第15話 選ぶ時間
その日の朝、倉庫はいつも通り動いていた。
箱の並び。
荷車の音。
人の気配。
何も変わっていない。
(……だからこそ、考える)
ルーシーは、箱を運びながらそう思った。
午前中の作業が終わる頃、
倉庫の入口に、あの男が現れた。
革の装備。
倉庫の空気とは、やはり違う。
年配の男が気づき、
軽く手を上げる。
男は、まっすぐルーシーを見た。
「……ルーシー」
呼ばれる。
倉庫の空気が、ほんの少しだけ張る。
男は、指を一本立てた。
——今日。
次に、空を仰ぎ、
日が動く様子を示す。
——時間は、あまりない。
(……期限、か)
ルーシーは、すぐに答えなかった。
拒否でも、承諾でもない。
ただ、理解したという顔で頷く。
男は、それ以上何も言わなかった。
圧をかけるつもりはないらしい。
「……待つ」
それだけ言って、入口の外に下がった。
作業に戻る。
動きは、変えない。
ペースも、乱さない。
だが、頭の中では、
選択肢が何度も行き来していた。
倉庫に残る。
安全。
居場所がある。
外へ出る。
金になる。
危険が増える。
(……どっちも、正しい)
昼の食事は、いつもと同じ。
少し多い。
年配の女性が皿を置きながら、
一度だけルーシーを見る。
何も言わない。
でも、視線は優しかった。
(……引き留めない、んだ)
それが、逆に胸にくる。
午後、作業が終わる。
箱の数を確認し、
道具を片づける。
誰も、ルーシーに聞かない。
誰も、答えを求めない。
(……だから、自分で決める)
日が傾き、
倉庫の影が長くなる。
入口を見ると、
男が待っていた。
ルーシーは、一度だけ倉庫を振り返る。
ここでは、
名前を呼ばれる。
仕事がある。
飯も、寝る場所もある。
でも、ここに来た理由は、
「留まる」ためじゃない。
(……無理はしない)
それだけを胸に、男の前に立つ。
答えは、まだ口にしない。
だが、
選ぶ準備は、できていた。
ルーシーは、ゆっくりと息を整えた。




