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家に行く車の中

 車の中。ぼくはじっとしていながら、心の中はすごく嬉しかった。病院から出るのが初めてだったから、すごくわくわくした。

 でも、わくわくした期待と同じくらい、もう一つの感情があった。

 不安。ニーナがいないこと、ここがどんなところか、分からないこと。

「あ、そういえば…訊きづらいんですが」

 ほかの事を考えよう、と思ったのと同時に、ぼくは大事なことを思い出した。すこし訊きづらいことなんだけど、一緒に暮らす(そうなるって、医師の人に言われたんだ)中では、これを知らなくてはいけないと思う。

「お二人の名前って…」

 車を運転していた男性のほうが、ハハハッ、と小さく声を上げて笑った。

「君は『ケイン』だよね。…僕は、ロイ。」

 ロイ。少し濃い金の短髪をした、若めの男性。

 続いて、助手席にいる女性のほうが、ぼくのほうを振り返って言う。

「私はクレアです。クレア、って呼び捨てにしてもいいですよ。」

 クレア。ぼくより明るい茶髪を三つ編みにした、ロイと同じくらいの女性。ふわりとした優しさがある。

 ロイさん、クレアさん。ぼくは口の中で、忘れないように二人の名前を復唱した。

「えっと…ぼくは、自分のこと名前ぐらいしか分からないんですが…知っていると思いますが、ぼくはケイン、っていいます。」

 二人にあわせ、ぼくも自己紹介をした。ケイン。本当は嫌だけど、他に何も…ない。だから仕方がないんだ。

 それと、そのとき、ロイさんが言いづらそうに、「本当に、申し訳ないのですが…」と前置きをしてから言った。

「先に言っておきます。君がこれから通う学校は、聖マース学院のような、大きな学校じゃない…です。」

 ぼくには、そんなことどうでもよかった。学校。授業を受けて、帰ったら復習をしたり、予習をするところ。行ったことはないようなものだけど、ぼくの中ではそういうイメージがある。

「ケインさん。」

 クレアさんが、ぼくのことを呼ぶ。何だか年上の人に『さん』ってつけられるのって、ちょっと変な感じがした。しかも、その年上の相手(クレアさん)は自分のことを「呼び捨てにしていいよ」って言うのに、だよ。

「えっと、ケインでいいです…」

 なぜかぼくは笑ってしまった。と、すぐ、ロイさんとクレアさんも笑った。ちょっと面白かった。

「あ、これから行くのは、私たちの家です。田舎のほうなので、不便かとは思うのですが、食べるとなれば苦労しませんよ。」

 クレアさんは話を戻し、「お部屋も用意しています。」と言葉を終わらせた。ぼくは頭を下げる。

 ぼくは今日から居候だ。この家に置いてもらう身なんだ。謙虚な態度でいなくては、と心の中で自分に言い聞かせる。

 そして、その間にも、どんどん赤い車は進むのだった。


 クレアさんとロイさんの家には、畑がたくさんあった。ロイさんが畑の中で、

「ここはもう、家の敷地内だよ。」

 って言った時は、本当に驚いた。だって、見渡す限り畑だよ。人が住むような家なんて、どこにも見当たらないんだよ。

「すごい…」

 ぼくは、窓の外に夢中になっていた。こんなに広い畑を持っている人がいるんだ…。

 青々とした野菜の葉が揺れる。なんだか気持ちが良かった。

 青い、大きい。美しい。

 ぼくはふと、ニーナのことを思い出した。優しい、友達だったニーナ。また会いたかった。手術は成功したのか、ニーナが元気になったのか知りたかった、でも、本当にあの後会うこともなかったし、手術の結果を知ることもなかった。

 会いたい…。

 ※ ※ ※


 ぼくはその畑の中に立っていた。病院から着てきたパジャマのまま。

「ケイン。」

 ニーナの声が聞こえる。大きな声で、ぼくを呼ぶ声。そういえばニーナは、大きな声で叫ぶことがなかった。そのせいか、ぼくの中にはニーナが元気になったような錯覚が生じた。

「ニーナ?」

 ニーナのほうを振り向く。そこではニーナが、ぼくに大きく手を振っていた。

「こっちにおいでよ。」

 ニーナはそう言い、ぼくがいる方とは逆のほうに走る。「ああ、待ってよ!」ぼくは思わずニーナのほうに走り出す。そのうち、どんどん先が明るくなってゆく。ぼくは疲れて転んでしまった。起き上がろうとする間にも、ニーナは走り続けて、とうとうぼくからは見えなくなってしまった。

『…来いよ。ニーナもあっちに行ったよ。』

 起き上がって、ぺたんと座ったぼくの肩をたたく者がいた。あの子だった。

『なあ。だから。』

 ぼくが独りになった時だけ、ぼくの近くに現れる、不思議な子。ここ三日会わなかったのに。ニーナみたいな金の軽いくせ毛をしていて、青い目の少年。彼はぼくの手をつかんだ。

 その手は冷たかった。

 ………やめて!!!

 声が出なかった。でもぼくは反射的に、力いっぱい腕を引っ張った。

 なんだか、怖かったんだ。

 ※ ※ ※

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