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第六話 僕、人間と話す(4)

 家が見えてくる。暖色の屋根の家が、たくさん見えてくる。

「集落に着いたわ、長様の家はもうすぐよ」

 ……ヒラナの声に、僕は答えられなかった。

 人がいる。彼女の家の周りからは想像もつかないぐらい、僕の目に映るのは人ばかりだ。


 ヒラナの隣を、ぴったりとくっつくように歩く。怖い、怖い、どうしよう。

 周りにはたくさんの人がいる。店もあれば家もある。ヒラナの家の周りとは大違いだ。

 吐きそうになる僕に、集落の人は気楽に挨拶してくる。一応愛想良く返すが、心の中ではびびりまくりだ。なんで怖いのか、僕にも分からない。ただ、自分に向けられる顔が、声が、どうしようもなく怖いのだ。

 ヒラナとジールは良かった。助けられていると分かった。助けてもらえると心の底から思えた。キースも、あのヒラナの友人なのだから悪い人ではないと考えられた。

 しかしこの大勢の人はどうだ。何を考えているのか、分かったもんじゃない。


「驚いたでしょう。ガマの集落の中心なのよ、ここは。長様がいる場所だから、人もたくさん集まってくる。治安も悪い方じゃないわ。とても住みやすいし、素晴らしい場所よ」

 きょろきょろと周りを見ていた僕が驚いていると思ったのか、ヒラナはどこか誇らしげに説明した。

 そうか、ここはガマの集落というのか。長様というのは、たぶんガマの集落で一番偉い人なんだろう。そう勝手に解釈しながらも、疑問に思った。こんなにたくさん人がいる場所があるのに、なぜヒラナはあんなさびしい場所に住んでいるんだろう。まあ別に、僕としては嬉しい限りだから良いんだけど。


「ほら、あれが長様の家よ。ああでも、まだ時間には早いわね。どうする? どこか店にでも入ろうか?」

 ヒラナの指の差す方を見ると、品の良い豪邸があった。庭には赤色を基調としたたくさんの花が咲き誇っている。門の前には二人の人がいた。門番だろうか? ――あ、やばい。緊張してきた。

 急いで首をふる。「いや、待たせてもらおうよ。早すぎるってほどでもないし」

「じゃあ、そうしよっか。もし遅れたりしたらいけないしね」

 ゆっくりしたペースで、彼女は歩みをすすめる。そんなヒラナに、僕はほっとした。長様に会うよりも、店に入る方が怖い。偉い人も怖いけど、たくさんの人に会う方が、僕にとっては怖かった。

 ヒラナが門番に話しかける。門番はやけに興奮した様子で、門を開けた。ヒラナが僕の歩調に合わせて、ゆっくりと門をくぐった。その後ろを、僕もついていく。



「よく来たな、ヒラナ。それと……セイ、だったか?」

 低い、かすれた声が広い部屋の中に響いた。


 長様の屋敷に入った後、召使いのような人に長様のいる部屋に案内された。緊張しながら通された部屋の中へ入ると、このしわがれた声で出迎えられたのだ。

 見ると、声の主は顔に深い皺をきざんでいる老人だった。白く長い髪を後ろでひとつにまとめ、口に立派な白ひげを生やしている。そこまで見て、僕は老人の隣に視線を移した。――彼だ、キースがいる。

 いないと思ったら、ここにいたのか。いや、そうじゃない。なんで彼がここにいるんだ。キースは涼しげな顔で、こちらを見ていた。


「ええ、彼はセイです。……お久しぶりです、長」

「うむ。元気そうで何よりだ。そういえば、そなたの弟はどうしている? 活躍はよく耳にしているが」

「今はナトの集落で傭兵として働いているようです。全く、心配ばかりかける弟で」


 あーもう! ここにジールがいてほしい。

 そうすればこの会話に入っていけるかもしれないのに。てか、ヒラナには弟がいたのか? 知らなかった。それにしても、長様はやっぱり老人だったんだな。まあそりゃ、年取らないとなれないか。

 ぐるぐると余計なことばかり考えてしまう。

 挨拶に来たのに、それすらしてない。話しかけられない。話しかけられない。


 キースをちらりと見てみたが、彼はヒラナの方ばかり見ていた。ああ、本当に僕は何をすればいいんだろう。

 ヒラナと長様は二人で和やかに談笑中だ。……僕、あんなに緊張して馬鹿みたいだな。まるで空気だ。それぐらい僕には存在感がない。

 部屋の中を眺めていく。庭と同じく、家具も赤い色が多かった。ただ、室内の色は花のように明るい赤ではなく、黒みを帯びた赤だ。長様は赤が好きなのだろうか。そっと横を見る。メイドがすぐそばに控えている。見張っているのか? 僕は何もしないのに。あ、キースが動いた。 


「長、そろそろ彼のことを……」

 控え目に意見するキースに、僕は喜びと緊張という複雑な心持ちになる。やっと僕にかまってもらえたのは大変喜ばしいことだが、僕はこれから何をしゃべればいいんだと頭の中でいろんな言葉が浮かんでは消える。


「そうだな。ヒラナ、説明を」

 緊張する僕に対して、長はいかにも面倒臭そうに言った。しかも僕は喋らなくていいようだ。嬉しい、と思ってもいいのだろうか? まあ、なるようになれだ。言われた通り、ヒラナに任せる。ただ、念のために背筋を伸ばし、ほほ笑んでみせた。


「四日前の夕方、アーレイの森付近の川で傷だらけの彼を保護しました。骨は折れていませんでしたが、右腕と左のふくらはぎを打撲していたので、精霊の力を借りて治療をしました。記憶がないようですが、普段の生活に問題はありません。記憶が戻るまではこの集落で生活させたいと思っていますが、どうでしょうか」

 淡々とヒラナが報告する。

「……許す」

 どうでもいいことのように、長様は言った。


「セイ、すまないが先に帰ってもらえないか。ヒラナと話がしたい」

「あ、はい」

 唐突に彼が言うので、僕は呆けたように返事を返す。


「キース、彼を送ってくれ。まだ慣れていないだろうから」

「――分かりました」


 そうして、つつがなく長様との挨拶は終わった。僕が何もしないままで。

 ヒラナは変わらず穏やかな笑みを浮かべ、僕を見ている。


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