災厄姫と呼ばれる少女③
王城敷地内で隔離された石造りの魔術研究塔の中には、大きな魔術の実験に使われる広間があった。
セリナには、その塔への出入り許可が下されている。
なぜなら、わたしはこのオスカー国に嫁ぐ予定の姫。
一月後の婚姻の儀を終えれば、わたしは実質、この国で二番目の権威を持つ王妃になるのである。
それでかつ、彼女は魔術に精通している。そのため、彼女の好奇心が満たされるならと、オスカー国王が許可したのである。
それなのに、
「ユイト、わたしが入れないってどういうことなの!?」
セリナは広間の扉の前に立つ長身痩躯の男に、文句を飛ばしていた。
ユイト=キリトは、この国の宰相である。
黒縁のメガネの奥で光る瞳が冷たくセリナを見下す。灰色の髪をビシッと整え、高貴な者しか着られないスーツの下には、ひだ付きのブラウス。その佇まいに、隙は無い。
「姫様、だから何度も申しておりますように、関係者以外の出入りを殿下が命じております。ゆえに、早急にお立ち去りくださいませ」
――――その姫様に対して、もっと愛想を振りまいてもいいんじゃないかしら。
セリナはムスッと唇を尖らせながら、抗議をやめない。
「じゃあ、その殿下のアンドレはどこにいるのよ?」
「殿下も危ないですから、避難しておられます」
「婚約者を召喚するとか聞いたんだけど!?」
「そんな噂をどこで…………」
ユイトは一瞬眉をしかめながら、その顔を急に愛想のよい笑みへと変えた。
「姫様も知っているでしょう? 地球という世界では数々の強い魔術士がいるという話を。その勇者を召喚中なのです。さぁさ、ここは危ないですから、姫様もまだ城下で遊んでらしてはいかがでしょうか?」
ニコニコと提案してくるユイトに対して、
――――わ、気持ちわる…………。
セリナはそう思いながらも、腕を組んで「ふーん」と口角を上げる。
「あんたが部屋で大人しくしていろと言わないなんて、珍しいじゃない。いいの? わたしが城下で暴れて来ても」
「まぁ、すでに遅いんですけどね」
後ろでボソッと漏らすロイをセリナが睨み付けると、すぐさま彼は後退る。
彼女が顔を戻すと、ユイトはまだニコリと微笑んでいた。
「たまにはストレス発散というものが必要でしょう? その損害賠償はもちろん、アンドレ様名義で賄いますから、どうか今日は遊んできてくださいませ」
セリナが訝しみながら口を開こうとした時、広間の中から轟音が響く。床が大きく揺れ、壁や扉が軋むようであった。
「なにごと!?」
セリナが身構えると同時に、ロイが姫を庇うように前へ出る。
「姫様、早急にここから――――」
ユイトがとっさにセリナの両肩を触れてくるのを「無礼者っ!」と払いのけて、セリナはその隙に扉を開いた。
広間の窓にはすべて暗幕が掛けられており、とても暗かった。
何十人ものの黒いローブを纏った倒れる魔術士の影の中心には、ぼんやりと浮かぶ青白い魔法陣。
その中心で、ハダカの少女がゆっくりと身を起こしていた。