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 午前中の作業も終わり、昼食をとって一段落していたところに円卓の間へどうぞと声を掛けられる。

 シレルに誰が来ているのか聞こうかとも思ったけれど、扉を開ければその答えはわかるし、あえて聞かないで部屋を出る。

 ウィズの手紙の内容が真実なら、この神殿の中に内通者? 裏切り者? がいることになる。

 足元を掬われるなってどういうことなんだろう。

 もしかしたら、私がレツの声が聴こえないことが漏れているのかな。そう考えるとぞっとする。

 疑いだしたらきりがない。

 誰かを無条件に信じるって難しい。

 シレルと長老は信じるって決めたけれど、出来たら他の神官たちも疑いたくない。

 今まで色々力になってくれていたのに。


 トントン。

 シレルが軽く扉を叩く音に、意識が現実に戻される。

 この扉の向こうにいない人は敵かもしれない。

 ドキドキと心臓が音を立て、嫌な汗でじっとりと手が濡れている。

 返答は無く、シレルがゆっくりと扉を開け、部屋の中へといざなわれる。

 扉の中には長老だけが座っている。

 やっぱり、みんな信じるに値しないってことなの?

「早かったのう。一番のりじゃな」

 にっこりと笑みを浮かべる長老に頭を下げて、定位置に座る。

「一番乗りって後は誰が来るんですか?」

「巫女様は誰に来て欲しいと思っているんじゃ?」

 質問には答えてくれず、逆に質問し返される。

 誰に来て欲しいかって。

「全員です。私は疑いたくありません。信じたいです」

「そうか。巫女様は真っ直ぐなお方じゃのう」

 ふふふと笑い、長老はテーブルの上で手を組む。

「皆、喜びましょう」

 その言葉を合図にしたかのように、次々と部屋の中に神官たちが姿を現し、久しぶりにこの部屋の中に秘密を共有する神官たちが全員揃う。

 良かった。

 私がみんなを信じてもいいんだ。疑わなくていいんだ。

 全員が揃ったところで、長老が首を傾げる。

「どうなさいました、巫女様」

 怪訝な顔をしてこちらを覗き込む。

「いえ。全員揃って良かったなと思っていたんです。あの、だって……」

「フォフォフォ」

 豪快に長老が笑い出す。

 え、何かおかしなことを言ったかしら。

「ここにいる誰かが、あの方が示すような人物なら、もうとっくに神殿は潰れていますぞ」

「え」

「わしはこの参加者を選んだ時、将来神殿の中枢を担うものたちを選んだつもりじゃ。全員そのつもりで育ててきておる。もしこの中の誰かが王家の手先なら、わしの見る目は最悪ということじゃな」

 笑い飛ばした長老は、ゆったりと微笑む。

「ご安心を。決して御身に危険が及ぶような輩は、こちらにはおりませんぞ」

「では誰が」

 その問いに答えたのは傭兵で、長老は笑みをすっと顔から消す。

「それは調査中です。早急に見つけたいと思っております」

 淡々と答え、傭兵は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 なんだろう。何かまだ言いたいことがあるんだろうか。

 追求してみようかどうしようか悩んでいると、片目が口を開く。

「まあ、大分色々暗躍しているようですよ。国中で」

 曖昧な表現がつかみどころがない。

 そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、長老が説明を求める。

「とりあえず、今の情勢を解説しましょう。国が酷い状態になっていることは皆さんも何となくご存知かと思いますので、省きます」

 どう酷い状態になっているんだろう。後でシレルに聞いてみよう。

 そんな話、全然聞いてないよ。

 ママは、村は、みんなは大丈夫なのかな。

「派閥を大きく分けると、国王派、皇太弟派、中立派に分けることが出来ます」

「皇太弟って誰ですか?」

 唐突過ぎる話し出しに、片目以外の全員が一瞬あっけに取られていると、眉をひそめ熊が聞き返す。

「元々は世継ぎ争いなんでしょうけれどね。現国王には弟が二人いて三兄弟なんですけれど、その三人がそれぞれ派閥を構成しています。真ん中の男子が軍の全権を握る大将軍と呼ばれる人物で、皇太弟です」

 カカシは手許の書類に、片目の話を書き綴っている。

「末の弟が祭宮で中立派。互いに腹の探りあいをしている最中ですが、皇太弟は戦闘中の怪我により寝込んでいます」

「それがどうして巫女様と関係があるんだ」

 結論を急ぐように、傭兵が問いかける。

「三人とも水竜様の後ろ盾が欲しいんですよ。自分が正統であるという。それと出来る事なら神殿を手中に収めてしまいたいと考えているようですよ」

 ふーむと唸って、傭兵は腕組みをする。

 前にレツが言っていた事と同じことかな。なんとなく符合する気がするし。

 でもそれは王家側の問題であって、こっちには関係ないことだったはずなのに、何で神殿までも巻き込まれようとしているんだろう。

 そんなに地盤が揺らいでいるのかな、あの国王の。

 でもあのギトギト国王なんて嫌いだから、失脚しちゃえばいいのに。

「先の大祭の時の無礼やら何やらでも神殿は揺るぎませんでしたし、国王への後ろ盾なんて何もしてやってませんから、焦っているんでしょうね。何がなんでも神殿を味方にしたいようで」

 そういえば、即位前からやたらレツ曰く『お墨付き』を欲しがっていたもんね。

 即位式に神官長様を出席させたいって言ってきたり。

「しかし、巫女様のお命を狙う方法まで取るとは思っていませんでしたがね」

 え。まだそういうこと画策しているの、あのギトギト野郎。

 懲りないなあ。

 それにどうやってこの神殿の中に手を伸ばすつもりなんだろう。

「しかし祭宮が手を出したということは、祭宮は中立派と見せかけた国王派と見て良さそうですね」

 ウィズが手を出した。

 水竜の神殿に対して、ウィズが何か手出ししてきたってことなんだろうか。

 それがこの間神官長様がお怒りになられた原因なのかな。

 ダメだ、何の話をしているのかさっぱりわからない。

 片目は自分で知っている事やわかっていることを口にしているだけで、その説明は一切していない。

 裏づけだとか、根拠だとか。実際に何が起こったのかとか。

 だから何のことなのか全然わからない。

「祭宮様の件は、お命を狙ったというものではないと思いますが」

 シレルがよく通る声で話す。

 ん? 現在進行形の話じゃないのかな。シレルの口ぶりからすると。

 もしかして片目は、私が倒れた日の事を言っているのかな。今何かを画策しているとかってことじゃなくて。

「そうか? 俺にはあれは命を狙ったとしか思えないな。たまたま奇跡が起こっただけにすぎない」

 片目は見えている右の目でシレルを睨むように見る。

「誰もがあのような事が出来るわけではないでしょう。巫女様は奇跡をおこせる人物であったのです。その様な言い方は巫女様に対し失礼です」

 助手が険しい顔で片目を叱責する。

「しかし、己の保身だか使命だか責任だかと巫女様のお命を天秤にかけ、お命よりも祭宮としての何かを重要視したわけだろう。明確な殺意があったわけではないが、巫女様がお亡くなりになられても構わないと思っていたのではないか」

 言い捨てるような片目の言葉が胸に突き刺さる。

 私の命よりも、『祭宮』を選んだ。

 他の人からはそんな風に見えるんだろうか。

「でも、祭宮様は謝って下さいましたし、決して意図的に命を狙ったわけではないとおっしゃっていました」

 そうじゃないって否定したくて口を開くと、片目がまるで哀れむようにこちらを見る。

「巫女様」

 何でそんな目をするの。

 私が何かおかしなことを言っているからなの。

「殺意がありましたなんて、本人を前に言えるわけがないでしょう」

 溜息交じりに片目が言う。

 傭兵が片目を睨みつけるけれど、片目はどこ吹く風で気にも留めていない。

「でも、祭宮様は……」

「巫女様は刃物を突きつけられた訳でも、首を絞められたわけでもないですから、殺されかけたという意識が乏しいようですね」

 横から口を挟もうとした傭兵に黙っていろと小声で言って、片目は更に言葉を続ける。

「どういう意図があったかなどというのは関係ありません。事実として、巫女様は祭宮に死の淵に追いやられようとしたんです。それをお忘れなきよう」

 ぐっと言葉に詰まる。

 確かに、片目の言うとおりだ。でも。

「でも、祭宮様はもうそんな事しません。神官長様の前でもそのようにおっしゃっていました。」

 必死になりすぎているかもしれないとも思う。でも、謝ってくれたもの。もうしないって。

「あんな茶番を信じられているとは。何故そのように祭宮を庇うのです。あれは私共よりも信頼に足る人物ですか? 私にはそのようには思えませんが。どうして巫女様はそのように祭宮を信頼されるのですか」

 どうしてって言われても。

 咄嗟に明確な理由なんて出てこない。

「私が巫女になるかどうか悩んでいた時に、色々アドバイスして下さいました。私が今、巫女としてここにいるのは祭宮様のお力添えがあったからこそ」

「そんなの、祭宮としてごくごく当たり前のことをしただけでしょうが」

 吐き捨てるように片目が言う。

 その目はまるでさげすむようで、片目と目を合わせているのが辛くなる。

「言いすぎだ。巫女様に失礼であろう」

 傭兵が片目に言い、片目は肩をすくめて黙り込む。

 どんな意図があったとしても、殺されかけたのは事実。

 そんな片目の言葉が、私の中の何かを揺らし始める。

「畏れながら、自分も片目の意見に賛成です」

 追い討ちをかけるように助手が口を開く。

「紙片にどんな意味が籠められようとも、健康体であった巫女様を生活に支障が残るような状態にしたのは、ほかならぬ祭宮様です。信用すべきではないと思います」

 あの手紙の事を、助手は紙片と切って捨てる。

 意味の無い紙切れでしかないというように。

 思わずテーブルの下で、もう一つの手紙の入った袂の握り締める。

 どんな意味があってあんな事したんだろう。

 一度は無くなったウィズへの疑念が、むくむくと大きくなっていく。

 何でわざわざあんな紙を渡したんだろう。

 神官長様がおっしゃっていた策略って何のことなんだろう。

 こうやって私たちが揺れているのも、もしかしたらウィズの計算のうちなのかしら。

 私は、ウィズを信じない方がいいのかなあ。

「個人的な意見ですが」

 手許から顔を上げて、カカシが小さく手を上げて発言する。

「恐らく祭宮は巫女様の件に関しては負い目を感じている部分が有るのではないかと思います。故に、今回このような手段で我々に注意を喚起したのではないかと思います」

「ふむ。で、そなたはどのように思っているんじゃ」

 長老が更にカカシに発言を促す。

「利用すべきかと思います。王家側の情報を得るにあたっては、これ以上ない情報源であると思います」

「こんなあからさまな罠に引っかかるというのか」

 カカシに軽蔑するかのような視線を向け、片目は吐き捨てる。

「いいか、あれは前の祭宮とは違い直系王族で、今でも官僚も軍も動かすだけの影響力だってある。そんな立場にある人間が、贖罪なんて考えるわけがない」

「どうでしょう。わたしは祭宮様は本気で後悔をなさったように見えましたが」

「何を根拠に。俺は祭宮の行動は怪しんでしかるべき罠だと思うが」

「それはあなたの持っている情報と照らし合わせた上での判断でしょうか」

「ああ。そうだ。事実、軍の一部が水竜の神殿に進軍してきているのは間違いない。これは妄想なんかじゃない。揺るぎようのない、今まさに起こっている危機だ」

 カカシはペンを置き、片目と相対する。

「その根拠は。軍の目的地が水竜の神殿であるという根拠は。あなたはその根拠たる情報を持ち帰ったのですか」

「根拠だと。何故お前にはわからない。王家にとって神殿が鬱陶しい存在であるのは、神殿開闢の頃から一切変わっていないだろう」

「そんな感情論なんか必要ねえんだよ。今聞いてんのは、あんたが何をもって進軍先が神殿であると確信したかってことだろ。答えられねえのかよ。使えねえ情報屋だな、あんた」

 あ、カカシのガラが悪くなった。

 思わずポカンと口を開けて様子を見ていると、コホンという咳払いが横から聞こえる。

「いい加減にせんか。巫女様の御前でみっともない」

 我に返ったような顔で、ほぼ向かいの席に座っていたカカシが頭を下げる。

 続けて片目が憮然とした表情で頭を下げる。

「確かに少々わかりにくいのう。このもうろくジジイにも良くわかるように噛み砕いて説明してくれんかのう」


 その後の片目の説明は明快だった。最初からそうやって説明してくれれば良かったのに。

 まず、今回の戦争の発端は王家の相続争いであったと言う事。

 皇太子であった今の国王が玉座についたものの後ろ盾が弱く、玉座が二人の弟によって脅かされていると考えていた。

 そのため、抜本的解決として領土拡張により、臣民の支持を得ようとした。

 しかし戦争は失敗に終わり、国王の評価は急落。

 一説には、国王が大将軍である自分の弟を暗殺しようとし、軍の忠誠が下がり、戦争にも影響したのではないかと言われている。

 国王は自分の権力をより強固にするため、大将軍は己の正当性を主張するために、水竜の神殿を後見とするべく動いている。

 水竜の神殿を内部から崩壊させる為の内偵者も多く暗躍しており、既に神殿の中に入り込んでいると思われる。

 その数がどれほどのものなのかは不明であり、またその者が誰なのかも今現在わかっていない。

 神殿外では戦乱と天変地異の影響が色濃く、人々は飢えに悩まされている。

 このまま暖かくなれば、疫病が発生する事も考えられる。

 軍の一部は国民の救済の為に、国内に展開を始めており、主に天変地異の被災地での活動をしている。

「神殿の辺りは、天変地異の影響も少なく、また戦乱による被害も一切出ていません」

 片目がふうっと大きく息を吐く。

「それなのに、軍がこちらの地方を目指して進軍しています。何らかの目的があると邪推されても致し方のない行動だと思います」

 片目が言い切ると、部屋の中はしーんと静まり返る。

 誰もが口を開かずに、考え込んでしまう。

 何の為に、水竜の神殿に向かって進軍しているんだろう。

 理由が何であれ、早急に対応を検討する必要が有る事は間違いない。

「その件は神官長様にご報告したのか」

「戻った翌日には致しました」

 長老の言葉に片目が即答する。

 ああ、だからウィズが来た時にあんな言い方したんだわ、神官長様。

 あんなにも敵意むき出しっていう感じの神官長様を見たのは初めてだったし、理由も無くあんな風な言い方をするわけがない。

 でも裏にそういうことがあったのなら、ウィズというか王家側が何かを企んでいると邪推するのも無理は無いと思う。

「しかし、進行方向に関しては正確な目的地がわからないんだな」

 傭兵がしかめっ面で片目に問いかける。いつもよりも眉間の皺が深くなっている。

「それに関しては残念ながら。現在も内偵を進めています。それより、問題はこの軍を動かしているのが誰なのかが不明ということです」

「なんじゃ、それは」

 呆れた声で長老が問い返す。

 カカシが声を出さずに「使えねえ」と呟くのが視界に入る。

「それに関しても内偵を進めていますが、大将軍は重症で床に伏せている。国王は後宮から出てこない。このどちらが軍を動かしたのかがわからないのです」

「まあ、普通に考えたら国王でしょうね」

 助手が言うと、片目が頷く。

「そう簡単な情勢にはなっていないようですよ。王宮内は。私の掴んでいる情報からすると、国王だと思うのですが」

「正確な情報源を明らかにしない限り、信憑性がありませんが」

 カカシが冷淡な口調で片目に言うと、片目はあからさまにむっとした表情を浮かべる。

「大将軍は意識不明の状態から回復したばかりで、軍の実権を掌握していたとしても、現状では指示を出す事すら不可能に近いからだ」

 吐き捨てるように言う片目を、まあまあと長老がなだめる。

「しかし早急に軍への対応が出来る準備をすべきではある。傭兵、全て任せてよいか」

「畏まりました」

 長老の言葉に、傭兵が深く頭を下げる。


「そういえば、手紙に使われた本がどの本かはわかったか」

 手紙、と長老は言う。

 助手みたいに紙片なんて言い方をしないのが、ほんの少し嬉しくてほっとする。

「あれが何かの本の一ページというのは間違いないですね」

 即答したのはカカシで、熊もうんうんと頷いている。

「根拠は」

 腹立たしげに片目が言い放つが、カカシは相手にしない。

 手許の書類の束をペラペラと捲り、ペンで何かを書き込んでいる。

 この二人、仲悪いのかな。誰も気にしている様子はないけれど、何だか落ち着かないよ。

「メッセージの書いてあった面から読み取れるのは『儀式を』という文言と『で』『夏』『第』という単語です。裏面は白紙でした」

 カカシの代わりに答えたのは熊だけれども、熊も正確に片目の問いには答えていない。

「で、今その手紙は誰が持っているんじゃ」

「わたしです。長老」

 手を上げてシレルが答える。

「既に分析は終わったと熊とカカシから聞いておりますので、巫女様にお返ししようと思っておりました」

「そうか。ではそれを今見せて貰えるかな」

 シレルが立ち上がり、長老にウィズからの手紙を渡す。

 何度も裏返したり、蝋燭の火にすかしてみたりしている。

「特別な紙を使っているものでもなさそうじゃし、これといった特徴もないのう」

 長老はその手紙を傭兵に回す。

 傭兵も穴が開くんじゃないかってくらい見つめていて、それから助手に渡す。

 机の周りをぐるりと一周してから、ウィズの手紙が手許に戻ってくる。

 ちゃんと見比べた事は無かったけれど、これはもしかしたらもう一通の手紙と二つで対になっているメッセージがあるとかなのかな。

 でもあれを見せるのはちょっと気が引けるというか。

 また片目に色々言われそうだし、誰にも言わずに心の中に留めておきたい。

 手許に戻ってきた手紙をひっくり返したり、何度も食い入るようにみてみたけれど、確かに特別な紙を使っているようでもないし、特に古ぼけていたりするわけでもない。

「何の紙なんでしょうね」

「書類の端に走り書き程度に書いて破ったのかもしれないですね」

 口をついて出てきた問いに、熊がいつものニコニコとした笑顔で答える。

 きゅっと笑顔が引き締まって、その後に険しい顔で熊が付け加える。

「もしもそれが神殿関係のものだとしたら、間違いなく教本の1ページですけれどね」

 教本の?

 ウィズの手許になんで水竜の神殿の教本なんかがあるの?

 あ、そっか。ウィズは祭宮だから、持っていてもおかしくはないのかな。

「これを教本の1ページとする根拠はなんじゃ」

「ページ番号です。神殿の書物は教本を除いては全てページ番号が記されていません。教本だけは神官教育で使う関係上、わかりやすく説明する為にページ番号が振られています」

 熊ではなくカカシが答え、カカシはまた手許の書類にペンを走らせる。

「該当のページ数の記載内容と、祭宮からの書簡の内容を照らし合わせたところ一致いたしました」

 更に追い討ちをかけるように熊が付け加える。

「なぜ先にそれを言わん」

 長老がいぶかしむ様な顔で熊とカカシを見る。

 熊もカカシも黙ったままで、口を開こうとしない。

 なんだろう。何か理由があったんじゃないのかな。どうして何も言わないの。

 何も言わない二人に溜息をつき、長老が諦め顔でこちらを見る。

「申し訳ありませんのう。巫女様。こやつら何か言いたくないことがあるようでのう」

「いいえ。色々調べて貰っているだけで助かっていますから」

 実際に自分ひとりでは何も解決出来ていないだろうし、もしこうやって一緒に考えてくれる人たちがいなかったら、疑心暗鬼の迷路に迷い込んでしまったと思う。

 それにもしかしたら全部は話したくない、もしくは私に話してもわからないような事なのかもしれないし。

「貴女のそのぽやんとした所が魅力だと言う者もいますが、安易に人を信じない方がよろしいのでは。もしかしたら内通者はこの中にいるのかもしれませんよ」

 あからさまに二人が怪しいと匂わせる片目の発言に、熊とカカシが立ち上がり掴みかかろうとする。

 それを傭兵と助手とシレルが止め、長老は頭を抱え込む。

「巫女様はお前たち全員を信頼しているとおっしゃって下さっているのに。なんと情けない」


 ウィズの投げ込んだ小石は、大きく波紋を広げ始めていた。

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