1話 政界
「次の総理は、的場さんで決まりだな。」
「え、そうなの。坂本総理は、次は、桜井総務会長を後任にすると言ってたじゃないか。」
「お前の情報収集はたいしたことないな。」
ここは民事党本部があるビルの男子トイレ。
そして、私は、トイレ清掃員。
トイレ清掃員というとおばさんが多いけど、私は22歳の女。
外は紅葉で素晴らしい景色が広がっているらしい。
紅葉から溢れる陽の光はとても美しい。
休日には、家族で紅葉を見に山をハイキングしている人も多いとか。
でも、私は日頃は身を隠しているからビル街しか歩かない。
紅葉は、街の公園でわずかに目に入るだけ。
仕事はオフィスビルのトイレ掃除で、いつも見える世界は同じ。
だから、四季なんて私には関係はない。
私は、さすがに若い女とは思われていないと思う。
作業着を着てるし、ずきん、マスク、メガネを着けているから。
というより、存在していると思われていない。
トイレの入口に清掃中だからご遠慮くださいと看板を出している。
でも、いいですかとも言わずに、私を無視して入ってくる人は多い。
特に、偉いと言われている人ほどそう。
でも、その分、誰も私がいることに気づいていない。
ほとんどは、私がいるのに、とんでもない内容の会話が続く。
人間って、本当にバカなのではといつも思う。
女子トイレも同じ。
いえ、女の方が女のトイレ清掃員なんて見下している。
少しでも触れてしまえば、すごい剣幕で怒鳴られる。
それでも女子トイレは仕事がやりやすい。
井戸端会議という感じで、社内のあらゆる噂話しが繰り広げられる。
情報収集には最適な環境。
今回は政界の情報収集をしようと、まずは男子トイレにいる。
早速、こんなスクープ情報がトイレで話されている。
スマホで録音してることも気づかれていない。
「それはな、桜井さんが所属する鈴木派に恩を打っておいて、桜井さんが自滅するのを待ってるんだよ。自分から失脚すれば、それは坂本総理のせいじゃないし、鈴木派に恩を打ったことは事実として残る。しかも、桜井さんが失脚するのに十分な情報を持っているんだ。」
相手の胸を肘で小突く。
そんなことも気づかないのかという感じで。
私は下を向いて、トイレットペーパーの交換をする。
「それを使って、子飼いの的場官房長官に席を譲る。もうシナリオは出来上がってるんだよ。」
「まんまと騙されていたな。それにしても、お前の情報収集力はいつもすごいな。」
「まあ、それだけで生きているからな。だから、芽がないといわれている今こそ、的場官房長官に尻尾を振っておくのがいいな。」
「そうするよ。やっぱり、持つべきものは優秀な同期だな。」
こんな話しをしているのに、横に人がいることに全く気づいていない。
バカなんだろうか。
しかも、政治家は政策検討等をすることが仕事のはず。
自分の保身のためだけに情報収集するだけなら、何も仕事をしていないのと同じ。
衆議院議員1人に1億円も国費を使っているのだから、国民の税金の無駄使い。
しかも、総理は、不正をしていることを知っている人を後任にすると公言している。
政争のためにだけに奔走し、政治なんて何もしていない。
そんな人達は排除しなければならない。
ただ、調査は入念にする。
桜井総務会長のオフィス近くにあるがトイレからも会話を拾う。
女子トイレで、秘書達が話している。
「桜井総務会長って、やはりやり手ね。この前も、三木建設の会長が、将来の総理と言って、3,000万円も渡していたわよ。」
「本当に、この世界にいると、賄賂なんて当たり前で、ごく普通のことと感覚が鈍っちゃうわよね。桜井総務会長が総理になったら、お祝いということで、私たちにも高級フレンチをご馳走してくれないかしら。」
「そうよね。二人でねだってみましょうよ。」
あらあら、私がいるのにとんでもないことを話している。
本当に私が幽霊で、見えていないとしか思えない。
でも、そんなことだから桜井総務会長も足をすくわれる。
坂本総理も、すぐに不正の情報を入手できたのだと思う。
脇が甘い政治家は、生き延びることができない。
そして、的場官房長官のオフィス近くのトイレにも行く。
「的場官房長官、総理確定、おめでとうございます。」
「何の話しだ? 嫌味か? 次期総理は、桜井総務会長だろう。」
「とぼけないでくださいよ。坂本総理からじきじきに聞いたんですから。これから大変でしょうけど、私が誠心誠意、支えますから、頑張ってくださいね。」
「そうか、聞いたんだ。まあ、これからもよろしくね。ただ、他の人には言うなよ。」
「分かってますよ。」
日本は、とことん秘密を守れる国ではない。
身内の間なら、秘密という概念はなく、どんなことでも話す。
内緒といいながら、噂はどこまでも広がる。
でも、最初に聞いた男達の会話は、これで間違いない。
私は、毎朝新潮に音声データとともに情報を提供する。
総理大臣の後任に関するデータの対価として50万円を受け取った。
毎回、それなりのお金貰えるから、今の仕事はやめられない。
毎朝新潮も、私のことを重要な情報源として優遇してくれている。
普通の情報屋だと、こんな大金は貰えない。
1年で10件は情報が入るし、1件で100万円を超えることもある。
しかも税金は申告しないから、年収はそれなり。
依頼主も表に出せるお金じゃない。
私の仕事は、トイレで情報を仕入れること。
トイレの掃除は、ついでにしているだけ。
一般的には、情報屋と呼ばれている。
だから、プライドを持って仕事をしている。
汚いことも多いし、人間扱いされていない。
でも、だからこそ貴重な情報が手に入る。
こんな仕事をしていると普通の生活は目立たない方がいい。
だから、男にも近づかない。
でも、男には嫌な思い出しかないからいい。
昔、高校の先輩と付き合い始めたことがあった。
つらい日々を誰かに助けてもらいたかったから。
その時は、その先輩といられる時間だけが救いだった。
私が高校3年のとき、先輩からホテルに誘われる。
そして、エッチを求められた。もう、いいだろうって。
好きだとは言っても、初めてのエッチは怖い。
だって、痛そうだし、高校生で妊娠もしたくない。
今日は妊娠しやすい日と言ったけど、聞いてくれない。
これ以上、断ると嫌われると思って、言い出せなかった。
そして、先輩は生がいいと言って、つけてくれない。
その日のエッチで妊娠してしまう。
それを先輩に伝えたら、本当に自分の子かと言われた。
そんなことは、映画やアニメの世界だけだと思っていた。
ショックだった。最初は本当に優しくしてくれたのに。
あれは、エッチをするための嘘だったのかしら。
男なんて信じられない。
もう、先輩に何を相談してもダメだと諦めた。
だから、1人で堕ろす。強姦されたと医師に言って。
それ以来、男には幻滅し、近づかないようにしてる。
両親はいつも暖かく見守ってくれている。
でも、この件は相談できなかった。
誰にも相談できずに、全て一人で苦しむしかない。
お金も、先輩は全く払ってくれず、自分一人で払うしかない。
学生の私にとって、10万円の支払いは大変だった。
2万円が足りず、アルバイトも前借りをする。
その後の返済のために、アルバイトを増やすしかない。
それからしばらく、過酷な労働が続いた。
周りは、何か欲しいものがあるんだねと笑うだけ。
バッグとかに、そんなに頑張らなくてもと、やつれた私に冷たい声をかける。
そもそも、女を守れない男なんて、この世の中にいらない。
そんな男達は、みんないなくなればいい。
今、情報屋をやっているのは、そういった目的もある。
ひどい男達を懲らしめてやるために。
だから、私には男なんて興味がないい。
私には守らなければならない妹がいる。
それで精一杯。男を作る余裕なんてない。
翌日の週刊誌で、総理の策略は大々的に暴露された。
総理は否定したけど、音声データもあり、桜井総務会長の疑惑も本当だった。
総理は党内での信頼を完全に失い、日々、国民からも大きな批判を浴びる。
成功し続けてきた人のメンタルは弱い。
都内のホテルで首を切り自殺している総理が発見される。
また、トイレで話していた男二人の会話も公表される。
全く役立たない国会議員が話題になり、議員定数削減の議論が本格化する。
男二人は、政党員の資格を剥奪され、いずれも議員辞職に至る。
影では、また「トイレの花子さん」が現れたと囁かれた。




