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人魚姫は泡沫の初恋を歌う  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第11話「異能の代償」

 童話喰ライを一撃で倒した環は、沓守へと振り返る。


「沓守、戻って報告を……沓守?」


 環の視線を追い、ヤエは沓守へと目を向ける。

 車のライトに照らされた彼女は、真っ青を通り越して真っ白な顔をしていた。

 しきりに足を気にしている沓守が、覚悟の決まった顔で環を見る。


「隊長、申し訳ありません」


 謝罪を口にした途端、沓守が軽快なステップで踊り出す。

 軽やかにくるくると踊る姿はまるで――。


「赤い靴、か」


 感情が全く乗っていない環の声に驚き、ヤエは童話内容を思い出す。


(赤い靴、って足を切り落とすまで踊り狂うっていうあの……?)


 沓守は何を思っているか分からない表情でくるくると回る。

 夜の闇の中で、白い花が咲き誇っているようだ。


(あら? でも赤い靴なんて履いてなかったはずなのに、どうして……)


 沓守は白い軍服を着ていた。靴もそれに合うよう真っ白な軍靴だったはずだ。

 ヤエは彼女の軍靴に目をやり、後退った。踏みしめた砂利の音が嫌に大きく聞こえる。


(赤ければなんでもいいの?)


 沓守の血で所々赤く染まった軍靴から目が離せない。

 僅かに血が付着しただけで我を忘れたように踊る沓守に、ヤエは血の気が引いていく。


(運命の強制力……?)


 頭をよぎった不可避な現象に、ヤエは震えを抑えられない。

 背筋を通り抜けた戦慄はヤエをどん底へと突き落とす。

 この世界に一人だけ取り残されてしまったような感覚がヤエを包み込み、そして、淀んだ闇が囁くのだ。

 どれだけ足掻こうと、結果は変わらない。諦めろ、と。


 目の前の沓守が確固たる生き証人だ。

 自らが回避しようと行動しても、思わぬ所で童話通りになってしまう。

 どれだけ環がヤエに愛を囁いても、彼は王女と結ばれる運命だ。

 王女と結ばれるためには、人魚姫という当て馬が必要だ。

 ヤエが泡になりたくないと思っても、環を好きになってしまうのだろう。


(だって、あたし、さっき童話憑きでなかったら婚姻を受け入れたのにって思ってしまったもの。それがもう答えじゃない)


 王女が現れたが最後、ヤエは環の幸せのために泡になる決断をするのだろう。

 それも運命だと、誰もが頷くに違いない。


(運命から逃れたい、変えてやりたいだなんて、どだい無理な――)


 諦めに沈んでしまいそうな心に、芯の強い声が響く。


「ヤエ、心配ない」

「そんなこと言っても、赤い靴の童話憑きであるかぎり、あれじゃ……」

「大丈夫だ。ヤエの憂いは俺が全て取り除いてやる。だから、笑え」

「こんな状態で――え……?」


 ヤエの目の前で、沓守の軍靴が白さを取り戻す。

 徐々に白さを取り戻していく軍靴と共に、軽やかに踊っていたはずの彼女も徐々に落ち着きを取り戻していった。

 下駄の色が何事もなかったかのように元に戻ると沓守の足は踊りをやめる。

 まるで踊っていたことが嘘だったかのように、ぴたりと。

 ありえない現象にヤエは環を見上げた。彼は強気で、勝ち誇ったように笑う。


「言っただろう? 心配ないって」

「な、何をしたの……?」

「代償を伴う異能、ですね。隊長」


 困惑するヤエに答えたのは、落ち着きを取り戻した沓守だ。

 眉を下げた彼女の言葉が重りのように心に沈んだ。

 ヤエは慄然として唾を呑む。


「っ、そんな……運命を捻じ曲げるなんて、命を代償に差し出しても足りるわけない!」


 感じたことのない恐怖がヤエを包み込む。

 夜の闇がヤエの足を這い上がり、深海へと引きずり込まれるような感覚に襲われた。

 しかし、環はなんてことのない顔をしている。

 顔色一つ変えない環に、沓守が頭を下げた。


「隊長に異能を使わせたのは私です。なんなりと処罰を」

「俺が勝手にしたことだ。処罰はしない。ひとまず治療を受けてこい。ここは俺だけで事足りる」

「……了解です」


 納得のいっていない表情をしていたが、沓守はしぶしぶ頷いた。

 ここで押し問答している時間がもったいないと判断したようだ。

 沓守はヤエに目礼をし、二人から離れていく。

 彼女の遠ざかる背中を横目に見ていれば、環がヤエの頬を撫でた。


「ヤエが無事でよかった」

「よかった、じゃないでしょ!? 環が、代償を……」


 強引に抱きしめられ、環の体温が伝わる。

 ぎくりと強ばった体を引こうとしてもびくともしない。


「そんなことか。言っただろう? 笑ってくれ。ヤエの笑顔をみられるのなら、代償を払った甲斐があるってもんだ」

「あたしの笑顔よりも、環の命の方が大切だわ」

「そもそもヤエは勘違いをしている。確かに代償を伴う異能ではあるが、俺は命を削ったりしていない。寿命や体に影響のあるような代償ではないから安心しろ」

「……本当に? 代償は、なんだったの?」


 ヤエの問いに、環は口を噤んだ。

 しばらくの沈黙の後、彼は眉を下げた。


「喫茶店で食べた物、だな」

「……へ?」

「ヤエと一緒に行っただろう? そこで食べた物が思い出せない」

「それは、記憶を失ったってこと?」

「そうだな」


 あっさり肯定され、ヤエは目を見開く。


「代償が記憶だなんて……」

「問題ない」

「なんでそう言い切れるの?」

「大切な記憶は基本的に失わない。忘れるのはちょっとした事だ。昨日の夕飯だったり、持っている着物の色だったり。だから大丈夫だ。それに……」

「それに?」

「失った記憶はまた埋めればいい。何度でも、な?」

「へ?」

「だからまたデヱトしよう」

「……なに、それ」


 緊張が緩んだように体の力を抜いたヤエは、環に体を預けた。

 ヤエの行動が意外だったのか、環は驚きと感動が混じったような顔で腕に力を込める。

 お互いの鼓動に耳を傾けていれば、環の鼓動が少し早いことに気がつく。


「もしかして、照れてるの……?」

「言うな」

「ふふっ。貴方も照れることがあるのね」

「やっと笑ったな」


 優しげに目を細めた環と視線が絡む。それは溶けてしまいそうなほどに甘く、柔らかな眼差しだ。

 ぱっと目を逸らせば、軽く笑われてしまう。

 火照る体を冷ますため、環から離れる。

 暗闇の中で軍靴が慌ただしく走り回る音だけが響く。

 どうやら童話喰ライの掃討は完了したようだ。

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