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多次元世界旅行記  作者: 細身 狩骨
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phase2  次元移動

 じりじり、と暑さを倍返しにしてくるアスファルト。直射日光とアスファルトからの照り返しで、今にも体は解けてしまいそうだ。だというのにカゴのフィルは身を乗り出すほどに元気だ。自分がやりたいことがあると環境は関係ないのだと思い知る。


「なあ、フィル。変わって……こぐの……。」


「それができるならしているさ。さっきから遅いよ、ソウイチ!もっと早くこぐんだ!」


 この鬼畜め。確かにフィルが人型になってこいだところで、俺の居場所がなくて歩くしかなくなってしまう。それは一番意味がない。だからといって、この坂を自転車で進むのには無理がある。あ、そうか。


「降りて自転車押していけばいいじゃん。」


 どうしてそんなことに気付かないのか、それはひとえに暑さのせいだ。暑さが俺の体力と共に判断力までも削っていたのだ。よって無実。


「アホなの君?」


 やかましいわ。


 しかし、歩いて押したところで、この坂がきついことに変わりはない。なんだってこんな所に建てやがったんだ。恨むぞ畜生。


「やれやれ、仕方がないなあ。これっきりだよ。」


 などとつぶやき、俺の額に肉球をぺたりとする。


「いや俺は確かに猫が好きだが、いくらなんでも……⁉」


「さあ、レッツゴー。」


 フィルに額を触れられた直後に、一瞬だけ怯むほどの熱さが身を襲う。しかし、瞬きをする間に体の汗が引き、ぼぅとしていた頭もはっきりと目ざめ、さっきまで感じていた暑さが無くなっていた。


「ちょっ、お前何したの?」


「ちょっぴり魔法使っただけだよ。体表を一瞬だけ高温にして、体の熱を放出したのさ。」


 なんだかさらりとすごい体験をしてしまったように思う。


「ささ、せっかく魔法使ってあげたんだから、早く書店に行くんだ!効き目は保証するけど、せいぜい三十分しかもたないよ!」


「え、お、おう!」


 フィルの言う通り、効き目は絶大だった。自転車のハンドルまでは乾いていなかったが、いくら体を動かしても暑くならない。次第に俺はその未体験の感覚に興奮し、全力で自転車をこいでいた。それこそシャカリキに、無意識のうちに叫んでいたんじゃないかと思うくらいに。いや、多分叫んでいたんだと思う。周りの目線が刺さっていた気がする。




「よし、着いたぞフィル!」


 息切れを起こしながらも全く汗をかかないので、半分気持ち悪くもあった。しかし、汗をかくのは体温調整のはずなので、体が熱くなければ大丈夫、なはずだ。もしこれで体長を崩そうものならフィルにお仕置きをすればいいのだから。


「よしよし、ご苦労ご苦労。最後の方は風があったからなかなか快適だったよ。やればできるじゃん、ソウイチ。」


「へへへ、だろ?」


 自転車に二重に鍵をかけ、店内に入る。ここは家から最寄りの書店だが、周囲で一番大きなものだ。まずキング牧師の本が無いことはあり得ない。一階は携帯ショップが使用しているので、無視して二階への階段を上る。


「そういえば、キング牧師の本つったって、どういう内容ならいいんだろうな。」


 階段をのぼりながら独り言のように話す。


「それこそ幼稚園児向けの偉人コーナーとかにありそうなものだけど。」


「園児に黒人差別についての偉人の本読ませるとか夢もへったくれもないな、それ。」


 まあ店員に聞くのが一番の近道だ、という結論に至る。もし知らなかったら?探し続けます。


「あの、すみません。ある本を探してるんですけど……。」


 当たり障りのない感じの店員に声をかける。もちろんレジなどではなく、本の並びを整えている人に、だ。


「はい、どのようなものでしょうか。」


「キング牧師についての本なんですけれど、ありますか?」


「もちろんございますよ。どうぞこちらへ。」


 流石は周辺一の書店員と言ったところか、キング牧師と聞くや否やうなずき、場所が分かったことが、こちらにも伝わる。もしやこの人全部の本を暗記してるんじゃあなかろうか。いや、まさかね。妄想が加速しすぎだ。



「こちらに一冊ありまして、隣の棚の中央に一冊、そして少し離れますが、考察本の様なものがいくつかございます。ちなみにおすすめはこちらですね。」


 そう言って目の前の本を手に取る。タイトルは「これを読めばキング牧師のすべてが分かる!」だ。うさんくささがカンストしている。


「タイトルこそ子供だましですが、割と内容が濃いものでして。他のものと比べると、牧師についての資料が桁違いに多いんです。まさに『すべてが分かる』といっても過言ではないものになっていますよ。」


 あれ、やっぱりこの人、全部の本暗記しているんじゃ?


「じゃあ、それにします。」


 別にキング牧師のことを知りたいわけではないが、それゆえに勧められたら買う以外の選択肢が無いのだ。本を受け取りひっくり返し、値段を見ると千八百円だった。税抜きで。高いですよ……。





「うわ、結構分厚いの買ったんだね。」


 CDコーナーで音楽を聴いていたフィルと合流する。こういう店にいる時は、下手に接触しないように別行動することにしている。ヘッドフォンを普通につける訳にも行かないのか、横を向いて、ヘッドフォンを置いたまま聴いていた。とてもシュールなので一枚ほど写真に撮った。


「まあ勧められちゃったから、仕方ない。高かったけど。」


 ついさっき登ってきた階段を下り、外気を吸うと、今頃喉がカラカラなことに気付く。自販機でコーラを買う。冷蔵庫に入っていただけあり、やはり冷たい。手につく水滴が夏をさらに強調させる。


「あとは帰りにいつものリンゴを買っていくか。」


 ぷしゅっとコーラのふたを開ける。最近思うようになったけど、自販機ってウォータースライダーみたいに滑らせれば、炭酸が暴れることもないのに。


「ところで、リンゴは普通寒い時期の果物じゃあなかったかな?」


「ああ、それは俺も昔思ったよ。それで調べてみたら、CA貯蔵法とかいうので仮死状態にしているんだと。それでほぼオールシーズン売ってるらしいぞ。」


 ほほう、と口をすぼめて理解した様子を浮かべながら定ポジションにつく。俺も自転車の鍵を二つとも外し、本をフィルに持たせ、こぎ始める。


「ぬわぁ!」


 といったところで夏の暑さが体に戻ってきた。再び直射日光と照り返しに体が焼かれる。しかし、坂を上る訳ではないので、いささか気分は軽やかだった。


「ささ、暑いだろうけど、坂を下るだけなんだから、早いところ行っちゃおう。」


「おうよ。」


 とだけ返事をして、下り坂に突入する。最初のひとこぎ以外、俺はこぐことをしなかった。それだけ坂は長かったのだ。サドルに体重を乗せることをやめ、立ち漕ぎの状態になり、上半身でもろに風を受ける。この身に受ける風が心地よいのもまた、夏ならではだ。むせかえるような暑さとじめじめとした空気、それらを吹き飛ばしてくれるのがこれだ。


「ひょおおおおおおおおおお。」


 ジェットコースターよろしくの声をあげつつ、坂を下っていく。カゴに乗っかっているフィルも何か叫んでいるようだが、耳には風切り音が届くだけで言葉までは届かない。しかし、俺と同じように気持ちよさを味わっているのだけはどことなく伝わってくる。





「いよし、着いた着いた。お前は別にそこにいていいぞ。どうせすぐだから。」


 ききぃとブレーキ音をあげ、昨日来たばかりの激安スーパーに到着する。ここまでの所要時間、僅か三分とちょっとだ。実に楽だった。いつもこれなら魔法なんて要らないのに。sンなことが実現すれば、それこそ魔法なのだが。


 自動ドアに迎えられ、クーラーの効いた店に入る。青果コーナーは入ってすぐの場所に陳列されている。当然リンゴもすぐに見つけることができ、そのままレジに向かう。

 実の所、スーパーなどでは、入口に青果をまとめることがセオリーらしく、どうにも見た目に美しいから、といった理由だそうだ。確かに入ってすぐに赤い肉の色や、生臭い魚などは遠慮したい。


「レジ袋は要りようでしょうか?」


「そのままで大丈夫です。」 


 料金百五十円を支払い、片手でお手玉をしながら店を後にする。実はここにもこの店のよいところが現れている。まずレジ袋が無料なことだ。近年消費税増税だとかで、他のスーパーでは袋一枚五円の金をとっている中、ここだけはぶれずに無料でいる。地味に助かる。そして、商品の特徴として、端数の一円単位がほとんどでないことが挙げられる。買い物上手の奥様達は一円玉も綺麗に使うので関係ないのかもしれない。しかし、まだまだ買い物下手な俺からすれば、一円玉が出ないのは財布の管理上とても楽だったりする。


 たまにこういったことを友達内で話すのだが、「そんな細かい事いちいち気にしてない」と一蹴されてしまうので、地味に悲しかったりする。


「よし、帰ろうか、フィル。」


「はいよ。」


 ぽい、とリンゴをフィルに投げ渡し、再び自転車を走らせ、帰路につく。フィルが来てから自転車のカゴを大きいものに取り換えたのだが、深いものよりも、横に広いものにすればよかったとふと思った。だって、フィルが本とかゴミとかリンゴの上に乗っかっているんだもの。




 ものの数分で家に到着する。時計を見るとちょうど三時を回ったところだった。


「ただいま。」


「おかえり。」


 どちらか一方がただいまと言うと、たとえ自分がただいまの立場でもおかえりと言ってしまうこと、あるあるだと思う。


「さて、ちょうどいいしおやつの時間にするか。適当にホットケーキでも作るから、ごみの処理よろしく。」


「ほいほい。」


 ホットケーキミックスさえあれば、生地は誰だって作れるのがホットケーキの良いところだ。焼き加減は経験が必要になってくるが、俺にはその経験は備わっているので問題は皆無だ。唯一、問題があるとすれば、食べる側だ。そう、デブ猫のフィルだ。ろくに運動もしないので、更に太っていくことに違いない。なので、フィルのホットケーキは一枚だけにした。文句の出ないように、極上の仕上げにした。


 それから俺たちは、例のテーマ、科学と魔法の共存した世界について妄想を広げていった。俺は終始、もしもその妄想が当たってしまった場合、萎えてしまうぞと警告はしたが、話すうちにそんなことは気にも留めなくなっていた。そんな妄想談は夜の七時まで続いた。





「そろそろ晩飯時だな。明日に備えて早く寝たいから、今日は冷凍食品で勘弁してくれ。」


「あれ、明日に備えてって、行くのは明後日以降だって言っていなかったっけ?」


「ああ、それだけど、話すうちに行きたくなっちゃったんだよ。」


 やったぜ。と握りこぶしを作り、天に掲げている。だって俺も妄想が広がって行きたくなっちゃったんだもの、仕方がないよ。とか言いつつ、冷凍食品を取り出す。あくまで料理をサボるだけなので、栄養面だけは考慮する。昼飯が昼飯だったので、グラタンと温野菜になりそうだった。


「グラタンかあ………。」


 フィルがため息を漏らす。一応ながらこいつは猫なので、やはり猫舌なのだろう、熱いものは苦手だそうだ。熱いものが苦手なのは損だ。熱いからこそ美味しいものは無数にある。その美味さを享受できないのは可愛そうだ。猫に生まれたことを嘆くがいい。


「駄目なら冷めるまで温野菜を頬張ってろ。温野菜はいいぞ。簡単に栄養がとれるしそこから料理にも使えるんだぞ。」


「流石に温野菜の中にゴーヤは無いよね?」


「お望みなら付け加えてやろうか。」


「許してください。」


 グラタンをチンし終わり、フィルに食卓を拭くように命じる。きちんと殺菌スプレーを用いるので、食卓以上に清潔な場所は無い。食卓はそんな空間でなければね。

 温野菜は、彩りに人参、トマト、トウモロコシ、キャベツ、そして適当にキュウリを放り込んでみた。流石に人参の様な固いもの以外はさっと湯に通すだけだが、果たしてキュウリの温野菜は合うのだろうか。ちなみにドレッシングはゴマドレことゴマドレッシングだ。野菜に対して万能感があるので割と重宝する。それらを並べ、食器などを慣れベた後に食べ始める。もちろんフィルには人型になってもらった。


 案外キュウリの温野菜も合うもので驚いた。途中でフィルが、野菜をグラタンのホワイトソースにつけて食べているのを見つけてから、冷蔵庫からまたいくらか野菜を追加していた。なんだかんだで結構な量食べてしまった。美味しかったので良しとしましょう。





「明日の何時に行く予定なの?」


 風呂も食器洗いも洗濯も済ませて、いざ布団に入ろうといったところだった。


「ん、そうだな。十時に昼飯兼朝飯を食べて、そっから準備でき次第、ってところかな。」


 必ずしも向こうの世界でお昼にありつけるかは分からないので、腹を膨らませておくことは重要だったりする。買いためておいた食材はどうするのかって?そりゃあ明日のお昼でなんとかしますよ、ええ。


「おーけー、わかったよ。じゃあ僕も寝るね、おやすみ。」


 と言い残し、自分の布団に潜っていく。無意識だろうが、尻尾がふりふりと忙しなかった。よほど楽しみにしているのだろう。まるで遠足前夜の小学生だ。


 ふわぁ。出てきたあくびを噛み殺そうともせずに放出する。


「俺もはやいところ寝るか……。」


 一週間と一日ぶりの布団での睡眠。その布団は無駄に心地よく、温かく俺の体を迎えてくれた。





「さてさて、待ちに待ちました、旅の準備の時間だよ!」


 元気溌剌なフィルが大きな声で八の字に飛び回る。所々毛が浮いているのが光の反射で分かる。 


 今日は七月三十日、時刻は午前十時半だ。ごっちゃごちゃにした鍋を食べた後あとだ。鍋は冬のものだが、冷たい鍋の素なんてものがあったのでそれにしたのだ。酸っぱい味は夏バテにも効きそうでよかった。同時に野菜も肉もとれるのだ、鍋は手っ取り早ければ栄養面でも隙が無いので好きだ。


「すこしは落ち着けって。毛が舞ってて鼻がむずむずするんだよ。」


「おっと、ごめんごめん。ささ、早く行こうよ。」


 だから落ち着けとだな。


 フィルは放っておいて準備に入る。身支度の意味の準備ではなく、多次元世界に飛ぶための準備だ。これをするのに特別必要なものと言うのは無い。しいて言うならきちんと片付いた部屋が一つあればよい。それくらいに制約が無い。


 床に要素を使う物を並べていく。魔導書、スマホ、昨日買ったキング牧師についての本「これを読めばキング牧師のすべてが分かる!」、この三つが主な要素である、『主要素』になる。次に、行きたい世界の基礎を固めるための『基礎要素』だ。これはもう一定のものを使っている。りんご、ビニール袋、地球儀、人生ゲームのピン、水が『基礎要素』としている。今回は、ここに永久磁石を追加する。


 『主要素』の外側に『基礎要素』を、それぞれ円形に並べていく。もっとも、数が数なので綺麗な円とはいかないが、問題は無い。


「よし、じゃあフィル、こっちに来て。」


「あいよ」


 『主要素』の円の中に立つ。ここから行うのは、並べたモノの『要素』の摘出だ。俺の目に見えるモノの要素は、俺の意識次第で自由に取り出すことができる。なお、出すことは簡単だが入れるのはその要素を持たない限りは出来なかったりする。


 モノに触れ、『要素』を取り出していく。魔導書からは魔法を、スマホからは科学を、キング牧師の本からは共存を、それぞれ取り出していく。光に包まれた『要素』を、麺類をうつときのようにこねくり回していく。すると一つの塊となり、そこでようやく『主要素』が出来上がる。


 「よし、次だ。」


 ここからは手慣れたものだ。『基礎要素』になるモノから取り出し、『主要素』同様に固める。そして、ここが少し苦労する所だ。出来上がった『主要素』の塊を、『基礎要素』の塊で包まなければならない。ランダム性の強いこの力において、この工程が世界の安定に大きく左右してくる。だが、それももう慣れているので、難なく終了。


 そうして出来上がった要素の塊は、紫陽花のような薄い紫色の光を放っていた。


「今回もまた綺麗だな、この世のものじゃないみたいに美しいや」


「全くだよ。触れないのが実にもどかしい。」


 あらまあ可哀想に。ちなみに、何故だかこの状態になればフィルにも見えるらしい。



 さぁ、これで旅の準備はすべて整った。後はこの塊を俺が飲み込むだけだ。そう、飲み込む。今でも全く分からないのだが、どうして中学生の時の俺はこんなものを飲み込もうと思ってしまったのか。普通だったら飲み込むどころか、触れることもはばかるくらいだ。ちなみに、味はその時の色から変わる。まるでかき氷のシロップみたいだ。


「さてさて、フィル君よ心の準備はいいかい?久々で心臓飛び出そうになってない?」


 俺はもう慣れたものだが、飛ぶときに吐き気を催すうえに、飛んでいる間に俺から離れてしまえば、ズタズタに引き裂かれてしまう。怖いのは当然だ。


「ふふふ、これはサムライのいう武者震いってやつだよ。あ、あれだからね?ビビってるのを隠してる言いわけじゃあないからね。ホントに楽しみなんだ。」


 ふっ、とほほ笑む。それだけの気持ちなら心配なんてない。


「ま、せいぜい俺から離れてくれるなよ。スプラッタなのは勘弁なんだ。」


 さて、と要素の塊を右手に握る。ほんのりとした温かさが掌から伝わってくる。まるで母の胎内にいるかのように落ち着く温かさだ。もちろん、そんなこと覚えちゃあいない。だがそんな気がするのだ。本能的なやつだな。


 きちんとフィルが肩に乗っていることを確認し、一つ大きな深呼吸をする。


「じゃあ、行くぜ。」


「ふぉーーー!」


 口にねじ込み、思い切り飲み込む。直後、視界が揺らぐほどにどくん、と跳ねあがった。





 そう感じた時には既に視界は完全に真っ暗になっていた。目は開いているのに、微かな光も感じられない空間にいる。光も温かさも、体の場所すら感じられない暗闇を、クラゲのように漂う。次第に、自分はどうしてここにいるのか、自分は誰なのか、そもそも人間なのか、と考え出した。


「(あれ………、ここどこなんだっけ………、何も見えないな……。ん?そもそも見るってなんだ?そもそもって?何に対して考えてるんだ?考えるって、なんだ?)」


 忘れたことを忘れるうちに、考えるということを忘れた。直後に意識が無くなる。まるで食虫植物に捕えられた虫のように、一部となって溶けだしたように、自我が消えていく。そもそもの存在感が、存在自体が、薄れていく。世界が、俺を忘れた。





 最初に思い出したのは目でモノを見ることだった。それを契機に瞬時に体が体のことを思い出していく。心が心を思い出し、最後に記憶が記憶を思い出した。まるで、コピーを書き出すように、そっくりそのまま、元の俺が形成されていく。だが、保存時点は飛ぶ寸前だ。当然、記憶は無い。

 

 だが、俺にとって、そのことは一切関知することのできない事柄であり、これから先、知ることはないモノになることだろう。



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