第9話「異能と特務小隊と」
ヤエは突如襲ったまばゆい光に視覚が奪われ、何が起きたのか理解できずにいる。
分かるのはそれが自然現象でないことは理解できた。
真っ白だった視界が次第に色を取り戻していく。
正常に機能し始めたヤエの目が最初に捉えたのは、焦げ付いた道路だ。
うごめいていたはずの童話喰ライは跡形もなく消えている。
「い、今の……」
「雷の異能だな」
「倒せるなら出し惜しみしないでほしいわ」
「民家が近くにあったら危ないだろ?」
環の言葉に辺りを見渡せば、いつの間にか民家一つない場所にいた。
すっかり日が落ちて真っ暗な街道は、深海の底で怪物がぽっかりと口を開けているかのような不気味さがあった。
整備されていない場所も多く、好き放題伸び切った雑草や樹木がより恐怖を掻き立てる。目の前に凛と並び立つ樹木が異様に黒く見え、ヤエは背筋が凍ってしまう。
寒気を覚えたヤエは、横抱きにされたまま環の衿元を握り込んだ。
「どうした?」
「いや、なんか悪寒が……」
瞬間。
ぐにゃりと曲がった樹木たちが、ヤエと環に飛び掛かり――
「晴嵐隊長!!」
――寸前で爆発した。
けたたましいエンジン音。そして軍靴の音と共に集まってきたのは、環を隊長と呼ぶ軍人達だ。
一目で軍人だと分かる真っ白な軍服を身にまとう彼らは、もぞもぞと動きだした複数の童話喰ライへ向かって行く。
時折、火や水が童話喰ライを襲う様子に、ヤエは彼らが全員童話憑きなのだと悟った。
ヤエは状況を把握しようと思考を巡らせる。
(環は軍部で隊長をしているって言ってたけど、なぜ軍部に童話憑きが……?)
近づいてきた小さな男の子に環は視線を向けた。
「遅い」
「これでも超特急で来たんですよ! 少しは褒めてください。というか、そちらの麗しい方は?」
「三銭地。見るな。減る」
「えぇ~!?」
くせっ毛の子犬のような男の子――三銭地はけらけらと笑う。
環の半分ほどの身長だと感じさせぬほど、明るい人のようだ。
二人の軽口を叩き合う姿に、ヤエは気心が知れた仲なのだと納得した。
「おい。とりあえず掃討しろ」
「わかってますって!」
環が出す指示に従って動く彼らを眺めながら、ヤエははたと気が付く。
必要以上に環と密着していることに。
握り込んでいた彼の衿元から慌てて手を離す。
「た、環!」
「ん? どうした?」
「そろそろ下ろして」
「まだ掃討できていないからな。もう少し抱かれていろ」
わざとらしく耳元で囁かれたヤエの肩がびくりと跳ねた。
一部始終を見られていたのか、三銭地が黄色い声を上げる。
「きゃー! 隊長ったらいやらしい!」
「ちっ」
冷ややかな目で三銭地を睨んだ環が歩き出す。
横抱きにされたまま連れて来られたのは、晴嵐家へと連れて行かれた時にも乗っていた車だ。
違うところといえば、その時よりも軍用にがっしりとしていることだろう。
環は助手席側の扉を開き、ヤエを降ろす。
ヤエの頬を安心させるように環が優しく撫でた。
「本当は屋敷まで送って帰りたいところだが、俺は後処理もしなければならない。隊員に送らせるから、いい子で待っていてくれ」
頬から離れた手が、なぜだか名残惜しくて手を掴む。
驚きに見開かれた濃藍色の瞳と視線が絡み、ヤエも同じように目を丸くする。
自分が何をしてしまったのか一拍おいて理解が及び、引き留めてしまった手を勢いよく離す。
「ご、ごめんなさい」
「……ヤエは童話喰ライを初めて見たんだったな、不安になるのは当然だ。なにかあるなら聞く。不安でも、疑念でも、なんでもいい。お前の心を聞かせてくれ」
「え、えっと、あの人達は?」
「あぁ。対童話喰ライ特務小隊だ。早い話、俺の部下達だな」
「童話喰ライを専門に倒す部隊……?」
「あぁ、そうだ。安心しろ、俺の部下達はちゃんと強いからな」
ヤエはかたかたと震える手を握り込み、むりやり笑顔を作る。
「もう、大丈夫。仕事でしょう? 行っても大丈夫」
「そうは見えないが……。はぁ、ヤエが強情なのはこんな時でも変わらないのか。まぁいい、おいそこの」
たまたま近くで戦っていた隊員に環が声をかける。
するとすぐさま反応し、環の隣に並んだ。
真っ正面から隊員を見上げ、ヤエは初めて女性であることに気がついた。
男性と遜色ないほど短く断髪された栗色の髪は、職業婦人として生きる決意だろうか。
気の強そうな顔立ちの彼女には赤色が似合いそうだとヤエは頭の片隅で思った。
「沓守。車の運転はできるな? 俺の屋敷まで送ってやってくれ」
「かしこまりました」
敬礼をした女隊員――沓守が運転席へと回るのを確認し、環はヤエの額に口づけを落とす。
ちゅっと音が鳴り、額から彼の唇が離れたところでヤエの口から慌てた声が漏れた。
「なっ!?」
「沓守の言うことをちゃんと聞けよ」
そう言い残した環は、扉を閉めると、他の隊員同様、童話喰ライへと向かって行った。




