2025/10/09 映画『違国日記』を見て
実写映画『違国日記』を見ました。
それで思ったことを書いておきます。
以前から気になっていた『違国日記』の実写映画を見た。
原作漫画は既読で、槙生ちゃんが新垣結衣と聞いたときから気になってはいたが、気になった映画というのはほとんど見られることはない。
そのうち…と思ったまま今まで見ず、今回ちょっとしたきっかけがありサブスクで見ることにした。
その前に、ちょっとインターネットで映画のレビューを見てみた。
まぁ、酷評してあった。漫画の実写化というのは、賛否が体感2:8くらいだ、いつも。だからそんなもんだろうと思いながら、一応いくつかのレビューを見て、『へぇ、そんなにひどいのか。女優さんは良さそうなのに。新垣結衣の仏頂面も見たいし、朝ちゃんの子もさわやかで溌溂としていて、朝ちゃんっぽいのに』と思った。でもなんとなく見てみることにした。たまたまちょっと、映画1本見れるくらいの時間があったし。
結論から言うと、私の感想は『そんなにひどくないし、むしろ良い。5段階評価でいうと、4くらい』
ただ、これはちょっと原作未読だとわかりにくいところもあると思った。まぁ実写化っていうのは、おおむねそんなものだ。
映画を見るのと前後して、原作も読み返してみた。
やっぱり良い作品だったし、素直に「この漫画の世界観を実写化するのは、無理だ」と思った。モノローグが多くて、余白が多くて、独特のテンポがあって、漫画ならではの表現がこの作品を作っていると思ったからだ。これを、もし本当にそのまま再現したら、多分つまらない映画になると思う。それは、映画として、という意味だ。良い作品だけど、良い映画にはならない。だからいろいろ変えられたんだろう。
そしてその変更っていうのは、絶対に、原作を大事にしている人には受け入れられないんだろう。あと、作画。線が少なくてさっぱりしていて、世界観にフィットしている作画だから、実写にそのまま落とし込めない。だって現実にはさらりとした線の人なんていないし、余白もないし。悲しいけど、現実って漫画みたいに美しくない。
でも、現実には現実だけの美しさがある。
だから、漫画より現実(実写)の方が好きという人もいるんだろう。
私はどっちも好きだから、どっちも見る。
紙の上の槙生ちゃんでしかない槙生ちゃんも好きだけど、新垣結衣の槙生ちゃんも良いと思う。新垣結衣はかわいいし、好きだし。
で、私が実写映画を見て一番すとんときたシーンっていうのがあって、それは原作にはないシーンだった。
朝ちゃんが学校をさぼって、槙生ちゃんが学校に呼び出される。槙生ちゃんが「彼女の選択を尊重したい」という。それに、学校の先生が「本人が後悔することになっても?」という。
要約すると、だいたいこんな感じ。
多分、……たしか、原作にはないシーンだったと思う。(私の記憶力は本当に残念だという自覚があるので、原作にあるシーンだったらごめんなさい)
この実写のシーンが、原作の中で繰り返されていた、朝ちゃんの「お母さんは私の好きにしろっていうくせに、いざやると反対したり指図してくる」という悩み?苦しみ?と、がっつり噛み合った。
この朝ちゃんの悩みは、実写映画のほうではそんなに強調されてなかったと思う。でも、原作を読むとけっこう大事な命題のように感じた。
だから、私は両方を見て、「あぁ!そういうことか!」と腑に落ちたというか、スッキリしたというか、アハ体験をした感じになった。
と同時に、「あぁこれは、多分感じ取れる人っていうのは原作を読むだけでちゃんとわかってて、だから不要な表現に感じるんだろう。無粋に感じるんだろう」と思った。漫才のオチを再度説明するような、マジックのネタばらしのような。「皆まで言うな」という感じ。
でもなぁ、私のような察しの悪い人間には、実写のあのシーンはうまいパスだったと感じるわけです。実写映画で原作の理解を深められたというか。
そういう意味で、『5段階評価の4』となったわけです。……私が評価するのも何様だってかんじだけど。それに原作好きとしても、映画から入って原作を読む人が少しでもいればいいんじゃないかと思う。映画だけ見ると腑に落ちないところも確かにある。
結局実写化って、原作が好きすぎる人は見ないほうが良くて、原作未読→原作読む の流れが一番いい気がした。




