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 ぼやける視界に、見たことのない豪奢な天蓋が目に入る。

 ここ、どこなんだろう。

 幾重にも重ねられた薄い生地で周囲と隔絶され、ここがどこなのか全くわからない。

 まさか夢の国?

 その割には、やけにはっきりと喉が焼け付く感じが残っている。

 喉以外には辛いと感じるところが無いので、体をゆっくりと起こして周囲をもう一度ぐるりと見回してみる。

 ベッドのギリギリのところまで天蓋で覆われているので、外の様子はわからない。わかったのは、外に人の気配がすることだけ。

 誰かいるみたい。

 手を伸ばして天蓋の布を引っ張り、誰かを呼ぼうと思ったけれど、声が擦れて音にならない。

 酷い風邪を引いて声が出なくなった時のように、どんなに声を出そうとしてもざらりとした空気が漏れるだけでそれ以上の変化はない。

 とりあえず布団から出て、周りに誰かいないか探して、喉の調子がおかしいことを伝えなきゃ。

 こんなんじゃ、礼拝の時に困るもの。

 足を床に下ろして立ち上がり、天蓋をすっと引くと、一斉に声が掛けられる。

「巫女様」

「巫女」

 真っ先に駆け寄ってきたのは神官長様だった。

「もうちょっと休んでいたほうがいいわ。ね。無理をなさらないで」

 意外なほど強い力でぐっと肩を押されて、ベッドに座らされる。

「そうじゃそうじゃ。今は無理をなさらないのが宜しかろう」

 長老が神官長様の言葉を後押しし、うんうんと頷く。

 そういえば二人がこうやって並んでいるのを見たのって、初めてかもしれない。

 どうしても長老というと前の神官長様付きの神官というイメージが強いし、今まで一緒にいるのも見たことが無かったから。

 長老はとても穏やかな瞳で神官長様を見返す。

 その瞳は慈悲に満ちている。

 私のことを見る目とは、ちょっと違う気がする。

 それよりも一体ここはどこなんだろう。

 聞こうにも声が出ないので、どう尋ねたらいいのかわからない。

 少し考えてから、自分の喉を指差す。

 喉を幾度か叩くと、首を傾げるようにして神官長様が眉をひそめる。

 もう一度喉を指で叩き、もう片方の手の指と合わせて×(バツ)印を作る。

 それで伝わったのかはわからないけれど、はっと息を呑むような顔を長老がする。

 すぐに長老が振り返る。

「助手」

 切迫した様子で長老が助手を呼ぶと、助手が早足で長老の傍に駆け寄り、すっとベッドサイドに跪く。

「巫女様。いかがなさいましたか」

 畏まった様子で助手が顔を上げ問いかける。

 でも、その問いかけに返答をする事が出来ない。

 さっきしたのと同じようにジェスチャーをして、実際に声を出そうとしてみる。

「ご……え」

 声と言ったつもりが喉にひっかかって全然違った音になり、助手の顔が一気に青褪める。

「それ以上ご無理をなさいませんよう。自分に全てお任せくださいませ」

 そう言うと助手が頭を下げ、さっと立ち上がって部屋を出て行く。

 出て行く直前に助手がシレルに何か声を掛け、シレルが頷くのが見えた。

 シレルも助手同様に部屋から出、その姿を消す。

 その方角には神官長様付きの神官と、円卓の間で会う神官たちが立っていた。

 血の気のない表情で立ち尽くしている傭兵と目が合うと、傭兵は土下座をし床に頭を擦り付ける。

「申し訳ありません。全て私の力不足のせいです」

 傭兵は何度も何度も「申し訳ありません」と繰り返す。

 何故傭兵がそんなことをするのかもわからず、そんなこと辞めて欲しいと言おうにも声も出ず、どうしたらいいのかわからなくて長老の方を見る。

「立て。そなたのせいではない」

 長老が穏やかに、諭すように傭兵に語りかける。

 しかし傭兵は頭を上げようとはしない。

「あなたのせいではないでしょう。わたくしにも原因の一端はありますわ。あまりそのように自分を責めなくて良いかと思いますわ。立ちなさい」

 神官長様が表情を曇らせ、長老と同じように傭兵に立ち上がるように促す。

 それでも傭兵は頑なに顔を上げようとはしない。

 ベッドから立ち上がり、制止する二人の間を抜けて傭兵の目の前にしゃがみ込む。

 傭兵が驚いたような顔でこちらを見上げるので、ゆっくりと顔を左右に振る。

 あなたが悪いわけじゃないと伝える為に。

 一体何があったのかはわからないけれど、でもそれは傭兵のせいで起こってしまった事ではないみたいだし。

 床についたままの傭兵の手を握り、その手を握ったまま立つように促す。

 顔を真っ赤に染めて戸惑うような瞳を返してくる傭兵に、微笑み返す。

 何が起こったのかはわからないけれど、それでも仮に傭兵がこの喉の異変に絡んでいたのだとしても、こんな風な謝罪はして欲しくないから。

 傭兵が立ち上がって熊の隣に立つのを見ると、視線をベッドサイドの二人に戻す。

 長老も神官長様も苦笑いを浮かべてこちらを見ている。

「無理をするなとあなたに言っても無理をするのでしょうね。こちらに座りなさいな」

 言われて促された扉の向こう側には、よく見知った神官長様の自室のソファがある。

 今いるのは、神官長様の寝室だったのね。

 やっと自分のいる場所を把握する。

 ということは、神官長様の部屋で倒れて寝室に運ばれて目が覚めたってことでいいのよね。

 その手が誘うままに、どのくらい前なのかわからないけれど座っていたソファに腰掛ける。

 部屋を移動すると、神官たちも部屋を移動する。

 傭兵も熊もカカシも神官長様付きの神官も、皆神妙な顔をしている。

 それにしても、一体何があったんだろう。

 ソファに座って辺りを見回しているとシレルが部屋に入ってきて、水差しとノートとペンをテーブルに置く。

「よろしければこちらをお使い下さい」

 短い言葉に頷いて返す。

 喉がいがいがして嫌な感じがするので、水を一杯飲んでからノートに文字を書く。

『何があったんですか』

 それだけ書いて神官長様に見せると、神官長様は表情を曇らせる。

 しばらくの間をおいてから、ふうっと溜息をつき、神官長様が言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。

「毒を、盛られました」

 毒?

「わたくしの目の前で、わたくしの管理が行き届いていなかったばかりに、巫女を危険に晒してしまいました。ごめんなさいね」

 深く頭を下げる神官長様にびっくりして、ぶんぶんと首を横に振る。

 やめてくださいと言いたくても言葉が出ないので、神官長様の手を取ってその顔を上げてもらう。

 苦渋に満ちた表情で、今にも涙が瞳から零れ落ちそう。

「全てわたくしの醜い心が原因です。決してあなたを害したいなどと思っておりませんでしたのよ。でもこれも言い訳にすぎませんわね」

 神官長様がおっしゃろうとしている事の意味がわからなくて、視界の中に長老を探す。

 長老は他の神官たちと一緒に壁際に立っていたけれど、視線が合うと一礼してこちらに歩いてくる。

「神官長様。今はそのお話はなさらんでもよろしいかと。巫女様が回復してからゆっくりと話し合いましょうぞ」

 跪いて神官長様の顔を覗く長老の表情は、いたって穏やかなものだった。

 安心感を覚えるような優しい声で、神官長様の強張っていた表情も少し緩む。

「けれど、わたくしが」

「それ以上言いますな。後はわしのほうで処理致します故、お気になさいますな」

 遮るように言うと、長老はこちらを振り返る。

「巫女様、体の中の毒が消えるまで、暫くはまた静養していただきますぞ。よろしいかな」

 柔らかだけれど有無を言わせぬ口調に、こくりと頷き返す。

 それにしても一体誰がどうして毒なんか。

 そのせいで声が出なくなっているのよね、きっと。

 神官長様も傭兵も自分のせいだと言って責めるけれど、実際には何が起こったんだろう。

『一体何があったんですか』

 素早くペンを走らせて、長老に見せる。

 長老は顔色を曇らせ、そして神官長様に問いかけるような顔をする。

 神官長様は長老に向かって頷き、長老はふーっと溜息をつく。

「巫女様がお茶を飲まれたカップに毒が塗られておったんじゃ」

 同じものを口にしても、神官長様には害がないように。私だけを殺そうとしたんだ。

 急に体にぞくっと寒気が走った。

 今までどこか他人事のようなというか、ぼーっとした感じがして、毒がどうこうというのも心に響かないというか「ああ、毒ね」くらいにしか思っていなかった。

 なのに、長老の言葉に急に現実感が迫ってきたというか、明確な殺意のようなものを感じて、薄ら寒くなってくる。

 寒くもないのに、体がぶるっと震える。

 思わず両手で自分の体をぎゅっと抱きしめる。

「長老。その話はまた後日でもよろしいのでは」

 お盆に明らかにまずそうな液体の入ったカップを載せた助手が、背後から口を挟む。

 助手がソファの横に跪いてカップを手渡してくれる。

「解毒剤です。お飲み下さい」

 まずそうだけれど、そんなことは言っていられない。

 カタカタと震える手でカップを受け取り、一気に口の中に流し込む。

 やっぱり美味しくない。苦い。

 眉をひそめつつも飲み干すと、満足したような顔で助手が微笑む。

「すぐに良くなりますよ」

 そう言いつつ、助手が水の入ったコップを差し出してくれる。やっぱりあまり美味しくないという認識はあるのね。

 冷たい水を口に含ませて飲むと、口の中の嫌な苦味が少し和らぐ。

「失礼ながら申し上げます。今は巫女様の回復が一番かと思いますので、事情の説明は後日のほうが宜しいかと思われます」

 助手が神官長様と長老に向かって宣言して、それから小声で「もう大丈夫ですよ」と囁く。

 体の芯から湧き上がってくる震えは、どうしても止められない。

 ちらりとこちらを見てから神官長様が立ち上がる。

「そうね。巫女が回復したらゆっくりこの事は話しましょう」

 神官長様の視線が壁際の神官たちに向けられる。

「巫女の事を頼みますよ」

「かしこまりました」

 重なる声と、衣が動く音がする。

 いくつかの足音がせわしなく動き出し、部屋の中に慌しさが広がっていく。

 ふっと視線を感じて顔を上げると、神官長様と目が合う。

「ゆっくりお休みなさい。何も心配する事はないわ」

 優しく微笑む神官長様に頷き返す。

 こんな風に笑うのを見たのは、すごく久しぶりな気がする。一体いつ以来なんだろう。

 巫女になってから見ていなかったような気がする。

 その笑顔にふっと心が軽くなって、神官長様に笑みを返した。



 自室で毒からの回復を待っている間に、神官たちが色々な事を教えてくれた。

 今回の事の顛末を。

 まず、神官長様の部屋で飲んだお茶を入れたカップに毒が塗られていた事。

 それを塗ったのは神官長様付きの女官である事。

 また前日に出されたお茶にも毒が入っていて、それは私付きの女官がやったこと。

 その時には神官たちの間で犯人が掴めず、まさか犯人が複数いるとは思わず、翌日の凶行を見逃してしまったということ。

「申し訳ありませんでした」

 体を直角に折り曲げ、傭兵が付け加えた。

「いや。犯人が神官だろうとミスリードしたのは私です。申し訳ありませんでした」

 熊が傭兵の隣で、同じように頭を下げた。

 更にその横にカカシがやってきて、右に倣えで頭を下げる。

「それを言うなら俺もです。すみませんでした」

 皆が一列に並んで頭を下げるので、困ってしまって一人ずつ手を取って顔を上げてもらった。

 神官たちを責める気持ちは全く無かった。

 色々手を尽くしてくれていたのだろうと思うし、実際に私の知らないところで色々と根回しをしたりしてくれていたらしい。

 私が口にするものは全て事前に毒見をしてくれていたというし、口に入れるものは神官たち以外は出さないようにするように女官にも通達していたらしい。

 だからこそ前日にお茶が何者か(女官だったんだけれど)に出されていた時に、助手は怪しいと思って回収したみたい。

 で、案の定毒が入っていて、私の預かり知らぬところで騒動があったみたい。

 わかりやすすぎる手口に、罠なのかそれとも全く別の意図があって行った事なのか、それでかなり揉めたみたい。

 でも結局は神官長様の部屋で毒を口にする事になってしまって、そこまで手回しをしていなかった事に後悔をしたと聞いた。

 犯人は女官三人と、新人神官一人。そして医者が一人。

 だからあながち神官が絡んでいるという推理は、あながち間違ってもいなかったみたい。

 けれど思っていたよりも小物だったと長老が言っていた。

 その犯人がどうなったのかを聞いたけれど、長老は苦笑いを浮かべただけで教えてはくれなかった。

 そして犯行に及んだ理由も、誰も教えてはくれなかった。


 一月が過ぎ、声がそれなりに出るようになった頃、神官長様付きの神官が部屋にやってきた。

「巫女様。お時間よろしいでしょうか」

 シレルは事前に知っていたのか、顔色一つ変えず遣り取りを口を挟まずに見ている。

「はい。大丈夫ですけれど」

 少し声が掠れるので、軽く咳払いをする。

「では申し訳ございませんが、お付き合いいただけますでしょうか」

「はい」

 どこかへと誘う神官の後に続くと、シレルも無言で着いてくる。

 いくつもの角を曲がり、隠し扉のようになっている扉をくぐり、見知った扉の前に辿り着く。

「ここは」

 円卓の間。

 どうして、ここに。

「中で神官長様がお待ちです。どうぞ」

 神官がゆっくりと扉を開くと、中にはいつもの神官たちと、長老の隣の席に神官長様が座っている。

 扉の中に足を踏み入れると、背後でぎーっと音を立てながら扉が閉められる。

 シレルと神官長様付きの神官が、扉の前に二人立っている。

 促されて自分が普段座る席に着くと、神官長様が微笑みかけてくる。

「ここが一番いいかと思いましたの。皆と対等に話が出来ますから」

 皆というのは、ここにいる神官たちのことよね。

 一体どうしてこんな事になっているんだろう。

 それに何を話そうというのだろう。

「皆から事の顛末は聞きましたね」

 事の顛末というのは、この間の事件の事だろうか。

「はい」

 短く返事をすると、神官長様は優雅な動作で頭を下げる。

「あなたにもう一度謝りたかったの。ごめんなさい、わたくしのせいで」

 咄嗟に言葉が出てこない。

 この人が私に頭を下げるなんて有り得ないし、それにどうしてそんなことをするのか意味がわからない。

 息を呑んで、目の前の光景を瞳に映すしか出来ない。

 さらっと衣が揺れて、神官長様が顔を上げる。

「わたくしの醜い心が、このような事態を招く事になってしまいました。あなたを守るべき立場にいるわたくしが、あなたを間接的に害する事になってしまって、水竜様にも本当に申し訳なく思っていますのよ」

 黒幕は神官長様って事? 国王じゃなくて?

 それならどうしてみんな平然とここに座っているの。

 どうして誰もこの状況を止めようとしないの。

 頭の中が混乱していくのがわかる。

 その時はぼーっとしていたから殺されかけたって言う事がよくわかっていなかったけれど、一月の間、口に何かを入れるのが怖かった部分もないわけではないし、体にも未だに後遺症が残っている。

 その元凶が神官長様だというの。

 この人が何かを企んだから、私は奥殿への整備を投げ出してベッドに縛りつけられなきゃいけないの。

 レツに会えないの、全部この人のせいなの?

 じわじわと、体の底のほうから怒りのようなものが湧き上がってくる。

 全部、この人のせい?

「どうして」

 震える声で、それだけ辛うじて口にする事が出来た。

「わたくしはね、決してあなたを軽んじていたつもりではなかったの。でも神官にも女官にも、あなたを軽視する人たちが生まれてしまった。そしてそこに目をつけられてしまったのでしょうね」

 苦笑いを浮かべて話す神官長様から目を離せない。

 これから話すことを、一言一句聞き逃してなるものかと思った。

 だってこの人のせいで。

「叶うならもう一度巫女になりたいと思っている事は罪かしら? あなたはどう思うかしら、巫女」

 ドキン。

 その言葉に、胸が大きな音を立てる。

 私が巫女で無くなった時、きっとそう思うに違いない。

 今でさえ、早くレツを取り戻したいと強く願うのだから。

 そしてそのことが原因で私を排除したいと思ったのなら、それは責められないかもしれない。

 だって、今、私は神官長様が願うのと同じように強くレツを取り戻したいと願っているのだもの。

「いいえ」

 神官長様の言葉に同意すると、神官長様は溜息交じりの笑みを浮かべる。

「そうよね。きっと誰もがそう思うのよね。けれど、わたくしはその想いが強すぎたのかもしれませんわ。そしてその気持ちに正直すぎたのでしょうね」

 伝えようとする事、いわんとすることがわからなくて首を傾げる。

 つまり、もう一度巫女になりたいから毒殺しようと画策したということなのだろうか。

 でも間接的にと言っていたから、きっと神官長様が今回の計画の主犯というわけではないんだろう。神官たちも黙って話しを聞いているんだし。

 沸騰しかけている頭を整理する為に、一度大きく深呼吸する。

 頭の中がクリアにはならなかったけれど、どこか感情的になってしまいそうな部分を押さえ込めたような気はする。

「わたくしはもう一度巫女になりたかったから神官長になったの。もう一度あの方の声を聴きたかったから」

 巫女になりたかったから神官長になった。

 そのことの意味がわからなくて視線を泳がせると、長老と目が合う。

「僭越ながら、後はわしが説明致しましょう。神官長様のお気持ちは巫女様にも伝わったと思いますぞ」

 長老の言葉に神官長様が笑みを浮かべ、目を伏せて小さく頭を下げる。

 とても穏やかな表情に、どこか今までとは違う神官長様と接しているのではないかとすら思えてくる。

 この人に、一体何が起こったんだろう。

 上品さと柔和さを兼ね備えた笑みは、今までよりも親しみやすさすら感じる。

 今まで、氷のように冷たい人だという印象を抱いていたのに、小さな所作一つとっても以前とは違う。

「水竜の神殿とは、巫女様と水竜様の為だけに存在するもの。それは以前お教え致しましたな」

 長老が教師の口調になって話し出す。

「巫女が何らかの要因により任期中に空位となってしまった場合、神官長が巫女の代理を務める事になっております。これは一部の神官しか知らないことなんじゃが、今回その事実が漏れてしまっての」

 その説明を聞いて、さっきの神官長様が言っていた言葉の意味を理解できた。

 そうか。だからこそ余計に私のことが目障りだったのね。

 だって私がいなくなれば、もう一度巫女になれたんだもの。

「神官長様をもう一度巫女にと願った者がおっての。実行犯は女官で、毒を用意したのは医師だったんじゃが、何人かの神官がこの件には関わっておる」

 意外に小物と評された神官だけじゃなかったってことね。

 それが誰なのかは敢えて問いただそうとも思わない。きっと名前を言われても、それが誰なのかわかるはずもないもの。

「神殿内でクーデターを起こそうとしていたようじゃな。まあ上手く王宮サイドに焚き付けられたという側面は無くはないが」

 ああ。そういうことだったのね。

 ウィズの手紙の内容とやっと符合する。

 そっか。こういう計画があった事を知っていたからこそ、そのことを伝えようとしていたのね。

 全部、ウィズは知っていたのかしら。この事を。

「祭宮様は……」

 そこまで口に出してから、ふっと視線が神官長様と合う。

 小首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる神官長様から視線を逸らし、長老に問いかける。

「この事をご存知だったという事ですね」

「そうじゃろうな。外部の方が予見していて、わしらが掴めんとは。何とも情けない話じゃ」

 苦虫をつぶしたような顔で、長老が吐き捨てる。

「でも、もうこれで神殿内の危機は去ったわけですから」

 フォローするように告げると、長老がふうっと溜息をつく。

 深い皺を刻んだままの長老の視線が傭兵へと向けられる。

「ただ外の情勢は刻々と悪化してきております。大祭まであと二月ちょっとですが、無事に大祭を迎えられるかどうか」

 不穏な言いように、不安が心をよぎる。

「どういうことですか」

 傭兵は横に座っている片目に視線を投げ、二人で何やら目線で会話している。

「国軍が抑えておりますが、暴動が起こるのも時間の問題かと」

 結局傭兵が口を開き、片目は横で頷いている。

「どういうことですの。そんな話、わたくしは初耳ですわ」

「その話をする為にも、ここを選んだのじゃ。どこに内偵者が潜んでいるかわからんからのう」

 傭兵と片目、そして長老が中心となって、外の情勢が伝えられていく。

 住まいを失ったものが奇跡を求めて神殿へとやってきている。

 暖かくなりその数はうなぎのぼりになり、些細な小競り合いも絶えない。

 皆、戦や天変地異に心も体も疲弊しきっているが故に、瑣末な出来事が大きな暴動に発展しかねない。

 中には扇動している者もいるので、押さえ込むのにかなり苦労している。


 そんな話を聞きながら、ふとレツのことに思いを馳せる。

 レツは今の情勢をどう思っているのだろう。

 私には、どんな事があったとしても、レツがこの状況を自ら望んで引き寄せたとは思えない。

 ううん。思いたくなかった。

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