香りの誘惑
職員室に行くと、担任であろう先生が出迎えてくれた。
40代ぐらいだと思われる、よくいる普通の先生だ。
お金持ちばっかのセレブ校は先生もそんな感じなのかと思ってたけど、そうでもないらしい。
「ここが今日から紺屋くんの教室だよ」
先生が指し示す教室のプレートには1年桜組という表記がしてあった。
「クラスって1組とか2組とかではないんですね」
「この学校はクラスが各学年に4つあって、桃組、梅組、桜組、椿組の4つにわかれるんだよ」
「そうですか」
桜組…ね…
俺が護衛を任された佐倉家の娘も同じクラスのはずだ。
どうせ甘やかされて育った我儘娘なんだろうな…
正直会いたくねぇや…
「じゃあ先生が入ってと言ったら入ってきてね」
先生はそう言って教室に入った。
しばらくして「入って」という先生の声がきこえたので、俺は意を決して教室のドアを開けた。
みんなからの視線がすごい。
そりゃ、この中途半端な時期に転校、それもこのセレブ校にこんな一般庶民が入ってきたなんて驚きだろうな…
「じゃあ紺屋くん、挨拶して」
「えーこのたび親の都合でこの学校に通うことになりました。紺屋和月です。よろしくお願いします」
無難な挨拶を考えたんだけど、反応悪いな…
いや、ほんとの転校の理由とか言えないし。
「じゃあ紺屋くんはあの一番後ろの席に座ってくれるかな」
「はい」
席に座るとふわっと桜の香りがして、思わず辺りを見回す。
「あ…」
あの少女が斜め前の席に座っていた。
しばらく見ているとその少女がこちらをチラリと見た。
「!?」
目が合ってドキリとしてしまう。
その少女は目が合ってもそらさずに、こちらを見て少し微笑んで、それで前を向いた。
俺の心臓は取り憑かれたかのようにバクバクとなっておさまらなかった。
さらさらとした黒髪が風になびく。
そのたびに桜のいい香りがして思わず顔がにやけてしまった。
おかげ様で授業の内容なんて全く頭に入らなかった。