第四話 僕、人間と話す(2)
「歓迎会って、僕の……?」
信じられずに、思わずそう聞いてしまう。ヒラナは肯定し、テーブルにどんどん料理を置いていった。心なしかキースの目も優しくなった気がする。彼と視線が合ったのでにっこりと笑いかけると、キースは眉をしかめて視線をそらした。
……何はともあれ、僕の歓迎会である。正直言ってすっげー嬉しい。椅子に座り、料理を眺める。よだれが出てきそうだった。
「ただいまー。ヒラナ、水はこのくらいで大丈夫?」
ちょうどジールが帰ってきた。手には水がなみなみと入っている大きな瓶を二つも抱えている。
「おかえり。うん、それぐらいで充分よ。ありがとう」
ジールはテーブルの横に瓶を置くと、テーブルの上の料理に目を輝かせた。
「さっすがヒラナ! ほら、もう食べよう。お腹すいたんだあ、あたし」
彼女は僕の隣に座る。キースもヒラナも苦笑しながら向かいに座った。僕も食べるのは大賛成である。てか早く食べたい。
「セイとの出会いを祝って。カンパーイ!」
ジールの声で、四人がグラスを手に取り乾杯する。僕のグラスには果物の果汁が入っていた。果物はとても高価なものだ。少しばかり緊張しながら、一口飲む。酸味が強いが、さらりと喉に流れた。おいしい。
ヒラナ達は一般家庭だと思っていたが、たぶんそれなりには金持ちなんだろうと想像できた。食事も一日に三度出るし、毎日お風呂にも入れる。調度品だってきれいなものばかりだった。
そんなことを考えながら、もう一度グラスに口をつける。隣のジールのグラスには酒が入っていたようで、やけに騒ぎながら飲み食いしていた。負けられない、とばかりに僕も鶏肉をフォークで取る。そのまま口に入れると、自然と笑顔になった。やっぱりおいしい。もう一度それを食べてから、他のものにも手を付ける。
ヒラナの料理は基本的に大皿にいれられる。そこから自分が好きなだけ小皿にとり分けるのだ。いかにも親しい間柄って感じで、それが少し嬉しかったりする。
「今年の精霊祭って、何をするんだろうな」
品良く食べていたキースが、思い出したように言った。ヒラナが少し考え、諦めたように顔を横に振る。
「さあ、そればっかりはレリオルも教えてくれないし……」
話しているキースとヒラナをしり目に、ジールに話しかける。「レリオルってだれ?」
「あー、ヒラナの親友。今年の精霊祭を取り仕切ってるんだよ」
ふーんと返事をして、精霊祭のことを思い浮かべた。精霊祭とは、普段力を貸してもらっている精霊に、感謝のしるしとして祭りを行うことだ。精霊と人間が一緒になって、遊び騒ぐ。べつに人間が何をするってことじゃない――はずだ。
精霊祭のことは知識として知ってるが、あいにくとそれに参加した記憶がない。だから、あまりわくわくとした気分になれないし、精霊祭でやることに確信が持てないのだ。
それでも、知識が残ってくれてて良かった。記憶がないので不安だし、知識に確証はもてないが、それでもフォークの使い方とか知らなかったら本当に僕は死んでしまうところだった。
知識がないことは、生き方を知らないことと一緒だ。食べ方も、使い方も、知らなければ意味がない。
とりあえず今はヒラナやジールがいるから、別にどうでもいいが。てか、知らなくてもヒラナなら一から教えてくれそうだ。僕と同じくらいか、少し年上くらいに見えるのに、しっかりしているなあと他人事のように考える。
飲み食いしていたら、ついにグラスの中のジュースが底をついた。ヒラナにおかわりを頼もうとしたが、その前にキースに話しかけられる。
「お前は、長様に挨拶しないのか」
非難めいたキースの視線に、僕の頭の中が一瞬真っ白になった。
え、僕、誰かに挨拶しに行かなきゃいけないの? しかも長様って。何、偉い人?
ちらりとヒラナ見ると、彼女は苦笑しているようだった。
「んー、そうね。もうそろそろ行こうと思ってたのよ」
「そんなことが許されるか。三日も無断でここにいたんだろう、明日にでも行くべきだ」
行ーきーたーくーなーいー。ほんっと最悪。なんてこと言うんだよ、キース!
思いつく限りの悪言を彼に吐く。ただし、心の中で、だ。居候の僕がそんなこと言っちゃいけない、と自分を抑えながらも、無意識にむくれた。
僕は今の生活に満足してる。ヒラナとジールの三人暮らしで、時折手伝いをする。おいしい料理に、たわいない彼女たちとの会話。その全てに、僕は安らぎを感じていた。
……まあ、もうすぐしたら出ていかないといけないのかもしれないが、それはまだ少し先の話だ。今はこの日常を大事にしたかった。誰かがこの日常に入ってくるのは、僕にとってとても嫌なことなのだ。それに、このままここにいれるかもしれないし。
無言を通す僕を、ジールがちらりと横目で見た。その視線がとても真っ直ぐなので、まるで僕の心の中を見透かされたように感じ、顔が赤くなる。なんだか恥ずかしかった。自分の嫌な部分を見られた気がした。
うつむきそうになるのを必死で我慢して、意を決して言った。
「僕、行くよ。明日……」だんだんと声が小さくなっていく僕を、情けなく感じる。
それでも、自分は決して長様に会いたくないなんて思ってない、そう虚勢をはりながらジールを見た。今は、今だけは、本当の僕を知られてはいけない。大切な時間を、僕は守らなければいけない。
横目で見たヒラナが驚きながらも嬉しそうな顔をしたので、僕は無性に泣きたくなった。
弱い主人公ですいません(汗)