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少女転生? ~えすえふばん~

作者: 安藤ナツ

「『惑星アタラクシア。戦闘員募集中。惑星ゼノンからの距離は七百光年。男女問わず』」


 惑星ゼノンの星間移動局の求職フロアの掲示板に書かれた文字を、少女が舌っ足らずに読んだ。

 十代後半の愛嬌のある顔立ちの娘で、同等の金糸と同じ価値がありそうな美しい金髪と、星空を埋め込んだような漆黒の輝く瞳が特徴的であった。ゼノンの人間ではなく、流れの傭兵らしく、襤褸のような砂色の外套を身に纏い、真剣な様子で目の前のホログラム掲示板の求人に対して考えを巡らせていた。


「うーん。悩むな。七百光年って……」


 彼女は所謂、失業者であった。

 不老不死の開発が進み、脳内ダウンロード理論が完成され、クローン技術の進歩により、知的生命体の平均寿命が十万年を超えたこの宇宙時代の最も大きな問題である。

 三十万歳を超える超高齢者達が、長すぎる年月の間に財産の殆どを独占してしまっているのだ。割合で言えば、実に全体の九十%以上の金融を、僅か二%にも満たない数の人間が独占している。

 超々格差社会。それが今の宇宙の現状である。

 となると、自然に世の中に流れる金が少なくなり、どれだけ働いても、その日暮らしが精一杯の人間が大勢出てしまう。

 そんな、その他大勢の主な稼ぎは『戦争』であった。

 ナノマシンの有効活用により、最大の資源となった『惑星』を取り合う、富豪な年寄りたちの娯楽以外に、若者が生きる術は殆ど残されていなかった。幸いなことに、兵器の高科学化により、素人でも簡単に武器を扱うことは可能であり、訓練された兵隊などこの宇宙の何処にも存在しないだろう。


「報酬は…………一週間で大体一月分の生活費か」


 そしてその報酬は、目玉が飛び出るくらい安い。それ以上に、世の中には職がない。

 戦争から戦争へ、渡り歩く若者は何処の銀河でも社会問題となっていた。


「まあ良いか。明日のご飯もないし、これにしよう」


 少女はそんな辛い背景を感じさせない笑みを見せ、掲示板に書かれた十二桁の番号を口遊んで記憶した。忘れない内にと、エレアは急いでフロアの隅にある契約用のカウンターに向う。十のディスプレイが内蔵されたカウンターが、五×五。二百五十台のディスプレイの画面が光っているのは、何とも目に悪そうであった。その殆どに、むさ苦しいおっさんが座っているのも大きなマイナスだった。

 なるべく近くに人が座っていない席を探して、エレアは腰を下ろす。ディスプレイには特殊な加工がしてあって、横からが見ることが出来ないので、そんなことをする必要はないのだが、気持ちの問題であった。


「すいませーん。お仕事欲しいんですけど」


 声を小さくして、エレアはディスプレイに話しかける。エレアの頭がアレなわけでない。こう言った公共施設のディスプレイには、柔軟な対応が求められるので本物の人間の人格がダウンロードされているのだ。

 その呼びかけに、『はーい! 定職持たずのお嬢ちゃん! 私のことはソフィーって呼ぶように。それで、あんたの名前は?』ディスプレイは超高いテンションで答えた。

 第一声に、エレアが残念そうに呟く。「うわー、外れ引いた」どうりで、この席の周りに人がいないわけだ。対応が柔軟すぎる。


『外れってなんだよ、この無職! 私が仕事しないと、あんたの仕事もないんだぞ? 敬え!』

「エレア。ただのエレアで登録お願い」

『けっ、ナチュラルに無視しやがった! はいはい、エレアね、エレア。しょっぼい名前』

「マジウゼェー」


 無駄な会話をしている内に、ディスプレイにエレアの名前が浮き出る。口は悪いが、一応仕事はしてくれるらしい。


『はいはい、エレア。次はコードを教えな。エレアの安い命を賭ける安い戦場に招待してあげるからさ』

「あー、本格的に腹立つ」右手で金髪を混ぜながら、エレアはポツポツと数字を呟く。「……237458よ」

「全部『4』で良い?」

「言い訳ないでしょ。さっさと仕事しなさいよ」


 エレアが呟くまでもなく、ソフィーはディスプレイ惑星アタラの仕事の情報を表示する。どうやら、仕事と口の回りは一流らしい。


『ふーん。期間は一週間、惑星アタラクシアでの戦闘ね。武器は貸し出し有り。大気は調整されているってさ。それにアタラクシアのステーションへの移動費はあっち持ち、貧乏人には嬉しいわね』


 かいつまんで、ソフィーが仕事の説明をする。貧乏と言われると腹が立つが、実際に金もなく。好条件だから選んだわけであって、エレアはぐうの音も出ない。


「ねえ、ソフィー」

『何? 私とお喋りする暇があったら、契約注意事項でも読んだら?』

「あんなん、全部読んだら歳が変わっちゃうよ。同意でいいよ、同意で」エレアは適当に返事をして言いかけた言葉を発する。「あなたの給料ってどれくらい?」


 これ以上ない直球の質問に、ソフィーは『無礼な奴』と言って押し黙った。動かないディスプレイを見て、エレアは何故だか勝ち誇ったように笑う。失礼だとは思うが、それはお互い様なので問題はないだろう。


「どうせ一期一会。教えてよ。私を貧乏人だって言えるんだから、給料良いんでしょ?」


 もし本当に給料が良いのなら傭兵家業から鞍替えしようと思っていた。


『……私の場合は、これ自体が報酬みたいなもんだからねー』


 少しだけ間を置いて、エレアの質問にソフィーは渋々と答える。意外な答えに、「働くことが報酬?」 なんとも人を馬鹿にした話だと、エレアは苦笑する。


『違う違う。こうやって、物理的な個人を捨ててデータだけの存在になることが報酬なの』


 調子を取り戻したのが、ソフィーは軽い返事をする。肉体を必要としない、壱と零の世界でしか存在しない彼女には、一体エレアはどう見えるのであろうか?


『お腹も空かないし、身体も衰えないし、記憶も消えないし、死ぬ恐れもないし。こうやって、あんたみたいな低所得者相手に話をしているだけで、ずーっと生きていけるからね、人生楽勝過ぎて笑えてくるわ』

「生きている意味あるの?」

『さあ? でも無限に生きてれば、その内見つかるでしょ』


 何とも気の長い返事に、エレアは呆れるしかなかった。


「ねえ、ソフィー。あなた、そうなってからどれくらい経ったの?」

『質問ばかりね。そうね、もうかれこれ二千年はここで受け付けをやっているわ』

「言葉が出ねー」


 それから十分程の時間をかけて、エレアは新たな戦地への手続きを整えた。

 手続きが終われば、後は認識票ドッグタグを受け取って『十七番ゲート』に向えば良いらしいのだが、ソフィーに気に入られてしまったのが運の尽きだった。どうやら、ディスプレイ内の人間に話しかける人間は少ないらしく、もっと話をしたかったらしい。エレアだって、ディスプレイにあんなことを訊ねたのは初めてだったので、仕方がないと言えばないのだろうが。

 結局、次にゼノンに来た時に再開することを無理やり約束して、何とか認識票を吐き出させた。この時代に金属製の認識票で、チェーンで首にかける骨董品であった。普通は、身体にレーザーで焼き付けるんじゃあないだろうか。

 しかし、これから光の速さでも七百年かかる、遥か彼方の見知らぬ惑星での戦争に参加し、一月の生活費の為に命を賭けるエレアに取って、そのチケットの重みと冷たさは、少しありがたいものに思えた。




 十分ほど歩くと、エレアは目標の十七番ゲートの前に辿り着いた。

 『ゲート』と言う名前に反して、その移動装置は人間が一人は楽に入る筒状をしている。透明なガラスのような物体で作られたそれは、『ゲート』よりも床から生えた『試験管』に思える。何度見ても、気持ちのいいデザインではない。しかもそれが何百と言う単位で規則的に並んでいるのだから、何度見ても試験場のようで、生理的な嫌悪があった。

 それに、装置自身にも酷い嫌悪がある。宇宙中で利用されているこの惑星間移動装置ではあるが、エレアは未だにこの装置を使うことに抵抗があった。


「分解されるって、それはもう私、死んでるんじゃあないかな?」


 エレアは学がないので詳しくはわからないのだが、あの試験管のようなゲートに入ると、原子単位で身体の情報を解析され、分解されてしまうらしい。その際に、あらゆる情報(DNA情報や、肉体の持つ個人的情報、傷や病的欠陥、衣服の情報、埃一つですら)を完全にデータとして記憶して。それを電波として発信する。ここまでが、こちらの『ゲート』で行う作業である。飛ばした電波は光の速度で目標の惑星まで飛び、受信側『ゲート』がそれを受け取る。受け取った側は、そのデータに基づいて、原子情報を再構築する。再構築された身体は当然、送信側で分解された肉体ではない。犬やら人間やらの死体と言った、必要のない同重量の物質だ。ナノマシン(極々小さなサイズの機械。原子を掴むことによって、その配列を自在に並べることが出来る。自己増殖も可能で、放って置けば、一日もかかれば地球よりも多くなるとかならないとか)により、受信側のゲート内で元通りに作り直される。

 そうすることで、時間が何百年過ぎようと、殆ど一瞬の感覚で移動することが出来るのだ。もっとも、過ぎた時間は戻らないので、長距離の移動には気を付ける必要がある。一度他の星に行くと、帰って来るときには千年以上の時間が流れることなどざらだ。

 その時間的な問題を逆に利用して、なるべく遠くの惑星へ飛び、この超々格差社会が終わるのを待っている人間も多く、これもまた問題となっている。

 問題はあるものの、この技術の進歩によって、有機生命体でも馬鹿みたいに長い距離の移動が可能となったのだ。が、どう考えてもゲートを潜った自分と、ゲートから出た自分は明らかに別人な気がするとエレアは考えていた。

 勿論、記憶は微塵も変わらない。小さな頃に、右手の甲に入り込んだ鉛筆の芯すら入ったままだし、着ている服も皺一つの間違いもなく再現されている。

 そんなことを考えながら、エレアはゲートに右足から入る。

エレアが入ったことを確認すると、ゲートの扉は全自動で閉まり、上から桃色の液体が流される。その桃色な液体がゲートに満たされ、最後には口や鼻からエレアの身体の内部に入り込んでいく。

 入っている薬品のせいか、溺れる感覚を味合うよりも早く、エレアは気を失った。彼女の意識と身体は電波に乗って、七百光年離れた惑星アタラクシアへと向かった。




 七百光年と言う距離は、当たり前だが遠い。


「やっぱり、慣れないな。こんだけで七百年? も過ぎちゃうなんて」


 が、エレアの体感としては、あのゲートに入ってから精々一時間程度の時間が経過したに過ぎない。転送した先の惑星で新たに創られた肉体に不備がないかをゲートの中で簡単に確認して、エレアは疑問を呟く。

 もっとも、そんなことをどれだけ呟いても仕方がないので、エレアはゲートを右足から出る。本当にこれは、自分の右足なんだろうか? そんなことを考えながら。もうエレア既に数十回とこの転移を繰り返しているので、今更らと言えば今更ではあるが。

 このご時世に古臭いチェーン製の認識票が首にあるのを確認して、エレアは周囲を見渡す。基本的にどの星間移動局も似たような作りで、このアタラクシアの移動局もその例に漏れるようなことはなかった。

ただ、ゼノンと比べると幾分か人間が多い。どうやら、エレアと同じように戦争参加者がその殆どらしく、明らかに肉体に何らかの改造を施していそうな大柄な男や、屈強そうな造りの半機械人間等、珍しい所では『亜人体』と呼ばれる半獣半人までいた。亜人体は元々の種と言うわけではなく、遺伝子研究や、バイオ技術の発達によって造られた肉体であり、人間よりも強靱で、機械人間よりも手入れが楽なので、ダウンロード先として結構な人気があったりする。


「しかし、どいつもこいつも、『自分』をなんだろうと思っているんだろう?」


 人ごみを避け、移動局の出口を目指しながら、エレアは先程ゲートに入る際に考えていたことを思い返す。先程のソフィーではないが、簡単に機械や亜人の身体に鞍替えするなんて、エレアには信じられなかった。


「『自分』とはなんなんだろ?」


 ダウンロード、と呼ばれる理論がある。読んで字の通り、自分を違う肉体(母体と呼ばれることが多い)にダウンロードする理論だ。

 方法は簡単である。

 産まれた瞬間に、記憶用のナノマシンを体内に注入されるだけ。

 後は、ナノマシンが勝手に注入された人間の五感や発言や思考パターンを指定の『バンク』に送信。その情報は、慎重に厳重に管理され、一つの例外もなく保存される。

 そして対象が死ぬと、『バンク』から情報が引き出され、造られた新たな肉体にそれをダウンロードする。そうすることで、過去の情報を持った二まま、回目の人生を歩むことが出来るのだ。

造られた肉体と言うのは、有機物で出来たクローンであったり、無機物で出来たサイボーグであったり、受け付け用のディスプレイの中で有ったり、狼男みたいな亜人体であったるりする。

兎に角、生前とは別物の肉体だ。

 どうしようもないくらい、別人の肉体だ。

 『以前』の『自分』ではない、見たこともない、触れたこともない、試験管で造られた酷く冷たい肉体だ。

 それを、自分だと言い張るのが、『ダウンロード理論』。

 勿論、先ほどの星間移動の際にも、この理論は適応されている。

 エレアは記憶している限りで二十七回はダウンロードをしているが、記憶に矛盾はないし、劇的に趣味や嗜好が変わったと言う覚えもない。それに、恐らく毎分何百万人単位でダウンロードは銀河中でされているだろうし、この技術が開発されたのはもう七十万年程昔の話である。これだけ信頼と実績を兼ね備えた装置なのだ、疑う余地なくダウンロードとは、自分をダウンロードしているのであろう。


「あれ。ミス・エレアじゃあないか?」


 そんな世界の常識を疑い、眉間にシワを寄せて歩くエレアを見て、一人の男が声をかけた。エレアは足を止めて、声の方に首を曲げる。丁度、移動局の出口ロビーに入った所のことであった。白色を基調とした、地平線の向こうまで続くロビーでは、これから星間移動ゲートに向う沢山の人間がいたが、あっさりと声の持ち主は見つかった。


「そう言う君達は、ミスタ・ソクラだね」


 針金のような細身で、戦地には不釣り合いな真っ白いスーツを着た、色白の優男。目立つ格好に加え、同じ顔がエレアを囲むように三十七人。

 その特徴を持つ人間しか、その場にはいなかったのだから、特定は簡単だった。


「ああ、その通りだよ。久しぶりだね、ミス」


 その中の一人が、頭を下げてエレアに近づく。他の三十六人は不思議そうに首を捻るものが八割、残りの二割は嬉しそうな寂しそうな複雑な表情をしていた。

 彼らは、全員が同じ遺伝子配列や記憶人格を共有する『クローンズ』である。

 金銭に余裕のある人間は、自分を複数の母体にダウンロードしていることが多々ある。そうすることで、同じ時間に『自分』を数ヶ所に送り込むことが可能になるのだ。『他人』の主観を挟まない、『自分』の主観だけで、宇宙中を見て回れるこの方法は、それなりの人気を持っていた。


「久しぶりー。お元気でしたか? 何百年ぶりだろう?」


 何度かソクラ以外のクローンズも見たことがあるエレアではあったが、流石に三十七人と言う大人数を一度に見るのは初めてで、その表情には驚きの色が濃かった。


「まさかこのご時世に、二度もミスタに会えるなんて思ってもなかったよ」


 ハニカミながら、エレアは右の拳を左手で包んで、戦場流の礼をする。


「ええ、巡り合わせですね。嬉しい限りです。以前はありがとうございました」


 ソクラはネクタイを締め直すと、折り目正しくセールスマンのように頭を下げる。自分のズボンのポケットから、記憶から抹消された硬化を見つけたよう声と表情で、エレアとの再会を喜んでいた。

二人の出会いは、もう何年前だろうか?

 どこぞの紛争惑星で、ソクラに絡んでいた若い傭兵たちをエレアが撃ち殺し、彼を助けたのが出会いだった。その後、ソクラの申し込みで高級なレストランで食事を共にし、妙にウマが合ったので惑星滞在中の護衛を頼まれ、二週間ほど時間を共にした、そんな仲だ。


「いえいえ。って言うか、貴方が『あの時』のミスタ?」


 ダウンロードは理論上、全員が『ソクラ』であるから、この質問に意味はないのだが、エレアは何となく訊ねた。


「ええ。この中の何人かは、ミスに会った以降に造られたので、あの時の記憶を持っています。が、貴方に命を救われた『個体』は私です」


 そのエレアの質問に、ソクラは右手の甲に付いた傷を見せつける。いくら同一の遺伝情報を持つクローンと言え、外傷までは当然コピーされないので、傷は立派な自己証明となる。


「ゴメンね。パッと見じゃあ、誰が誰だかわかんないからさ。それにしても、同じ身体に二度も会えるなんて夢にも思わなかった」


 傷跡に覚えがあったのか、エレアは申し訳なさそうに頭を下げる。

 すると、ソクラは気分を害した風もなく「全員、私だよ。ミス」と笑った。

 その言葉に、エレアは奇妙そうな表情を作る。先ほどまで考えていたことが、不意に頭を過ったのだ。

 ずらりと並ぶのは三十七人のソクラ。そのソクラの『全部』が『同一』だなんて、エレアには全然信じることが出来なかった。

 いくらダウンロードで同じ記憶を、クローン技術で同じ肉体を、全員が共有しているとは言え、彼らは全く同一ではないのだ。

 先ほどの傷もそうだし、記憶だって、完全に同一ではない。あくまでダウンロードされた時点では同一だが、時間が経ち全員がバラバラに行動すれば、当然記憶には差が生まれる。星々で出会った人間が違えば、絶対に考え方は変わってしまう気がする。


「どうしました? ミス。御気分が悪いのですか? それとも、怪我でもなさいましたか? どうやら、まだ戦場を渡っておられるようですが……」

「うーん、そうじゃあないんだ。ちょっと聴きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「質問ですか。構いませんが、場所を変えましょうか? 私はこれからオリジナルアースに行くんですが、ご一緒しませんか? 代金はお出ししますよ。オリジナルアースの移動局の食堂で、ナノマシンではなく人が挽いたコーヒーを奢りましょう」


 基本的に、食事と言えば生ごみや死体をナノマシンで再構築したものが主流だ。味は同じで、料金も非常に安いのだが、精神的な問題で嫌う人間も多い。そう言った類の人間であるエレアには、非常に魅力的な申し出であった。が、エレアは首を横に振ってソクラの申し出を断る。


「ごめんね、馬鹿馬鹿しいとは言え、仕事があるからさ」


 その返答にソクラは少しだけ残念そうに肩を落としたが、すぐに立ち直ると、「質問とは?」と微笑した。


「ミスタ。貴方は、自分を自分だと証明できますか?」


 奇妙な質問に、三十七人のソクラは一斉に目を閉じて考える。

 そして、ソクラ達は一斉に目と口を開いた。


「一応、全員『ソクラ=プラトラリア』ですね。十四万七千年前、オリジナルアースで産まれた、『ソクラ=プラトラリア』の記憶を共有し、遺伝情報の殆どを彼に頼っています。故に、戸籍上は『ソクラ=プラトリア』でしょうね」


 『一応』『記憶共有』『遺伝情報』『戸籍上』単語の一つ一つを嫌に強調しながら、ソクラは、自分は『自分』だと説明した。

 その表情は幾分か堅く、周りに佇むソクラ達は全員が少しだけ不安な表情をしていた。


「ミスの言いたいことはわかりますよ。言葉には出来ないが、おおよそ。その不安もね。なんだったかな? オリジナルアースでは、宇宙開発が始まる七十万年以上昔前から、既にそう言った学問があったようだね。『自分』とは何かとか、『世界』とは何かとか。笑えるだろう? あんな小さな星で、高々百年も生きれない人間が、そんなことを考えていたなんて。もしかしたら、今でも続いているかもしれないね」 


「……宇宙に出る前から、そんなことを?」


 想像もつかない原始の時代。『オリジナルアース』の人間が、当時は地球と呼ばれた小さな惑星の地面に這いつくばっている時から、知的生命体は『自分』を知らなかったと言うのは、救いでもあり救われない話であった。


「その頃は、クローンもなかったんですよね?」


 自分が一人しか存在しえなかった太古で、どうしてそんな疑問にブチあったのか、エレアには想像もつかない。一体、オリジナルアース人はどれだけ暇だったのだろうか。それとも、現代人がどれだけ進歩をしていないのだろうか?


「勿論。ダウンロードもね。それでも、自分とは何かと言う問いはあったみたいだね」

「はー、勉強になります」


 金髪を撫でながら、エレアは眉根を寄せて呟く。銃のトリガーの引き方には及ばないが、有意義な話には思えた。この戦争が終わったら、そう言った書物を読むのも一興かもしれない。古い文字データならそれほど値も張らないだろう。


「それは良かった」ソクラはわざとらしく肩を落として、安心したとポーズを取る。「私も最近よく考えるんだ。『私達』はもう既に、違う『私』ではないかとね」

「大変ですね。お金持ちになれば、悩みなんかないと思っていたのに」


 エレアの口ぶりに、三十七人のソクラは一斉に笑い声をあげた。今まで空気を読んで黙っていただけに、四方八方から同じ声と笑いが鼓膜を震わすのには、エレアも驚いた。思わず、外套の下の銃に手が届きそうなほどに。打ち合わせを必要としない、息の揃い方は同一人物だからなせる技だろうか?


「クローンズだって、悩むよ。以前護衛をしてもらった時もそうだっただろう? 金儲に悩んで、君と一緒に二回も油臭い洞窟に入って、二回後悔していたじゃあないか」

「ああ、そうじゃなくて。『自分』がなんなのか? について悩むなんて予想外で」


 てっきり、常識的な技術や習慣にケチをつけるなんて、金がない人間の特権だとエレアは思っていた。『食う』『寝る』『殺す』しかやることのない、低所得者だから、世間にケチをつけるのだと勝手に納得していたが、どうもそうではないらしい。

 目の前の、最低でも三十七体のクローンズを持つ、比較的金持ちなソクラですら、『自分』なんて当たり前の存在に疑問を抱くなんて、少し滑稽だった。


「一番長い付き合いの友人のことを知るのは怖いんだよ」

「ミスタに取って、『自分』は『友達』なんだ。面白いね」

「そうですとも。自分とは友人であった方が楽なのでね。あくまで他人です」


 傷のあるソクラの言葉に、他のソクラは笑ったり、不思議そうな顔をしたり、その挙動は一致していなかった。

 もっとも。と、ソクラは少しだけ声のトーンを抑えた。


「その自分とも、もうすぐお別れなのですよ」


 ソクラは、全員揃ったタイミングで溜め息を吐いて見せた。


「これから、オリジナルアースで記憶の同期を行わないと駄目なんですよ」

「記憶の同期?」


 初めて聞く単語に、エレアは不思議そうに首を傾げる。

 ソクラはそれが楽しみであるように、エレアに同期の説明をした。

 記憶の同期とは、全員の記憶や人格を同一にすることを指す。

 エレアが先ほど想像したように、大量の母体にダウンロードをする場合、長期間離れ離れだと記憶や経験に差がついてしまう。その現象をなくすために、定期的にクローンを集めては、『バンク』の全ての記憶を上書き――同期をするのだ。そうすることで、全員の記憶が再び同一のモノとなる。


「それって、個々の差がなくなるってこと?」

「ええ。『私』に取って、個々の差は不純なのです」残念そうに、ソクラは首を振る。「しかし戸籍上はともかく、事実として私たちは別人だと、世間的には認められていると考えれば救いはありますよ。『私』は『私達』なのだとね。その事実が、『私』を『自分』と言う個だと証明してくれています」


 三十七人のソクラが自慢するように、誇るように、高らかに、祈るように謳った。彼らの合唱は、移動局のロビーに響いた。


「私も、そうだと思うよ。私が助けたミスタは、傷のあるミスタだと信じたいよ」


 エレアは心からその台詞が本当であれば良いと願う。

 願ったり、祈ったり。超科学の時代に、一体何に願って、何に祈ったのだろうか。


「そうですね。そうであって欲しいです。自分が、たった一人の絶対な物だと信じています」


 喋っている間、ソクラは右手の傷跡を、宝物のように何度も優しく撫でていた。それは彼だけが持つ、貴重な『個』であった。エレアの宇宙を切り取ったような瞳には、その動きを見て不安そうに輝きを鈍らせる。

 死ぬ恐れのない技術が、クローンやダウンロードのはずなのに、自分と言う考えがなくなると言う小さな『死』を恐れるなんて、可笑しかったがエレアは笑えなかった。


「実は少し同期が怖いのですよ。『私達』が『私』になるのがね」

「でも、ミスタは『私』が助けたミスタなんですよね? 例え、同期されたとしても」

「ええ。それだけは変わりません。これは、私だけの大切な持ち物です」


 これ見よがしに、周りのソクラに傷跡を見せつけるソクラ。他のソクラは全員、悔しそうに小言を言って、その後、全員で楽しそうに馬鹿笑いをした。

 恐怖を御明かすように、彼らは笑っていた。

 彼らは全員違うソクラでも、同じ悩みを持って、お互いを理解することが出来ていた。

 自分と分かり合える。なんと楽しそうな響きだろうか。エレアは少しだけ、自分同士で笑える彼らを羨ましいと思った。

 一抹の寂しさを覚えながら、エレアは再び礼を言うと、「では、私はこれにて失礼します」頭を下げる。


「これから、一仕事ありますので」

「そうですか。では、再開を祈って別れるとしましょう」


 傷のあるソクラが深々と頭を下げると、他のソクラが続いて頭を下げる。何人かは、「私にも傷をくれませんか?」と冗談を言って、再び周りに笑いを起こした。


 そうやって、一人と三十七人は笑顔で別れた。どちらも、互いに背を向けた後に振り返ることもなく、確固たる目的を持って前に進んでいった。

 エレアは他人を殺すために、ソクラは自分を殺すために。




 小奇麗な代わり映えのしない移動局を出ると、戦場らしい埃が舞う荒野が続いていた。基本的に、戦争は金持ち同士が行う暇潰しの側面が強い。資源となる惑星を賭けたゲームだ。大抵、集合場所がそのまま景品となるので、星は移動局だけ作ると後は手付かずであることが多い。


「長生きはするもんじゃあないね。友達が死ぬのを見ていることしかできないなんて」


 移動局を出た、エレアの第一声が、乾いた風に流されていく。

 ガラの悪い連中の間を縫って歩きながら、長い友人である銃の位置を確認するエレア。

 確認した理由は、自衛目的ではない。今からでも、ソクラのダウンロードを力ずくの無理矢理で止めようと考えていた。

 あんな自殺を、法的に認められた殺人を、赦せようか?

 そう考える自分が、少しだけ誇らしかった。

 なに、簡単だ。と頭の中で、傷のあるソクラを如何に拉致しようか考える。

 目を閉じて、先ほどの会話を思い出しながら、エレアは真剣だった。あの、寂しそうな瞳と横顔が忘れられなかった。

 自分でいられないくらいなら、死んだ方がマシだとあの表情は語っていた。

 冗談ではなく、エレアは傷のあるソクラを拉致しようと考えていたのだが、


「でも、『変わらない』って約束してくれたしね」


 銃から手を離して、エレアは髪の毛を掻き混ぜながらそれを諦めた。

 そして、数瞬前の自分を否定する。


「もっと長生きをしよう」


 微笑むエレアの歩幅は、少しずつ広く、早くなっていく。


「んで、傷のあるソクラとまた合って、今度は一緒に旅をしよう」


 うんうん。と頷きながら、エレアは指を折ってオリジナルアースに行くための費用を計算する。十四万七千年のダウンロードは、きっと万年単位で時間がかかるだろうから、金を貯める機会はいくらでもある筈だ。


「それまで、私は私でいよう。傷のあるソクラに誇れるように、私であろう」


 自分であり続ける方法は簡単だ、生きていればいい。

 這いつくばって、苦渋を味わって、痛みに顔を歪めて、安い賃金で人を殺して、嫌な事なんて何一つないとぼやけばいい。

 きっと金持ちになることも出来ないし、この時代が簡単に変わるとも楽観できないし、劇的に楽しいことが起こりうるはずもない。

 今まで千二百年生きて来たことの、焼き増しのような日常が続くだけ。

 延々と、終わらないままで繰り返すだけ。


「楽勝じゃん」エレアは力強く呟く。「苦しくて、這いつくばって、どうしようもなくて、でもって、最終的に酒場で肴にして笑い話にすれば良いんだもんね」


 飄々とエレアは人の隙間を抜けて行く。笑いながら、すべてを吹き飛ばすように進んでいく。


「ははは、ソフィー。私の勝ちだね。生きる意味、見つかっちゃた」


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