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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする  作者: Yuki


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第48話 帰還護衛① 依頼と同じ形

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 ギルドの受付は、朝から人が多かった。


 掲示板の前には冒険者が群がり、羊皮紙を指で叩きながら言い合っている。

 報告を終えた者、これから仕事に向かう者、どこにも属さない視線で場を眺める者。

 カルディナのギルドは、常に動いている。


 ルーシーは、その流れから半歩外れた場所で足を止めた。


 受付横の呼び出し札。

 番号ではなく、細い二重線で囲まれた印が付いている。


(……また、指定)


 今さら驚きはしなかった。

 自由に依頼を選ばせない。

 危険度を管理し、事故を起こさせない。


 ここに来てからの運用は、ずっと一貫している。


「ルーシーだな」


 受付の奥から声がかかった。

 名札の見えない係員が、書類を一枚差し出す。


「護衛だ。内容は単純だが、条件が付く」


 渡された依頼書は、整いすぎているほど整っていた。


 街道護衛。

 行程六日。

 出発地:カルディナ。

 目的地:エルデン。


 視察のために移動する客人一名。

 護衛対象は人。荷は付随。


 ここまでは、理解できる。


 だが、その下――。


 護衛編成の欄を見た瞬間、ルーシーの指が止まった。


 ブレイデン。

 バルドリック。

 フィンレイ。

 ロウェナ。

 カルヴァン。

 エステル。


 最後に、自分の名。


(……全部、最初から決まってる)


 しかも、その並びには覚えがあった。


 一か月半前。

 エルデンからカルディナへ来たときの護衛。

 最初に「仕事とは何か」を突きつけられた編成だ。


「同じ……」


 思わず零れた声に、係員は淡々と答えた。


「依頼主の指定だ。断ることもできる」


 断る理由はなかった。

 むしろ、同じメンバーなら余計な説明が要らない。


 隊列の癖。

 合図の間。

 判断の速さ。


 全部、知っている。


(管理されてる、ってことか)


 そう思えば、納得はできた。

 無茶をさせないための配置。

 事故を起こさせないための編成。


 ルーシーは依頼書を畳んだ。


「受けます」


 係員は短く頷く。


「護衛対象への接触は不要。必要な指示は、現場の隊長から出る」


 現場の隊長――ブレイデン。


 それ以上の説明はなかった。

 分からない部分は残るが、仕事としては十分だ。


 ルーシーは受付を離れ、外へ出た。


          ◇


 東門の外は、すでに準備が進んでいた。


 荷車は控えめだ。

 商隊というより、随行車両に近い。


 だが、一台だけ明らかに違う馬車があった。


 幌付き。

 車輪が大きく、揺れを抑える構造。

 布は厚く、縁取りが丁寧だ。


(……客人の馬車)


 中の人物は見えない。

 見えなくていい。


 少し離れた場所に、見覚えのある背中があった。


 ブレイデンだ。


 壁にも寄らず、門柱の影にも入らず、ただ立っている。

 視線は人ではなく、出入口だけを捉えている。


 ルーシーが近づくと、顎がわずかに動いた。


「来たか」


「はい」


 それだけで十分だった。


「依頼書は読んだな」


「読みました。編成が固定で……」


「いつもの形だ」


 短い答え。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「客人がいる。前に出るな。仕事だけをする」


「了解です」


 理由は聞かない。

 聞かなくても、やることは変わらない。


 やがて、アイアンシクスの面々が揃った。


 バルドリックが第一荷車の前で盾の角度を確かめる。

 フィンレイは門の外へ少し出て、街道を見て戻る。

 ロウェナは弓の弦を指で弾き、音を確認している。


 後方では、カルヴァンとエステルが並んでいた。


 カルヴァンは杖を持たない。

 だが、それが後衛としての余白を作っている。


 エステルは逆に整いすぎている。

 動かないための準備が、すでに終わっている。


 全員が揃うと、門前の空気が自然に締まった。


 ブレイデンが言う。


「隊列は前と同じだ」


 前と同じ。

 一か月半前、エルデンからカルディナへ来たときと。


 誰も異を唱えない。

 地形も、街道も、馬車構成も同じだ。

 変える理由がない。


 ルーシーは、自分の立ち位置へ向かった。


 中央の荷車、その外側。

 前にも出ない。下がりもしない。

 荷車と一定の距離を保つ位置。


 立った瞬間、分かる。


(……同じ形、だけど)


 感覚が違う。


 以前は、ただ「置かれていた」場所。

 今は、周囲との間合いが見える。


 前後の動きが、足裏で分かる。

 自分が一歩動けば、誰に影響が出るかも。


 カルヴァンの視線が、一瞬だけこちらを掠めた。


 何も言わない。

 だが、その沈黙は確認だった。


 ブレイデンが続ける。


「客人は視線を集めるな。止まらない。合図は短く」


 御者が手綱を引く。

 馬が一歩進み、車輪が回り始める。


 列が動いた。


          ◇


 石畳が途切れ、街道の土に変わる。


 車輪が小石を噛む音が、一定の間隔で続く。

 隊列は崩れていない。


 むしろ、整いすぎている。


 先頭にブレイデンとフィンレイ。

 第一荷車の脇をバルドリック。

 後方にカルヴァンとエステル。

 最後尾をロウェナ。


 教科書通りだ。


 ルーシーは、中央で歩調を合わせながら思う。


(同じ隊列……でも)


 前と違うのは、自分だ。


 一か月半前は、判断を教えられていた。

 今は、判断を求められている。


 背中の内側に、微かな熱が溜まる。


 まだ何も起きていない。

 それでも身体が、前に出ようとする。


(……出ない)


 呼吸を腹に落とす。

 足裏の感触だけを拾う。


 追わない。

 終わらせに行かない。


 それが、今の仕事の仕方だ。


 前方で、フィンレイの右手が上がった。


 短い合図。

 ――警戒。


 ルーシーは剣に触れないまま、重心を落とした。


 風とは違う方向から、わずかな音が跳ねた気がする。


(……来るな)


 言葉にせず、位置だけを整える。


 街道は続く。

 事故を起こさず、淡々と終えるために。


 その中央で、ルーシーは歩き続けていた。

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