第34話 第二部 重さを知る
第二部です。さて何部で終わるんだろう?
ギルドの裏手にある訓練場は、朝の時間帯だけ比較的静かだった。
本格的な訓練をする冒険者は昼過ぎに集まることが多い。
今いるのは、身体をほぐす者が数人と、武器の手入れをしている者が二、三人いる程度だ。
ルーシーは入口で一度立ち止まり、周囲を確認してから中へ入った。
目立つ行動をするつもりはない。
今日は“確かめる”だけだ。
訓練場の端、使われていない木杭の前で足を止める。
杭は胸の高さほどで、何度も打たれた痕が残っている。
背中から剣を下ろし、鞘から抜いた。
金属の音が小さく響く。
片手剣としては明らかに肉厚で、重心が剣先に寄っている。
室内で軽く振った時よりも、ここでは身体全体を使える。
だが――
ルーシーは、すぐには振らなかった。
まず、足を開く。
肩幅よりやや広め。
つま先の向き、膝の角度、腰の高さ。
体重を前後に移動させ、地面の反力を確かめる。
(……この体で)
具体的な数値は分からない。
ただ、自分の体は“以前と同じ感覚”で扱えるはずだと、無意識に思っている。
どれだけ力を込めても、支えているのはこの体だ。
剣を振れば、反作用は必ず自分に返ってくる。
剣を構える。
深く息を吸い、吐く。
――振る。
最初の一振りは、抑えめだった。
剣先が杭の表面を叩き、乾いた音が返る。
衝撃は想定内。
だが、腕だけで止めようとすると、手首に負担が集中する。
(……おかしい)
二振り目。
今度は腰の回転を意識する。
剣先が杭に当たった瞬間、
反動を脚で受け、体幹で吸収する。
――ドン。
音が変わった。
衝撃が分散され、腕への負担が軽くなる。
「……なるほど」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
力任せに振るのは簡単だ。
だが、それを続ければ、必ずどこかで身体が先に壊れる。
三振り目。
踏み込みを浅くし、振り幅を抑える。
当てて、すぐに引く。
剣先が杭に食い込み、わずかに木屑が舞った。
(……感覚が、合ってない)
自分が狙った位置で、
自分が想定した力で、
止まらない。
それは疲労でも、技術不足でもない。
身体が出している出力と、頭の認識が噛み合っていない。
訓練場の隅で、視線を感じた。
年配の冒険者が一人、こちらを眺めている。
特に近づいてくる様子はない。
興味半分、といったところだろう。
ルーシーは構わず、次の動作に移った。
今度は、振り切る。
――ブンッ。
剣先が空を裂き、身体が引っ張られる。
遠心力が腕を外へ持っていこうとする。
一瞬、バランスが崩れた。
足を踏み直し、なんとか立て直す。
(……今の動き、まずい)
実戦なら、隙を晒していた。
止めるつもりで止まらない動きは、危険でしかない。
ルーシーは剣を下ろし、額の汗を拭った。
呼吸は乱れていない。
だが、集中力は確実に削られている。
「焦らない……」
自分に言い聞かせる。
これまでの仕事では、
“動けばどうにかなっていた”。
だが、それは結果論だ。
今は違う。
今日はDランクとしての初日で、
しかも――仕事は選べない。
ローデリックの言葉が、頭をよぎる。
「お前は管理指定だ」
暴走すれば、止められる。
それは檻ではない。
だが、甘えでもない。
(……ちゃんと扱えないなら、使わない)
剣を振るのをやめ、鞘に納める。
今度は、防具を意識して動いてみる。
軽く走り、止まり、方向転換する。
脛当てが足の動きをわずかに制限する。
慣れれば問題ないが、最初は違和感が残る。
(護衛なら、長時間だな)
戦闘よりも、移動と警戒。
荷を守るための位置取り。
そして、不意の襲撃への初動。
“強さ”より、“安定”。
それが、今回の仕事に求められるものだ。
ルーシーは剣を背負い直し、訓練場を後にした。
入口に戻ると、受付の方から声が飛んだ。
「ルーシー、準備はいい?」
マレーナだ。
手には書類束。
「今日の仕事、もう決まってるわ。
護衛。商隊付き。
詳しい話は奥で」
選択肢は、最初から用意されていない。
ルーシーは一度だけ深呼吸し、頷いた。
「……はい。行きます」
剣の重さを背中に感じながら、
彼女はギルドの奥へと歩き出した。




