第五話 僕、人間と話す(3)
僕の歓迎会は、ジールが酒に酔って大暴れするまで続いた。その頃には夜も更け、からになった大皿が目立っていたのだが。
キースは僕が長様の前で恥をかかないよう、話し方、礼儀なんかを何かにつけて話していたが、悪酔いしたジールに酒を飲まされ出来あがってしまったので、今はダイニングキッチンで寝ている。
ヒラナもジールも、まだ、寝ている。
ため息をつき、服の準備をした。キースが持って来てくれた礼服をハンガーにかけ、皺にならないようにする。
今は朝だ。誰も目覚めていない朝。それが過ぎたら昼になり、僕はここから出て、長様に挨拶に行く。
――すっげーやだ。なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんだ。
適当にここで生活したい。迷惑なんてかけない。だからもう本当、偉い人に会いたくない。
だってここから出ろと言われたらどうする。言い返せない。だからといって、一人で生活することなんてできない。たぶんヒラナは僕を一人にさせないだろうが、それにも限度がある。……とりあえず、偉い人には気に入られよう。ずっと笑顔、適当な受け答え、あと、あとはどうすればいいんだろう。
そもそも適当な受け答えが、僕に出来るか? 君は誰ですかなんて言われたって、知らないと答えるしかないというのに。
ヒラナやジールは、一緒について来てくれるのだろうか。それだったら、彼女たちに任せてしまいたい。ああでも、無愛想な印象になってもだめだな。
僕はもう一度、ため息をついた。
*
「さ、準備はできた?」
ヒラナが確認を取ったので、僕は頷く。
気乗りしない。身に付けた礼服が、僕を拘束でもしているように感じ、気分が悪かった。
「ほらほら、早く! 約束の時間までもう少しなんだから」
ジールに背中を押され、嫌々ながらもヒラナの後について、家を出た。
ヒラナに家の周りには小屋以外に何もない。周りには手入れのされていない草原だけがひろがる。ただ、少し北に足をのばすと森がある。森の人が住む、アーレイの森だ。長様の住む家はアーレイの森の反対、南へ進む……らしい。どちらも行ったことがないので、分からないが。
ヒラナはやはりまっすぐに南へと進んでいった。僕も少しだけ急ぎながら、彼女の後をついて行く。ジールは来ないらしい。まあ、ヒラナがいてくれるだけでも十分安心できるからいいんだが。振り返って家の方を見ると、送り出してくれていたはずの彼女は家の中に戻ったようだ。
どれぐらい時間がかかるんだろう。僕の服装はおかしくないかな、ああ、キースが見立ててくれたんだから大丈夫か。そういえばキースはどこに行ったんだろう。昼ご飯を食べようとダイニングキッチンにいくと、寝ていたはずの彼はいなかった。ヒラナに聞いても「分からない」としか言わなかったし。
「――わっ!」
足が何かにつまずく。前に倒れそうになる僕は、痛みを予想して目を力いっぱい閉じた。やばい。痛い――痛くない。
一瞬だったが、ふわりと、僕を何かが優しく支えてくれた気がした。そのまま僕は尻もちをつく。
「大丈夫?! セイ……ああ、絡み蔦ね」
ヒラナが僕に駆け寄ってきて、肩に手をおく。僕の足元を見て、ヒラナは心配そうな顔をした。
「あ、大丈夫。考え事してたから、ちょっとつまずいただけ」
僕も足元を見る。小さな草の葉が、絡むように輪を作っていた。絡み蔦だ。これに足が引っ掛かったんだな。全く、絡み蔦はこれだから厄介だ。むっとしながらも、絡み蔦を地面から引っこ抜く。
「え、抜いちゃうの? どうするの、それ」
ヒラナが驚いた。どうするのって、やることは一つしかない。こんな貴重品、持って帰らなければ損だ。ポケットに絡み蔦を丁寧にいれながら、彼女に答えた。
「だって、ほら、絡み蔦の根は万能薬じゃないか。薬にしないと」
「薬にできるの?!」
さらに驚いたようなヒラナに、僕は呆気にとられる。一般常識だと思っていたが――違うのか?
「うん、根を擂って、粉末にするんだ。使うときは水に溶かして飲んだり、傷口につけたりする。主に痛み止めとして使うんだけど、カラ豆と一緒に使えば……」
そこまで言って、ヒラナの視線に気付く。唖然とした彼女に、僕は頭を抱えたくなった。喋りすぎた! 薬のことなんか、今はどうでもいいだろうに。
「――ごめん」
なんとなく、謝る。恥ずかしい。本当恥ずかしい。耳が赤くなってきているのが分かる。うわあ、もう、なんて言えばいいんだろう。やっぱり僕はあんまり喋らないほうがいい。
「あら、謝らなくていいわ。それにしても、絡み蔦は薬になるのね。知らなかった」
珍しそうに絡み蔦を見ながら、ヒラナはほほ笑む。
「セイは物知りね。薬作るの、手伝ってもいい?」
彼女があまりに自然に聞くものだから、僕は思わず頷いた。作り方は知っている。でも……、でも、僕はうまく作れるのだろうか。
ヒラナは満足そうに頷くと、僕に手を差し伸べた。
「ほら、立ち上がって。もうすぐ長様の家よ、急がなくっちゃ」
恐る恐る、彼女の手を取る。握る。握り返される。
「うん」返事をして、僕は立ち上がる。尻も痛くないし、怪我もないようだ。
手を放し、歩きだしたヒラナの後ろをついていく。心なしか、先ほどよりも足取りがかるく感じられた。
そして、さっきの支えられた感覚はなんだったんだろうと、心の隅で考えた。
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