災厄姫と呼ばれる少女①
思い返せば。
これが、わたしが無邪気でいられた最後の時間だったのかもしれない――――
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それは、さり気なかった。
露店を眺めていた少女のスカートの中に、ゴロツキの手が潜り込む。
彼女は即座に叫んだ。
「雷来落雷……稲光!!」
商店街の往来で、少女の指先に従い、太い稲妻が落ちる。
弾ける轟音。
あがる悲鳴。
湧く喝采。
土煙からうっすら見えるのは、黒焦げになったゴロツキの姿。
少女はニヤリと口角を上げて、金色の輝く空と同色の髪をかきあげた。もう片方の手は爆風を受けて膨らむ膝上のスカートを押さえている。
繊細な光沢を放つ白地のワンピースに短めのマント姿。それに白のロングブーツを履いた少女は、一見金銭回りのいい冒険者。
だけど、手入れの行き届いている肌や髪、貴族しか持たないと言われる青い瞳は、彼女がただの冒険者ではないことを示していた。
彼女はその宝石のような瞳で転がるゴロツキを見下し、苛立ちを隠さない。
「いくら可愛いからって、このわたしのお尻を触ろうなんて、いい度胸してるじゃない!?」
「て、てめぇ……何者でぃ!?」
焦げた身体で辛うじて口を開き、後退るゴロツキ。
――――隠しても仕方ないわよね。
彼女は堂々と、事実を述べる。
「セリナ=クリスタ。十六歳。婚約者あり。だから、わたしを口説こうとするのはやめてよね?」
「セリナ…………もしかして災厄姫のセリナ=クリスタか?」
ゴロツキが驚愕――――というより、絶望といった顔付きに変わる。
その時、周囲の市民から悲鳴があがった。
「か……火事だああああ!」
慌てふためく市民をよそに、その隙をついて逃げようとするゴロツキ。
セリナは嘆息した。
「乙女の名前を聞いて逃げるなんて、オトコが廃るにもほどがあるわ」
商店の天幕に小さく宿った炎が、少しずつその勢力を増している。屋根用の麻布は水を弾くように、油が塗ってある。そのため、火の回りも早い。
ふと、セリナは思い出す。
『市民を災厄から守るのは、王族の役目である!』
それは、彼女の婚約者の言葉だった。
――――もうすぐ、わたしも彼の妻になるんだもんね。
「仕方ないなぁ……」
セリナはもう一度手を振り上げて、
「流水濁流……水流砲!」
両手のひらから出た水流が編まれ、火事の炎を覆い流す。
ついでに奥の家屋のレンガを破壊し、弾けた水が果物や調度品、そしてゴロツキを流し去るのはあっという間だった。
――――あれ、やり過ぎたかも?
彼女が固まった笑みで首を傾げた時である。