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人魚姫は泡沫の初恋を歌う  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第12話「決意」

 環に抱きしめられたままのヤエがぽつりと言葉を零す。


「あたし、沓守さんを見て思ったの。泡にならないよう逃げてきたけど、ふとした時に運命通りになるんじゃないかって……恐ろしかった」


 沓守が踊る姿を思い出し、火照った体が冷えていく。

 環から真意を探るような目を向けられ、ヤエはひき絞るように言葉を押し出した。


「運命は、変えられない」


 環の一文字に結ばれた口が歪み、口惜しそうな表情に変わった。

 しかしそれはほんの一瞬で、彼は眉に決心を集めた。

 濃藍色の瞳に宿るのは寸分の揺るぎもない決意だ。


「いいや、変えられる。俺とヤエなら必ずな」


 揺るがない環の信念に瞬いていると、ひょいと抱き上げられ、助手席に降ろされた。あまりにも自然な流れで、ヤエが羞恥の声を上げる間もない。

 見上げずとも彼の目線とヤエの目線が重なる。


「……その根拠のない自信はどこからくるの? あたし達は童話憑きなのに」

「確かに俺は童話憑きだが、俺の運命は俺が決める。童話なんてもんに振り回されるつもりは毛頭ない」

「なに、それ……。どれだけの童話憑きがそれを望み、絶望に打ちひしがれたか知らないわけじゃないでしょう?」


 誰であろうと悲劇の物語と同じ結末で人生を終えたくはないだろう。そもそも童話と同じ人生を歩むから童話憑きと呼ばれるのだ。どれだけ望んでも変えられない。

 それが童話憑きだ。


「あぁ。だが俺は王子ではないし、ヤエも人魚姫ではないだろ? ただ、童話憑きってだけで、同じ人物じゃない」

「そんなの、当たり前じゃない」

「なら、抱く感情も違うはずだ。俺はヤエが人魚姫でなかったとしても迎えに行った」

「っ」

「俺を信じろ」


 力強い瞳に射貫かれ、ヤエは息を呑んだ。追い打ちをかけるように彼は言葉を続ける。


「俺が支えてやる。だから、俺とともに正面から立ち向かえ」

「立ち向かう……?」

「あぁ、立ち向かうんだ。己の体と心で」

「あ、たしは……」

「人魚姫はかっこいいからな。運命なんてもん、短剣を捨てたみたいに海へ捨てちまえ」


 屈託のない笑みに少し皮肉を交えた顔をした環は、ヤエの薄水色の髪を撫でる。

 それはまるで幼子に言い聞かせるように優しい手つきだ。


(どういう生き方をすれば環みたいになれるの?)


 泡となる運命を変えたいと言うだけで、やってきたのは逃げること。ただそれだけ。

 童話憑きを認めたくなくて、十五になるまで両親と逃げた。

 海凪家に引き取られた後も異能の授業から逃げて、王子の童話憑きに会わないよう社交界からも逃げて。

 その上、歩み寄ってくれる環から逃げている。

 そんな自分が、惨めで、滑稽で、度し難い。


(今からでもなれる……? 環みたいに……)


 返答を待っているのか、環はじっとヤエを見つめていた。

 喉が渇く。まるで陸に引き揚げられた魚のように、息が苦しい。

 それでも、言わなくては。


「環」

「ん?」

「あたしも――」

「隊長~! 後処理完璧に終わりました!」


 ぱたぱたと駆けてきた三銭地(さんせんち)の声にヤエの声がかき消されてしまった。

 環の冷ややかな空気を感じ取ったのか、三銭地の笑みが引き攣る。


「あ、僕、お邪魔しちゃったかなー、って思ったり……?」

「まぁ邪魔だな。……俺は帰る」

「ひどっ! って、ちょ、たいちょー!?」


 そう告げた環は、ヤエを助手席に押し込め、自身も運転席へと乗り込んだ。

 手際に良さに驚きつつも、ヤエは車の外で目を皿にしている三銭地を見る。


「え、よかったの?」

「あぁ」


 動き出した車の窓から後ろを見る。

 なにやら三銭地が叫んでいるが聞こえない。


「本当によかったの? 三銭地さん、怒ってるみたいだけど」

「たまにはあいつも働けばいいんだ。だから、放っておけ」

「……そう?」


 車のライトが街道を照らす。


(三銭地さんの横やりがなかったら、あたし、環になんて言ってた……?)


 環と一緒に立ち向かいたい、だろうか。

 ともするとヤエは羞恥心でいっぱいになってしまうだろう。


(追求しそうな性格してるくせに、こういう時だけ何も言ってこないの、ずるいわ)


 そっと環を盗み見る。

 見事な造形美はずっと見ていても飽きない。しかし、真剣な顔に話しかけるのは気が引けてしまい、ヤエは視線を窓の外へ移した。

 真っ暗な外に、口元だけで笑っていた童話喰ライが脳裏に蘇る。


(そういえばさっきの童話喰ライ、人魚って言ってなかった……?)


 えも言えぬ不安が、今更ながら背中を駆け上がる。


(でも環が倒していたからもう大丈夫、よね?)



 ◇◆◇



『憎イ』『憎イ』


 車輪から這い出したそれは、草木が生い茂る宵闇の中へと逃げ込んだ。

 ナニカの呻き声と共に水がぼこぼこと沸騰してるような音が響く。

 形を変えるそれは、魚の尾びれを作っている。


『ドウシテ?』『ナゼ?』『アノ娘ハ報ワレルノ?』


 それはまるで感情の起伏につられるように激しさが増していく。


『ナンデ?』『アノ娘ダケ?』『報ワレル?』『憎イ』『憎イ』『憎イ』

『人魚』『人魚、ヒメ』『人魚姫ヲ……』


 びたんと尾びれが地面へ叩きつけられる。


『人魚姫ヲ殺サナクテハ』


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