ヒマワリと太陽
ヒマワリは太陽の動きを追って首を動かす。
だから夏の日差しの下に咲く鮮やかなヒマワリたちは、みな一様に同じ方向を向く。
そういう風に例えると、ボクはヒマワリで、彼女は太陽だった。
始めに、この話は「結局ボクには恋愛なんて早すぎた」なんていうろくでもない結論で話を閉じる。それでもよかったら最後まで読んでやってほしい。
彼女はいつでも明るくかっこよく、それでいてかわいく優しい人で、大学生になった今でも、我ながら高根の花に恋したものだと思う。
とある飲み会の席で、中学時代の友人にいわれたことがある。
「そういえばお前、すごくかわいい子と付き合ってたよな」
その時初めて、周囲のみんなも彼女のことを高根の花として認知していたことを知った。
さて、そんなボクと彼女との出会いから話そうか。
ボクと彼女との出会いは小学5年生の時のこと。
ボクは田舎からの転校生で、彼女は転校した先のクラスメートだった。
彼女は気の強い女の子で、ボクは気が弱く、泣き虫な男の子だったため、よく泣かされていた。
しかし、泣く側、泣かされる側にあったボクたちは、なぜか不思議とうまが合うところがあり、よく一緒に遊んだり、一緒に帰ったりしていた。ただし、ほとんどの場合友人と一緒。二人きりなんてシーンはほとんどなかった。
そんなふうに一緒に過ごすうちに、ボクは不思議と彼女のほうを向くようになり、いつの間にか彼女は太陽、ボクはヒマワリという構図が完成した。
思えばしっかりと恋心を認識したのはあれが初めてだったと思う。
そして、太陽を向くヒマワリの習性のせいで、ボクの好意は仲間にはだだもれであり、よく「お前○○が好きなんだろう」といわれてからかわれた。
思えばあの頃からボクの好意は彼女に駄々漏れだったのではないか?そんな気がしてならない。
さて、ボクはその思いを持ったまま大きくなり、彼女とともにそのまま地元の公立中学校へと進学した。
小学校まで、私と彼女のクラスは変わることなく一緒だった。
それが中学に入ってみるとボクは6組、彼女は1組とてんで別々のクラスに配属されることになった。
ボクはテニス部に入り、彼女は美術部に入った。
彼女が美術部に入った理由は「幽霊部員をしていても怒られないから」とのことだった。
彼女は小学校時代からダンスをやっており、それを本気でやるために、部活は適当に休めるものにしたかったらしい。
さて、クラスが分かれると、太陽のほうを向こうにも、太陽がどちらにいるのかわからない。
そして、向く向きが定まらなくなったヒマワリは周りにとって面白みのないものになった。そのため「ボクの思いを寄せる人疑惑」は維持されず、次第に彼女との噂は消えていった。
しかしながら、噂が消えても彼女への思いというのは消えてなくならなかった。
むしろ会うことがない分だけ気持ちが強くなった。
「太陽が恋しい…」そんなヒマワリのように、彼女に対する思いは強くなっていくのだった。
しかし、思いに反して、彼女との溝は深まっていくばかりである。
どんどんと彼女とボクの接点はなくなっていき、彼女と廊下ですれ違っても、ボクが一方的にドキドキするという不毛な関係になり下がった。
ただし、転機はその名の通りたまにその辺に転がっていたりする。
その日ボクはグランド周りを走っていた。
ボクは体力に自信はなく、その日も汗を流しながらの必死のランニングだった。
その時前から彼女が歩いてきた。ダンスの教室に向かうのだろう。
さて、前から思い人が来てしまった。かっこつけのボクは涼しい顔をして走り抜けるよう努力した。しかしながら、その日のボクにはどこにも余裕がなく、それはそれはしんどそうな顔で彼女の脇を通り抜けた。
そして通り抜ける間際、ボクは確かに聞いたのである。
小さな声で「…頑張れ」と。
ボクは一瞬信じられなかったが、恥ずかしくて振り返ることができなかった。
それと同時に、ボクは心の中で小躍りを踊っているのだった。
何かきっかけがあると、なぜか進むのが男女の仲だと思う。
何か作為があるのではないかと思うほど、彼女と私の接点は急激に増えていった。
生徒会で一緒になってみたり、共通の友人を挟んで一緒に帰ることになってみたり。
彼女は小学校のころと変わらずに明るくて、でも以前より大人っぽさを加えて、より強い輝きをもった太陽になっていた。
もう気持ちの否定も何もあったものではない。
これを恋と呼ばずして何を恋と呼ぶ。
ある日のこと、生徒会ののち、例によって共通の友人たちと下校することになった。
しかし、その日は何やら普段と雰囲気が違っており、一緒に帰る約束をしていた友人のうち、女の子1人が何やらソワソワしているのであった。
袖をひかれる。ひかれた先を見てみると彼女が何やら目配せをしている。
ボクは彼女の視線にどぎまぎしながらも察する。
…ああ、そういうことか。
ボクが彼女にうなづく。すると彼女が高らかに宣誓する。
「私たちちょっと用事があって二人で帰るから、有くんたちも二人で帰ってね」
こうして彼女はいつもの笑顔でソワソワする女の子と、びっくりした顔の男の子二人を送り出した。
振り返ってみるとソワソワしている人数がさっきよりも一人増えている。
なんだかうらやましかった。
さてさて、図らずも彼女の一計によりボクらは二人きりで帰ることになってしまった。
ボクはドキドキバクバク、心臓発作で死にそうである。
彼女はというと、いつもの笑顔で余裕そう。
…ああ、ボクが一方的に意識してるんですね。
なんだか悲しくなってくる。
当たり障りのない彼女との会話。小学校以来の二人っきりの帰り道。
そして、彼女の家が近づき、彼女が「それじゃあね」と言って別れようとしたその時、
「…あのさ!!」
奥手なはずのボクが彼女を呼び止めてしまった。
そう、きっとこの時、普段のボクなら彼女を呼び止めるなんてできなかった。
でも、ボクらが二人きりにして送り出した友人二人へのうらやましさと、なぜかこの時思い出してしまった、小さな「…頑張れ」の声が彼女を呼び止めてしまったのだった。
そして、息も絶え絶えに言葉を絞り出す。
ああどうとでもなれ!!
「あの、ずっと前から好きだった…んだよ」
どんどんと弱まっていく語尾。
…ああ情けない。
彼女は一瞬キョトンとした表情。
そして、いつもの明るい笑顔に少しの赤みをたして、
「それは、冗談とかじゃなくて?」
と聞き返してくる。
「…冗談でそんなこと言えると思いますか?」
なぜかボクは敬語である。もう頼むから早く結論をくれ!!
彼女は相変わらずの笑顔のままで言った。
「私も○○のこと好き…かも」
そんな風に照れたように言うのである。
ボクは恐らくこの日のやり取りを一生忘れない。
帰り道のボクは小躍りどころか大踊りである。
むしろ「告白成功しました!!」と絶叫したいぐらいの浮かれっぷりである。
しかし、気がついてはいたんだ。
「付き合うって何をすればいいんだ?」
さて、恋愛経験のないボクは悩んだ。
そして、悩んでいるうちに目ざとい女子に感づかれ、一瞬で彼女とボクが付き合っているという噂が広まった。
もう困ったもんである。ボクは根っからの奥手、シャイな人間だったので、周りが騒げば騒ぐほど縮こまっていく。
そんなボクに対して彼女は積極的にアプローチをかけてくれた。
一緒に帰ろうとさそってくれたり、自宅に電話をかけてきてくれたり。
そんな一つ一つに喜びながらも恥ずかしく思っていたボクは自分から何もできずにいた。
今思うと「彼女とボクは付き合っている」という既成事実を完成させることで、ボクはある意味満足していたのだ。はっきりいって最悪である。
思えばボクは愚かだった。
ボクはヒマワリ、彼女は太陽、そんな関係がよかったと思い始めていたのだ。
ボクはヒマワリで彼女が太陽なのだから、隣に立ったらヒマワリは暑さで枯れてしまうとかそんな言い訳を心の中でしはじめていたのだ。
その時のボクは馬鹿なので気付いていなかったのだ。
彼女はボクのことを好きだと言ってくれていた。(…かもはついていたが)
それは、彼女にとってはボクが太陽であったということなのに、ボクはそのことに気が付きもしなかった。
ボクが一方的に彼女のことを好きで、彼女が渋々受け入れてくれたかのように錯覚していたのである。
思えばボクは彼女の彼氏として最悪だった。
自分への自信のなさから、彼女の気持ちをどこかで疑っていたのだから。
そんな二人の関係が長続きするはずもなく、ボクら二人の関係は高校進学とともに自然消滅した。
あんなに好きだったのに、わかれてみればあっさりしたものである。
特に二人の間で「別れよう」という宣言がなされたわけではない。
しかし、高校進学後しばらくして、ボクは彼女が生徒会時代の友人と肩を並べて登校しているのを目撃しており、「ああ、やっぱり終わっていたんだ」と再認識した。
ボクはボクでしばらく彼女との関係を引きずって陰鬱に勉強と部活ばかりこなしていたせいか、妙に成績が上がって、余計に勉強をがんばるようになり、いつしか彼女のことをあまり思い出さなくなっていた。
でも、それでも、大学生になった今でも、夏が来てヒマワリを眺めていると、なんとなく過去の自分を思い出すのである。片想いに胸焦がしたあの頃の自分を。
そして何ということもなく思うのである。過去の自分がもう少し努力していればもっと違う結論が待っていたのではないかと。
今片想いしているヒマワリたちに言いたいことはただ一つ。
太陽の隣に立ってからの恋愛が大切です。