ニーナとの出会い
主人公「ぼく」は、記憶が無いのです。
でも、無いなりにがんばっています(自画自賛)。
ぼくが覚えてる中での、三日目のことだった。
その日、ぼくは朝九時くらいに起きた。すると、看護師がいたんだ。
「明日から検査があるので、八時には起きてください。」
そういうと、看護師は仕事に戻った。ぼくは、その後しばらくボーっとしていたけど、ベッドで大人しくしているのも嫌なので、この部屋(というより病室だよね)を出て、少し歩くことにした。早速、ベッドから立ち上がり、ドアに向かって歩く。
そして、ぼくは、ドアに手をかけて、開けた。引き戸なので、ガラガラガラ、と音を立てる。その音が少し楽しくて、出た後ぼくは、もう一度開けて、また閉めた。
そしてぼくは、この時は、ドアの隣の、『503 kein』という文字に気付いていなかったんだ。
ドアの先に行くのは、今日が初めてだ。ぼくはとても新鮮な気持ちだった。同じ病院の中なのに、空気が違う気がした。
ここは廊下のようだ。長くて、ぼくの病室のようなドアがいくつも並んでいる。
「こんにちは。」
おじさん、って言えばいいのかな。中年の男の人が、ぼくに声をかけてくれた。
「こんにちは。」ぼくはおじさんの真似をして返した。
「こんな子供が入るなんて、珍しいな。ニーナちゃんぐらいだぞ。」
おじさんはいった後、笑って、「丈夫にならなきゃ駄目だぞ。」と付け足した。
ニーナちゃん?
誰なんだろう?ぼくは気になった。
でも、ぼくはどう言っていいかわからず、ただ笑っているばかりだった。
おじさんと別れて、しばらく進むと、『ナースステーション』と書かれた札を見つける。なんだろう。ぼくは札の下の窓から、その『ナースステーション』をのぞく。
少し広い部屋の中に、看護師が何人かいた。三人ぐらいで楽しく喋っている者もいれば、一人で黙々と机に向かっているものもいた。
つまらないなあ、と思い、ぼくがナースステーションを離れようとした時だ。
「あら、ごめんね。」
扉から出てきた看護師と、ぼくがぶつかった。少し気まずかったので、ぼくは軽く頭を下げ、少し速歩きでその場を去った。
そして、曲がり角を二回ほど曲がった時だ。
『508 nina』
「ニーナ」の文字を見つけ、ぼくは思わず立ち止まった。
さっきのおじさんが言っていた、「ニーナ」って、この人のことかな?
入ってみたいな、とぼくは思った。もし、おじさんが言っていた「ニーナちゃん」なら、ぼくと同じ子供なんだ。
ぼくは、少し考えたけど、引き戸を開けた。入ってみない理由が無いし、あっても何のことだか分からないから。
そして、中にいたのは………。
中にいたのは、ぼくと同じくらいの、少女だった。
「こんにちは。」少女は微笑んだ。
少女は、軽い癖っ毛で、ウェーブした髪だった。肌は白く、その目は、青……
……友達。
何でだろう。ぼくと少女は、友達。そんな気がした。なぜか、気持ちが落ち着く。心地がいい。
「あなたは、この前、救急車で来たの?名前は?」
ぼくは頷くことも、首を振ることもできなかった。この中での記憶しか、僕の中はないからだ。名前も……分からない。
「私はニーナ。…良かったら、外のこと、教えてくれないかなあ?」
ぼくが答えられないのを察してか、少女…ニーナは次の質問をした。でも、ぼくは困ってしまった。外のこと。全く、覚えていない。ぼくだって言葉は話せるけど、それ以外、何も思い出せない。
「…ごめんね。覚えていないんだ。」
ぼくは言いづらかったけど、言った。言いづらいこの気持ちに気付いてくれたのか、ニーナは、にっこりと笑った。
「…いいの。病院の人とか、患者さんは、外のこと、教えてくれるけど、教えられないって人もいたもの。」
ニーナは、ぼくの部屋には無い、花の入った籠を見つめてから、話の続きを話した。
「私ね、ずっと前から、ここにいるの。」
ニーナのその顔は、悲しそうだった。
ぼくは、友達になりたいのに、何で、こんなことしか言えないんだろう。
ニーナの事は、ぼくの頭の中で、ぐるぐると回っていた。だから、今日の回診のときも、何をしていたのか、ぼんやりとしか覚えていない。
ニーナを悲しませてしまった、ぼく。ぼくは、その代わりになることを、ニーナにしてあげたかった。
ニーナちゃんが出てきました。
「ぼく」は、ケインという名前だったんですね。でも、「ぼく」は、そのことに気がついていません。どうなるのでしょう。