第13話 名前を聞かれる
翌朝、倉庫に入ると、いつもと同じ匂いがした。
木と埃と、少しの汗。
変わらない。
(……昨日のこと、引きずってない)
それが、少し意外だった。
外の仕事に出た。
金も受け取った。
でも、ここでは何も変わっていない。
年配の女性が、いつも通り仕分けをしている。
若い女性たちも、同じ場所にいる。
(……よかった)
仕事は、いつも通り始まった。
箱を運び、
並べ、
流れを整える。
無理はしない。
でも、止めない。
午前中の半ば、
昨日の男が倉庫に入ってきた。
革の装備。
周囲とは明らかに違う。
今度は、まっすぐルーシーのところへ来た。
「……ルーシー」
呼ばれる。
倉庫の空気が、少しだけ動く。
男は、指で外を示す。
昨日と同じ合図。
ルーシーは、一度だけ年配の男を見る。
男は、短く顎を上げた。
——行ってこい。
倉庫の外。
男は立ち止まり、
今度はすぐに本題に入った。
「……名前」
短い言葉。
ルーシーは、一瞬だけ考えた。
(……どこまで、言う?)
本名。
身分。
出どころ。
どれも、説明できない。
でも。
(……呼ばれてる名前で、いい)
ルーシーは、自分の胸に手を当てて、
はっきり言った。
「ルーシー」
男は、短く頷いた。
次に、腰の袋から板のようなものを出す。
何かを書く仕草。
登録。
記録。
「……一人?」
指で人数を示す。
(……仲間はいない)
ルーシーは、首を横に振った。
男は、少しだけ眉を動かした。
驚きではない。
確認だ。
「……なら、次」
男は町の奥を指した。
昨日よりも、はっきりした動き。
(……話が、続いてる)
すぐに決める必要はない。
そういう空気だった。
「……考える」
ルーシーは、ゆっくり言った。
男は、それを否定しなかった。
「……明日」
それだけ言って、倉庫を出ていく。
倉庫に戻ると、
年配の女性が一度だけこちらを見た。
何も聞かない。
ただ、作業に戻る。
(……これでいい)
昼の食事は、相変わらず少し多い。
午後も、仕事は続いた。
だが、ルーシーの中で、
一つだけ変わったものがあった。
——選択肢。
倉庫に残る。
外に出る。
どちらも、間違いではない。
夜、寝台に横になる。
今日のやり取りを、静かに思い返す。
名前を聞かれた。
記録されるかもしれない。
(……考える時間は、ある)
それが、ありがたかった。
ルーシーは、そう判断して目を閉じた。




