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ショート・メルヘン

黄泉平坂

作者: 雪 よしの

 休めばよかったかな・・僕は、今、猛烈に後悔しながらノロノロ走ってる。


 今日は、高校のマラソン大会、男子は10km。後、もう少しでゴールなんだ。あそこの十字路を右折して国道を横断したら、すぐゴールだ。あと少し頑張ればいいのに、さっきから苦しい。胸が重く、深く息がすえない。


 マラソンコースは、通称”ライラック通り”。道の両端に、ライラックが植えてある。ちょうど花の時期で、甘くさわやかな香りがただよう、うちらでは定番のデートコースだ。

胸が苦しいせいか、花の甘い香りも体にまとわりつくようで、不快になってきた。そろそろ限界か。僕は、歩く事も出来なくなり、はあはあ浅く息をしながら、立ち止まった。直射日光で、頭が痛い。暑い。口の中が、ネバネバして不快。水の補給処は、もう少ししたらあるはずなんだけど。


 少しでも涼しい処へと、僕は、ひときわ大きなライラックの木陰に四つん這いでいった。今日の最高気温は30度。6月初旬の北海道の気温にしては、ありえない気温だ。木陰で休んでいるので、少し体が冷えてきたようだ。それでも胸が苦しい。これって、心臓がおかしいんじゃないのか?そう思うと、余計に胸が苦しくなってきた。


 去年、入学後の健康診断で、僕は心雑音があると指摘された。精密検査を受けなさいといわれていた。入院が必要で、それが面倒で、検査はしていない。普段の生活では、具合悪くなったりすることもないし、風邪もひかなかった。だから、大丈夫と思ってたんだ。ごめん、母さん。母さんに、”入院して検査しなさい”とうるさく言われてたのに、”うるさい”と口答えで返して。


 苦しいのに息がすえない。胸の真ん中が、少し痛くなってきた。視界が白くボヤけてきた。さっきまで見えていた交差点すらわからない。せめてあそこまで行けば、医療班がいるはずだったのに。僕はこの時、自分、もう駄目かもと、あせった。あせっても動けなくなっていた。


 誰か来たら、すぐ連絡してもらおう。歩道で横になっていたが、残念ながら、後続のランナーはこなかった。僕が本当は最後尾だったのかな。


 半分、意識が遠のきかけたとき、若い女性が僕を見つけてくれて、すぐ、そばに来てくれた。


「すみ・・せ・・、がっ・・れんら・・救急・・」

と彼女に頼んだ。だけど、ノドがはりつき口が乾いていて、言葉にならなかった。僕は助かるかな。ああでも、もう間に合わないかな。走って来た道も、反対側の歩道もみえない。モヤで真っ白になったようだ。


 


「ごめんなさいね。このあたり、”通り道”が交差してるのよ。はい、これを飲むと少し楽になるから」と、僕を抱き起して、ボトルに入ってる水を、飲ませてくれた。大分、楽になった。不思議な飲み物、いわゆるスポーツドリンクではなさそうだけど。


「それにしても、今日は暑いわ。この子達も、この暑さでちょっと疲れてたのね。黄泉平坂に生きた人が入り込まないよう、ガードする役目だったのに」彼女は、そばのライラックの木肌をさすりながら、”お勤め、ご苦労様ね。”なんて言ってる。


 はぁ?何の話しだ?それよりも水、さっきの水がまだまだ必要。僕は女性からボトルをひったくると、一気に飲みほした。


「自分で飲む元気は出たのね、よかった。ここで少し休んでなさいね。」

それだけ言うと、彼女は、コツコツと靴音をたててさっていった。学校へ連絡して欲しかったんだけど。


 彼女のくれた水のおかげか、少し呼吸が深く出来るようになった。そしてなぜか、我慢できないほどの眠気が襲ってきた。僕の飲んだ水は、いわゆる末期の水ってやつなのか?考える事も出来なくなって、僕は意識がなくなった。



「月城君、大丈夫?」

「ここって、天国ですか?地獄ですか?」僕が目を覚ました時の、最初の言葉。


”なにそれ、ウケるんですけど。””体はったネタかな”

周りから大笑いされた。よく周りを見ると、僕は歩道の木陰で寝こけてたんだとか。さんざん、からかわれたので、”胸が苦しくて、本当に死ぬほどしんどかった。てか、死んだと思ってた”と、訴えても、信じてもらえなかった。


 後で聞いた話しだと、僕より後続の人達で、熱中症で倒れた生徒が3名ほど出た。その時点で教師たちは、レースの中止を決定し、残りの生徒を車に乗せていったそうだ。そんな中、僕は寝息を立てて、寝てたそうな。

いや、確かに、本当に、苦しかったんだけど


 僕は訳がわからなかったけど、とりあえず、木陰を僕に提供してくれた白のライラックに、ありがとう とお礼を言って、木肌をさわった。ところで、僕に水をくれた女性は誰なのだろう?

田舎町なので、美人な若い女性なら、絶対、男子の中で話題になると、聞いて回ったけど、誰も知らないって。旅行者だったのかな。


 彼女、わけのわからない事を言っていた。黄泉平坂 とか道が交差するとかなんとか。僕は、ネットで調べてみると、黄泉平坂は、あの世へ通じているといわれる坂 だとか。僕はライラック通りのあたりを、思い浮かべた。コースの折り返し地点から西へ少し行くと、霊園がある。そこから通りに平行して進むとお寺、さらに進み、若干、山よりには斎場がある・・・


 そうだ、道が交差して とか言ってた。僕は、急に怖くなった。


 夏休みには、心臓の精密検査を受け、異常なし。指摘されてた心雑音すらなかった。ホっとした。ただ、それからの僕は、ライラック通りは苦手になった。マラソン大会の苦しいさを思い出してしまうし、正直、黄泉平坂の入り口の近くには、近寄りたくない。信じてないけれどね。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  黄泉平坂。  初めて目にする言葉でしたのでネットで見てみたところ、黄泉比良坂で出ました。もちろん、これも知らず勉強いたしました。  ライラックも知らず、これもネットで見てみましたが、これ…
[良い点] こぶりだけどピリリと引き締まったお話ですね。 最初、タイトルを見て意味がわからなかったのですが氷解しました。 主人公が無事でよかった。 サラリと書かれた頃合いのいい掌編でした!(^_^)
2018/08/13 09:21 退会済み
管理
[良い点] 初夏に持久走を計画するとは、学校は健康に配慮していないのかな? あっ、そうか! きっとそうだ。自分たちは走らないから気温や天候のことは考えていないのだ。うん、間違いない! どこかでそんな…
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