問題集とノート
「ニーナと…似てるね」
ぼくは思わず声に出した。この言葉通りのせいもあったのか、初めて姿を見た感じがしなかった。
『ああ、あの子かい?』
少年はクスッと笑った。
『あの子はね、僕のいとこなんだ。会ったことはないけど、話は聞いたことがあってね。…まさか本当にいたなんてね…』
この子もニーナの顔を見るのは初めてのようだ。ぼくだって、ニーナのことは、病院の中を探検するまで存在すら知らなかったのだ。
もしかして、ニーナって…。
ぼくはこの続きを頭に浮かべ、いや、そんなはずはない、と首を振った。
ニーナは、皆に忘れられた存在だ、ということを。
『あっ』少年は、入り口のドアから聞こえる、ノックの音に気がついた。しかし、ぼくの方を見て、悲しく微笑んだ。
『…ごめんな。僕は、今の君とはもう話せない。じゃあな。』
「待って、行かないで…」ぼくは少年に手を伸ばした。
しかし、その手は、少年の体を通り抜けてしまった。
そのまま、少年は姿を消してしまった。
「何があったんだ?なあ。」
この質問を、医師はさっきから何度も訊いてきた。ぼくは答えたくなくて、ただ黙っていた。
守れ。話すな。ぼくの中では、こんな気持ちがあった。何を?この、少年と会ったことを。
医師は準備を終え、今度はぼくに、違う質問をした。
「今日の体調に、かわったところはないですか?」
今日の体調は良かった。ぼくはそのことを正直に答えた。
「じゃあ、いいな。」
医師は何かメモをしてから、「じゃあな」と言い、ぼくと別れた。
ぼくは、どうせ暇なので、と思い、病室を出て歩き出す。
行き先は、何日か前に行った、『食堂』。
会うといつも声をかけてくれるおじさんと、今日も挨拶を交わして、食堂へ行った。
食堂は、お昼の時間帯なのに、がらんとしていた。病院では給食があるので、お昼を食べに行く必要が無いのだ。そもそもぼくは、それは目当てじゃない。まっすぐ本棚に急いだ。
本を読みたいのだ。小さな本棚だと言うのに、本の種類(というかジャンル)は沢山ある。文庫本、コミック、雑誌、エッセイ。ぼくはこの中から、興味を持った本を取り出した。
『humancat』という名前の本だった。
席に座って、読み出す。本と言うものは面白い。つまらなければ眠くなるし、面白ければ、本の中に入ったような感覚が生じる。この本は、後者のほうだった。要するに、面白かった。
で、どんどん読んでいるうちに、時間を忘れてしまったってこと。
そんな時、僕の肩を、誰かが叩く。ぽんぽん、と軽く。振り向くと、若い看護師だった。
「ねえ。お昼…だから、お部屋に戻って…くれないかな?」
むっ。
口調といい、表情といい、この人はぼくを子供扱いしている、と思った。何だよ。ぼくだって、そんなに子供じゃないぞ。しかし、こんなことに口をいちいち尖らせてもきりがないので、適当に言って、病室に戻った。
「ああ、すいません。」
部屋に帰ったら、既にぬるくなった食事が、ぼくを待っていた。
ぼくは何も考えずに食べた(「スープが美味しい」ってこと意外はね。冷めてもスープは美味しかったよ)。おなかがいっぱいになったら、なぜか眠くなる。食べ終わったら、眠気と格闘して、…今日は負けた。
吹雪の中。ぼくは歩くことも出来ず、倒れていた。
なのに、暖かい。白の世界の中、太陽の光も見えないのに。
夢にしては、はっきりした夢だった。
目が覚めると、もう夕方。ぼくはまだ寝ぼけている頭で、今の状況を考えながら、くるり、と部屋を見渡す。そんな中に、目を引くものが一つ。
ベッドの隣の机に置かれた、二冊の本。いや、と言うより、ノートみたいな感じ。
ぼくは期待に、眠気も忘れ、その二冊を手に取った。
ノートと、問題集だった。
ノートのほうをめくると、白。罫線がひいてある。問題集のほうは、数学、地理、歴史、理科…とにかく、課題と解き方、解説が載っていた。
やってみよう!と思ったぼくは、問題集を開き、まずは数学の問題を解くことにした。XとかYとか、方程式とか、そういうの。ノートに問題を写して、スタート。
ぼくが問題を解いていて、最初に思ったこと。
簡単だよ、これ。
シャープペンシルが引き出しに入っていたので、それを使って問題を解いていたんだけど、シャープペンシルが止まらない。あっという間に、一ページ終わり。
これが気持ちよくて、ぼくはずっと問題集の問題を解いていて、気がついたらかなりのページ数の問題を解いていた。そのまま、今日は沢山問題を解き、この時も、ぼくの楽しみの一つであることが分かった。