災厄姫と呼ばれる少女⑦
アンドレが頭を下げるのは、頬に赤い痕が浮き出るよりも早かった。
「すまんッ! 詫びにボクが出来る事はなんでもする! 何が良い!?」
「ペットみたいな生活がしたい!!」
「了承した! では、ボクのペットになりたまえッ!」
――――は?
この一瞬の会話を、セリナは頭の中で復唱する。
――――アンドレのペット? この少女が?
その時、通路から悲鳴にも似た叫び声が聴こえた。
「た……大変です! 城下にドラゴンが現れました!」
その声にアンドレやユイトが反応するも、同時にもう一度パシンとビンタされる音。
アンドレが再び叩かれたらしい。
「あぁ……もう、ワケわからないわ」
セリナは頭を押さえながら、広間ではなく、通路へと足を向ける。
「姫様、どこに向かわれるのですか?」
ロイの不安げな質問に、セリナはため息交じりに答えた。
「ちょっとユイトの勧めに従って、ストレス発散してくるわ――――衛兵、案内しなさい!」
わたしは走って来た兵士の肩を叩き、走り出す。
ドラゴンは神の御使いと言われていた。
人類に対しては攻撃的な神であっても、他の種族に対してはそうとも限らないのは、理由があるのか、それともただの気まぐれか。神を讃え、仕える種族というのも、このエクラティアという世界にはいるのである。
その筆頭が、ドラゴン種族。
大きな翼に強固な爪。おまけに魔術も操る巨体な種族は、神々の手下としてもっぱら有名である。
ドラゴンを見かけたら、即座に逃げなさい――――親が子供に教える教訓の一つである。
だけど、セリナには以前から疑問に思うことがある。
――――手下使わずに、自分でさっさと滅ぼしてしまえばいいじゃない。
「まどろっこしい…………」
セリナは石造りの螺旋階段を駆け上がる。
ドラゴンの怒号と、人々の悲鳴。
空の輝きが赤らんで見えるのは、日暮れが近いからか、それとも炎が燃え広がっているからか。
セリナは顔をしかめながら、足を進める。
眉間に力を込めるのは、何も城下を慮っているからではなく、はたまた、遥か下層をチンタラ入っている兵士に呆れているからではない。
――――本当に、アンドレはあの少女をペットにするつもりなの?
常識的に考えても、動物をペットにするのと、人間をペットにするのとではワケが違う。
ましてや、アンドレはまだ若いとはいえ、オスカー国の国王なのだ。
国王が、女をペットにする――――それは、妾を持つことと同義である。