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人魚姫は泡沫の初恋を歌う  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第14話「運命」

「俺は必ずヤエを幸せにする」


 環の宣言を呑み込めず、ヤエは彼の言葉を復唱する。


「人魚姫を、幸せに……?」

「人魚姫じゃない、ヤエを、だ。着物を贈ったのはその一環なんだが……。ヤエ、俺の贈った着物、よく似合っているな」

「! だ、だって着物、これしか……」

「そうだな。いつもの着物はたまたま修繕に出していて着れなかった。だから、ヤエが俺の贈り物を着るのは不可抗力だ。そうだろう?」


 勝ち誇ったように笑われてしまう。

 その仕草で、環がわざと母の着物を修繕に出したのだと悟った。


「確信犯……!」

「努力には誠意を返す。それだけのことだ。さっきの入室時の所作一つ取ってもそうだ。きっと気の遠くなるほどの研鑽を重ねたんだろう?」

「っ、どうして、あなたが一番ほしかった言葉をくれるのよ、意味分かんない」


 声が上擦る。今まで誰もヤエを見ようとはしなかった。

 童話憑きは華族に引き取られる慣習だからと、有無を言わさず養子に迎えた。

 しかし引き取っただけで海凪家は、ヤエ自身を見ることはない。

 だが、環は違う。会ったばかりの頃から環はヤエをしっかりと見てくれている。

 それが、とてもむずがゆい。


「俺はヤエを見てるからな。それに、そういう振る舞いが一朝一夕にできないと身にしみている」


 何かがこみ上げてきそうになり、ヤエの喉がごきゅりと鳴る。


(あたしが人魚姫だから囲ってるだけかと思ったのに、これは反則よ)


 嬉しさがこぼれ落ちないよう、ヤエはぐっと上を向いた。

 初めて濃藍色の瞳をまっすぐに見つめる。


「ありがとう、認めてくれて」

「! 俺がヤエを見てるって、信じてくれたのか?」

「ちょっとだけ、信じても良いかなって思っただけ」

「そうか」


 そう言って環は頬を緩め、心底嬉しそうにヤエを引き寄せる。

 まるで逃がさないといわんばかりに、腕に力がこもった。


「俺の唯一はヤエだけだ」


 するりと頬をなぞられ、思わず背がぴんっと伸びる。

 ヤエの反応に軽く笑った彼がそっと唇を寄せ、互いの口が触れる寸前。躊躇いがちに襖の向こうから声をかけられた。


「ご歓談中、申し訳ありません。早乙女様がご来訪されましたので、応接間にお通しいたしました」


 使用人からの報告を聞いた環は目に見えて嫌な顔をした。

 彼は大きなため息をつき、返事をする。


「わかった。すぐに行く。悪い、ヤエ。少しだけ待っていてくれ。追い返すから、その後一緒におやつを食べよう」

「追い返すって……。失礼じゃない? 別に気にしなくていいのよ」

「いや、追い返す。だから、ここから出ないで待っていてくれ。わかったな?」


 念押しされ、ヤエは渋々頷いた。するとほっとしたように眉を下げた環がヤエの頬に口づけを落とした。


「っ!?」


 ほんのり温かな感触にばっと環を見るが、楽しげに笑うだけだ。

 ヤエの反応に満足したのか、彼は部屋を出て行った。


(やり逃げじゃない。って、声かけられなかったらあたし、口づけ、してた……?)


 抱きしめられ、至近距離に近づいて見れば、彼がいかにヤエを想っているのか、ありありと感じられた。

 引き寄せられた腕は少し抵抗すれば離れられる強さで、ヤエが本気で嫌がれば、指先分まで近づくことはなかっただろう。

 環の少しつり目がちな濃い藍色の瞳には底知れない熱が籠もっていたことも、知ってしまった。


(頬が熱い。胸の奥も、ちょっと熱い気がするわ)


 かっかと火照る体を冷やそうと、そっと窓を開け放つ。

 庭に広がる池泉がヤエの頭を冷やしてくれるだろうと考えたからだ。

 そっと窓の外を覗いたヤエの喉から変な音が漏れた。


(なに、あれ)


 ヤエの中の人魚姫が叫ぶ。ほらやっぱり、と。

 池泉(ちせん)にかかった朱の橋の上で環と金髪の女性が笑い合っている。

 それはまるで恋人同士の逢瀬のようで、ヤエは目を離すことができない。


(人魚姫の王女が、どうして……)


 ヤエに見られているなどつゆほども思っていないのか、環が王女に顔を寄せる。

 仲睦まじい様子の二人に、ヤエの顔から血の気が引いていく。


(今、口づけ、した……?)


 顔を寄せた環が王女に口づけをしたように見えた。それはほんの一瞬で、確証はない。

 しかし、ヤエの口から乾いた笑いを溢れさせるには十分だった。


「ははっ。わかってたじゃない。王女が現れたら終わりだって」


 視界が歪む。だが、俯きたくはなかった。

 下を向いてしまえばもう、何も出来なくなってしまうから。畳に水滴が落ちるが、見ない振りをした。


「彼のこと、ちゃんと知りたいって、知っていきたいって、ようやく思えたのに」


 誰に聞かせるわけでもない言葉が溢れる。


「……そっか、期待してたんだ。環なら、本当に運命を変えてくれるかもしれないって。あまりにも傲慢ね」


 赤い靴の童話憑きを救ったように、人魚姫の運命も変えてくれると、勝手に信じていた。

 環が全てなんとかしてくれるから、と。


「自分は変わりたくないのに、救ってもらおうだなんて、虫のいい話だわ」


 頬を伝う涙を拭い、ヤエは両頬を叩く。

 黒曜石のような瞳にもう、迷いはない。


「いつまでも逃げてばかりじゃ、女が廃るってものよ」


 環は待っていろと言っていたが、待てと言われて大人しく座っているような大和撫子ではない。

 環と王女が仲睦まじく話すような間柄であればなおさらだ。


「どういうことか、説明してもらわないと」


 決意を新たに、ヤエは居間を出た。

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