしても。
そんな儚さが、彼女を癒すことはない。
「わたしの気持ちは、わたしが処理しなくちゃね」
外へ出た瞬間、生暖かい空気がセリナの胸を満たす。
荒立った息を押さえるために、あえて大きく息を吸うと、彼女は空で悠然と佇む赤いドラゴンを睨み付けた。
市民の家よりも二周りは大きいであろう巨体が、その三倍の大きさもある翼がゆっくりと動かすことで浮かんでいる。牙が見え隠れする口が僅かに動けば、その隙間から真っ赤な炎が覗いていた。
黒い煙を上げるのは、その下の街並みから。チラチラと赤い焔が点在するのは幻想的だが、人々の悲鳴がそれを現実へと引き戻す。たまに水流が見え隠れするのは、懸命な消化作業によるものだろう。
だけど、その努力も、もう一度ドラゴンが口を開けばすべては水の泡。
塵と共に散っていくだけである。
「溜まったもんじゃないわよね」
セリナは「よっ」と塀に登り、言葉を紡ぐ。
乗せるのは魔力。内に秘められし力を言葉として吐き出し、想像を体現する。
「流水濁流……水流砲!」
両手から放たれる水流が渦を巻いて、空飛ぶドラゴンへと突き進む。
衝突。拡散。
バランスを崩したドラゴンが悲痛の声をあげ、城下にはキラキラと輝く雨を贈る。
満足のいく威力に、セリナは鼻を鳴らした。
魔術士は高い所が好き――――という格言があるが、それは空に近い位置で魔術を使うと威力が上がるからである。たまに『魔術士』を『馬鹿』と置き換えられることもあるが。
「婚約者どのーッ!!」
その声にセリナが振り返ると、息を切らさず駆け上がって来たアンドレが片手に王冠、片手に少女の手を掴んで現れる。
少女はハダカのまま。顔を真っ赤にして、今にも泣きそうに唇を噛みしめていた。胸に抱えた小動物もふるふると震えている。