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顔のわからない女

作者: 羽塚睦希

 短編も投稿してみたら? とそそのかされ、昔書いた話を載せてみました。

 文体に不満はありますが、背景設定は気に入っています。

1.迷子


(……お)


 某大型百貨店に溢れる人ごみ。その中で、ひと際異彩を放つ子供がいた。


――いくら日本人に茶髪や金髪が増えてきたからといって、脱色を始めるのはせいぜい高校生前後だ。

だがその子は、まだ4頭身程度の体格であるというのに、髪を幼児としてはありえない色で染め上げられていた。

あの年でカラーリング剤を買えるとは考えづらいので、親の仕業だと考えるのが自然だろう。



(どんな親だよ)


 青年は少しばかり呆れるものの、売り場の位置から考えるに迷子である可能性が高い。恐らく保護者とはぐれた後、自力でここまでたどり着いたのか。



「おい、迷子か?」


 後ろから一度その子を追い越し、振り返りざまにその子と目を合わせる。

 そこで初めて顔を直視したのだが――何故誰も声をかけようとしていなかったのかを思い知ることになる。


「?」


 あどけない表情で見つめ返す両目。……よりも、左の頬にペイントされた蝶にまず目がいってしまった。



(……酷ェ)


「親はどうしたよ。はぐれたんなら、迷子放送してもらうか?」



 その子は何を思ったのか、きょろきょろと周囲をうかがった後に無言で頷いた。

 そして、青年の服のすそを掴むと、そのまま歩き始めた。

 ――ただ、彼が立ち止まったままなのでその場足踏み状態ではあったが。



2.誘導


 そして、彼が迷子に連れてこられたのはサービスカウンター。

 青年が途中で足を止めたので正確には、そこから10メートルほど離れた地点である。



「場所がわかるなら一人で来ればいいのに」


 すると彼(彼女?)は首を横に振り、またもや手を引いて歩き出そうとする。


「おまえを連れ歩いてると、俺が親で、そんな頭にした張本人だと思われるんだよ」


 文句を言いながらもカウンターへ足を運ぶ彼を見て、迷子は楽しそうにクスクスと笑いだした。


「笑うな。忌々しい」



 その時、彼らよりも先に、別の女性が職員に話しかけ始めた。


「すみません、子供とはぐれたのですが、来ていませんか?」


 二十代前半~半ばくらいの、大人しそうな女性がカウンター内のスタッフに声をかける。

 彼は、自分が拾った迷子の親のイメージとかけ離れていたため「迷子が多いのだな」と思ったが――


「5歳の女の子なんですけど、」


「何か、着ている服など特徴はありませんか?」


「髪を脱色していて、顔に蝶のフェイスペイントが……」


「あんたか!!」



 思わず叫ぶ青年。スタッフ・女性・近くにいた買い物客たちの視線が集中し、そそくさとその場を離れる。




3.抗議


「あの、よつばを連れてきてくださってありがとうございます」


 丁寧な感謝の言葉に青年は拍子抜けする。


「お宅の子、迷子になっても落ち着いていたぞ。慣れているのか?」


「ええ、まあ」


 青年が女性と話している間、二人の座っているスツールを中心に歩き回るよつば。



「勝手に出歩くな。迷子の失敗から何も学ばないのか」


 よつばはエヘンと胸を張り、女性を指さす。はぐれたのは母親のほうであると言わんばかりの自信だ。

「いや、はぐれたのはお前だろう」

 よつばが頬を膨らませて抗議した。

「あの、」

 聞き分けがないので注意しようとしたが、横に居た女性が恥ずかしげにうつむきながら挙手するのを見て思いとどまる。


「あ?」


「その、……私のせいなんです」





4.相談


 女性――天野(あまの)知寿々(ちすず)は「ひとの顔の区別がつかない」らしい。


「それは、顔が覚えられないとか、名前と顔が一致しないとか、そういう(たぐい)のものか?」


「違うの。なんというか」

 女性はしばらくの沈黙したのち。


「……わんこ」

 静かに口を開く。だが漠然としすぎて、青年には理解できない。


「わんこ? って、犬のことか?」


「うん。たとえは悪くなるかもしれないけど・・・・・・慣れないうちって、ペットショップとかで、同じ動物同士だと区別がつきづらいでしょ」


「まあ、確かに。プードルとか、チワワって一括りにするからな」


「意外とかわいい犬が好きなんですね」


「……ドーベルマンとか、シェパードとか」


 むきになったのか一言ずつ強調するように言い直す青年。

 知寿々は脱線しかけていることを注意し、説明を続けさせる。


「同じように、見る顔すべてが、そんな感じで区別がつけられないんです。こう、全部マネキンみたいに似たような顔に見えちゃって」


 ため息をつく知寿々。いつの間にか悩み相談のような雰囲気になってしまった。


「同じ動物同士で区別がつきづらい、って言っていたな。人間の場合はどの程度なら判別できるんだ?その、犬だったら愛犬と他ので区別ができそうだが」


「さすがに大人と子供とか、種類くらいなら判別できるんですけど……」


「あとはお手上げか」


「……はい」





5.原因


「そういえば、結婚指輪(それ)つけてるってことは、結婚してるんだよな。どうやって知り合った」


 こんな状態なら、夫婦生活どころか出会いすら想像できない。



「なれ初め、ちょっと長くなりますけど」


「ああ、話してくれ」


「まず幼いころに両親に先立たれて、親戚中をたらい回しにされたんです」


「ほう」


「その時はまだちゃんと区別がついていたんですけど……転校を繰り返すうちにグレて、まあ、不良ですね。家にも帰らなくなって、夜出歩いていたんです」


「よく聞く話だな。その時からか?」


「いえ、その頃はまだちゃんと区別はできていましたよ。ただある日、更生するチャンスをくれる恩人に会ったんです。それが、夫でした」



「こんなベタなこと現実に起こりうるのか。で、結婚したんだな?」


「ええ、それでよつばが生まれて」


 幸せの絶頂というべきか。おかしくなった原因が分からず、口を出す青年。


「いったい、いつから区別がつけられなくなったんだ?」





「――そのあと、夫が事故で亡くなったんです」





「……マジか?」






6.判別


 知寿々の話はだいたい理解した。

 彼女の夫は顔面の判別ができなくなるくらいひどい状態だったらしく、有体(ありてい)に言えば、大切な相手を(うしな)ったショックで顔が判別できなくなったらしい。



「病院に行っても、精神的な問題だから治療も難しいって言われたの」


 そう言って知寿々は顔を伏せる。


 ふと彼女から目を離すと、話に飽きたらしいよつばがふらふらと隣の売り場へ行こうとしていた。



「止まれ。だからはぐれるんだ」


 パーカーのフードを引っ張り、よつばを引き寄せる青年。


「そうだ。話を聞く限り、区別がつかないのは顔だけっぽいな。服装を覚えるとか、どうだ?」


 それに、服も区別できないなら、知寿々自身やよつばの格好ももっと奇妙なものになるはずだ。そう思っての助言だったが――


「確かに服は区別できるんです、けど……。恥ずかしながら、しばらく見ないでいると服装も忘れちゃうんです」


「しばらく、って」


「そうですね、場合によりますけど、30分前後見ないと、もう何がなんだか」


「それはしばらくとは言わない、あっという間と言う」


 青年の冷静な突っ込みに、知寿々ははにかみながら補足する。



「一応、どんな服を持っているかは分かるんですよ。忘れるのは組み合わせだけです」


「自慢できることじゃあないがな」


 だが、青年はそっけない態度を取りながらも、これらの情報の中からなんとか彼女の問題を解決しようと頭を悩ませていた。


「……少し、そこで待っていてくれ」


 よつばの手を知寿々に握らせ、その場を離れる青年。

 対する知寿々は、頭上に疑問符を浮かべながら彼の後姿を見送っていた。





7.解決


「待たせたな」


「……どなたですか?」


「迷子を見つけた好青年」



 この短期間ですでに顔を忘れられていたことに呆れながらも、先ほど買ってきた「あるモノ」を取り出す。


「ほれ、頭出せ」


 よつばの髪に、彼女の名前と同じ四つ葉を模した髪飾りを取り付ける青年。


「これは……」


「根本的な解決にはなっちゃいないが、これで他の人間と区別はつくだろ。――これが壊れるまでに、娘の顔くらいは覚えとけ」


 青年がよつばの頭に手を伸ばすと、とたんに彼女は笑顔になる。

 その様子を見て青年は、初めて満足そうに笑みを浮かべた。



「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」


「そんなことより、一日でも元のようになる日が来るのを願っているよ。あんたの目もそうだが、子供の外見も」


 もし仮に自分がこんな頭にされたら絶対グレるだろうと考えての一言だったが、「区別をつける方法があるんだから直しますよ」と普通に返された。





「そうだ、お名前聞かせてもらってもいいですか?」


「名乗るような名前は持ち合わせてないんだ」


「謙虚なんですね」


 青年の言い回しに、知寿々はくすくすと笑い出した。

 青年としては、本当に名乗れる名前がないのでそう言ったに過ぎないのだが。


「……どうせあんたの頭じゃあすぐ忘れるだろう」

 そう言うと、困ったように顔を伏せる知寿々。「面目ないです」と呟くのを見てから、青年は彼女たちと別れた。










 昔、何でも願いを3つ叶えてくれる妖精を呼び出した青年の話。

 青年は「一生、生活に困らないようにしてくれ」「不老不死にしてくれ」「煩わしい人間関係から解放されたい」と願った。

 その日から青年はこのデパートに住み続けた。


 設備や商品は使いたい放題。

 何日何週間何ヶ月何年経とうとも年をとることはない。健康はサービスだ。

 ヘタに覚えられると住みづらいだろうからきみの姿や名前はすぐに記録(きおく)から消えるようにしておいた。親切だろう。

 こんなすばらしいところに住むんだから外に出られなくていいよね? きみは一生ーー不老不死を願ったきみにとってだけれどーーここにいていいんだよ。



 妖精はそう言って去っていった。

 青年は、一人残された。


『notice』End.


 いわゆる「3つの願い」を合理的に考えたら、デパート在住にして中の設備と商品使いたい放題になりました。

 当初の予定では、この設定で青年がデパートの中で色々な人に関わっていくオムニバス形式で書きたかった……のですが、気力と表現力が及ばなかったです。上記の設定で書いてくださる方がいらっしゃったら読んでミタイナー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーが凄く面白い。一言では言い表せない。 [気になる点] ストーリーがちゃんとしているのでそこまで悪い点はない。あと速読したので内容を深読みしてない点もある。 [一言] 読み始めると…
2016/10/11 23:00 退会済み
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