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紅音  作者:
第零章 地霊狩り
2/2

銀色の髪の少女

「おう、何を隠そう、私が桐野だぜ!」


快活な声で、にっかりと笑う桐野紅音。

その笑顔を見ても、瑠璃の不安は拭えなかった。

「お前、は……『地霊狩り』……!邪魔、する、な……」

瑠璃に対しては「見つけた」としか言っていなかった野球部の彼が、今度はより憎しみのこもった声を茜へと放ち、じりじりと彼女に近寄り出したからである。手にはやはり、しっかりと金属バットを握りしめてある。

茜は瑠璃に向けていた笑みを消し、彼を鋭い視線で貫いた。

「邪魔はおめーだ、とっととそいつから離れな」

「そいつ」というのは瑠璃のことを指している……というわけではないようだった。

そのことを、彼の発した言葉から察知した。

「黙れ……やっと、手に入れた身体だ……お前に……『地霊狩り』に邪魔されて……なるものか……!」

(手に入れた……身体……?)

文字通りその言葉を受け取ると、野球部の彼は、今、彼ではない誰かに意識をのっとられている、ということになる。

にわかには信じがたい話だ。

それでも。


屋上での、彼の突然の豹変。

呪いのような、不気味な声。

血のような、紅色の瞳。

そして、何かを知っているであろうクラスメイトの登場。


……これが夢じゃないとしたら、全て現実。

受け入れるしかないようだった。

ふいに紅音が、彼……ではなく、彼の意識をのっとった“何者か”に、笑みを向ける。

けれどその笑みは、瑠璃に向けていたものとは違って、どこまでも相手に対する敵意に満ちていて……

「……言ってろ。どうせすぐ消えるんだからな、お前は」

声はどこまでも低く、威圧するような雰囲気を惜しみなく出していた。

そして言葉を紡ぎ終わると同時に、茜は“何者か”と同じような構えの姿勢を取る。

静かに目を閉じる茜。

すると……

「わっ……!」

茜の構えた手を中心に、まばゆい光が放たれた。

「くっ……!」

あまりのまぶしさに、瑠璃も“何者か”も、目を細める。

やがて光がやみ、目を開けると……

いつのまにか茜の手には、一振りの日本刀のようなものが握られていた。

「ようなもの」と表現したのは、普通の日本刀とは異なる部分があったからだ。

磨き抜かれた銀の刀身は日本刀そのものだが、普通なら金を使って装飾しているはずの柄の部分は、黒に近い灰色の、鉄のみでできていた。

しかし、だからこそ……飾らない真の強さだけが、刀全体から感じられる。

あまりこういうものに詳しくない瑠璃でもそう思うのだから、よほど優れたものなのだろう。

何より、少し前まで憎しみに彩られていた“何者か”の声が、刀を見た瞬間、ただの恐れに代わっていた。

「な……!その、武器は、まさか……!まさかお前は、“霧染”の……!」

「黙りな!」

一瞬。

本当に、一瞬だった。

茜が、刀の柄を握ったまま、屋上の入口から一っ跳びし、あっという間に“何者か”の目の前までたどり着く。

「……っ」

そして“何者か”が驚きの声を上げる前に……

一閃。

横に刀身を構え直し、“何者か”に乗っ取られた彼の胴体を、切り裂いていた。

「え!?」

突然のことで瑠璃は顔が真っ青になったが、彼の身体は切られたのにもかかわらず、血が出ないどころか、服すら破れていない。

ただ……その場に崩れ落ち、握りしめていたバットを落としただけだった。

「おっと……!」

しかも茜は、先ほどとは打って変わり、階段から落ちそうになる彼の身体を、優しく受け止めていた。

「ふー……危なかったぜ」

気付けば、さっきまで持っていた日本刀が無くなっている。どこにもない。

ふと、茜の瞳が、彼の制服のポケットからはみ出ている紙切れを捉える。

「ん~?なんだこりゃ?プラネタリウム……十二月一日、特別展開催……十七時から……。今日は一日で……十七時って、放課後?」

ぶつぶつと呟いたかと思うと、何故か彼がしまっていたチケット、そして瑠璃を交互に見つめ……

「ははーん。そういうことかあ。いや~青い春だぜー」

ニヤニヤと笑い出した。

(な……なんなんだろう、一体?まあ、いいか、今は。わたしには、他に山ほど気になることがあるし……)

「あ、あの……桐野、さん?助けてくれたことには、本当に感謝してるんだけど……。さっきまでのことは一体なんだったの?あと……彼は、もう大丈夫なの?」

「ん?あ……ああああああああああ!?」

瑠璃が問いかけると、茜は謎の紙切れと、彼の身体をパッと手から放した。

ゴンッと音を立て、彼の顔面が、階段の角に当たる。

(い……痛そう……)

意識はまだ戻っていないため、彼が痛みを感じていないのが幸いだった。

「ええええっとと!こ、これはだなあ、その!」

タタタッと茜が、座り込んだままの瑠璃のもとに駆け寄り、あたふたと弁明しようとする。

けれども、彼女が何を弁明しようとしているのか分からないままの瑠璃は、きょとんとするしかなかった。

それを見てとってか、茜はこまったように頭をかき始める。

「えっとー……だな……」

かと思うと、今度は勢いよく瑠璃の名前を呼んだ。

「神崎さん!」

「は、はい!」

つられて瑠璃も、ビシッとした返事をしてしまう。

「今見たことは、誰にも言わないでくれ!さっきまで見てたのは、全部夢だったんだとでも思ってくれ!」

「え……ええ!?」

さすがに、そんなこと急に言われても納得できない。

(こんな、わけの分からないまま終わるなんて……)

「野球部のあいつがもう元に戻ってることは、絶対に確実だ!それだけは命かけてもいい!だから……頼む、お願いだ!」

「う……」

しかし茜が、あまりにも必死にお願いするのを見て、

「わ……分かった……」

そう答えるしか、なかった。

「あ……!ありがとうな!」

心の底から嬉しそうな茜の笑顔を見ると、ますます何も言えなくなってしまう。

「……」

困ったように眉を下げていると、茜が今までとは違う、カラッとした声色で訊いてきた。

「そういや神崎さんってさ……プラネタリウムとか、興味あるか?」

「へ?う、うん、まあ、普通に……きれいだし、面白いとは思うけど……」

「そうか……そりゃあ、せっかくのチャンスだったのにな。くじけちゃいかんぞ、少年よ……」

「……?」

瑠璃ではなく、階段に伏したままの彼に、哀れみの顔を向けている。

その意味は、鈍感な瑠璃には分からないまま……茜は、立ち上がった。

「じゃーな、神崎さん!足、くじいてるんだろ?保健の先生呼んでおくからしばらくそこで待っててくれ。あいつのことも、頼んどくから」

ピッと彼を指さした後、その手をパーの形にし、ひらひらと瑠璃に向けて振った。

「んじゃ、また明日教室で!」

「は……はい……」

唖然としたまま、瑠璃は茜を見送ることになったのだった。



保健の先生が巻いてくれたしっぷのおかげで、なんとか徒歩での帰宅ができている瑠璃は、すごく微妙な心持のままだった。

時間が経てば経つほど、あの出来事が夢だったのではないかと思えてくる。

保健室で目を覚ました彼も、瑠璃と屋上で会ってからのことを覚えていないようだった。

保健室の時計が十八時を指しているのを見て、何故か彼が絶望的な顔になっているのが気になったが……。

「はあ……」

疲れと混沌から、ため息が漏れる。

(誰かに話そうにも、信じてくれなさそうな話だし……。というか、話さないでって、桐野さんに言われてるんだけど……)

それに……。


(少なくとも家には、話を聞いてくれる人なんて、いないから)


「……」

なんとなく憂鬱な気分になってしまう。

それを振り払うように、瑠璃は茜について思考を巡らせた。

瑠璃のあの、日本刀のような武器。

あの武器に関して、瑠璃は思い当たる節があった。あのときは何が何だか分からなく、(今もだけど)全く気付いていなかったことだ。


(もしかすると……桐野さんの正体は……)


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