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〈 5 〉

 松崎翔子のからだがぐらりと揺れると、後ろにいる孝之の胸に倒れ込んできた。孝之はあわてて受けとめるが、支えきれずに翔子をかかえたまま尻もちをついた。夏実もそのそばにかがみ込む。

 テーブルの向こう側に女子更衣室の入口がある。更衣室のドアが開いて、深津芽衣と小和田真由が続けて姿を見せる。シャワーを浴びている途中だったのだろう。二人とも頭にタオルを巻き付けている。

 芽衣が先にテーブルを回り込んでこちらのドアに近づく。そこで皆の視線の先を振り返って、息を詰まらせたような声をあげて硬直した。

 真由はネットの横まで来たところでテーブルの上の首に気づいて、悲鳴を上げて飛び下がった。ネットの後方のテーブルに左手を着いた拍子に、台の上のバケツをひっくり返した。バケツの中に入っていたボールがテーブルの向こう側に落ちる。次々にボールが床に弾むのが、テーブルの下の空間越しに、孝之の所から見えた。激しい雨だれのように響くその音に、孝之たちは少し我に返った。

 江口亜梨須が翔子の上にかがみ込んで、その様子をうかがってから夏実を見て、

「稲森さんと小澄さんは松崎さんのことをお願いします。少しショックを受けてるだけだから、休憩所で少し寝かせてあげて。」

「わかりました。」

 夏実は孝之と顔を見合わせてうなずき合った。

「長谷川コーチ!」

 まだ少し茫然としていた長谷川潤に、河野竜二が叫ぶような声をかけた。

「コーチは警察への連絡と案内をお願いします。大至急!」

「わ、わかった。」

 潤はその気迫に押されるように何度もうなずいて、

「警察が来るまで、誰も中に入らないようにしておいてくれ。」

「まかせてください。」

 竜二は力を込めて言って、

「さあ、小和田さんもこっちへ来て。ボールは放っといていいから。」

 我を見失ったように床のボールを拾い集めようとしている真由をせかすように声をかけた。竜二は入口に集まった皆の背中を押すように通路に出すと、体育室のドアを閉めた。

 孝之と夏実は両側から翔子の身体を支えるようにして休憩所に入った。ソファに座らせ、横になるように促したが、翔子は大丈夫と首を振った。夏実はウォータークーラーの水をカップに注いで翔子に持たせた。

「ありがとう。少し気分が悪くなっただけですから。でも、二人ともここにいてください。あの首が頭から離れなくて、怖くて。」

 翔子は目を潤ませて、身震いした。夏実と孝之は黙って翔子を見守った。


 どれくらい経ったか、休憩所のドアが開き河野竜二が姿を見せた。その後ろから強張った表情の江口亜梨須、深津芽衣、小和田真由も続く。

「警察が到着しました。我々はここで待機せよとのことです。松崎さん、大丈夫?」

 竜二の言葉に翔子は小さくうなずく。

「もう大丈夫です。長谷川コーチはどうしたんですか。」

「刑事さんに現場の説明をしてる。」

 芽衣が言って大きくため息をついてどさりとソファに腰を下ろした。

 ほどなくして長谷川潤が休憩所に現れた。後ろから2人の男が入ってくる。1人は夏実の顔見知りの大門刑事。もう1人は知らない顔だ。長身の大門刑事は夏実を見て少しだけ眉を上げただけで、厳しい表情を崩さない。

 刑事達による聞き取りが始まった。一同は緊張した面持ちで質問に答えた。その話を要約すると、事件発見の経緯は次のようになる。

 体育室で集合集写真を撮ったあと、坂木店長は潤としばらく打ち合ったが、10分ほどで店長は男子ロッカーへ引き上げ、潤は休憩所で孝之たちと合流した。体育室の4人―竜二、芽衣、真由、翔子は練習を続けた。竜二は時折手を止めて、他のメンバーのプレーする様子をカメラに収めた。ロッカー室の方から何か物音は聞かなかったかとの刑事の問いに竜二は首を振った。

「何も聞こえませんでした。練習とカメラに没頭してたから、多少の物音には気づかなかったかもしれません。」

 30分ほどで練習は切り上げられた。翔子はまだ続けたそうだったが、体育室の使用終了時刻が迫っていた。翔子は亜梨須たちのいる休憩所に向かった。芽衣と真由は床に散らばったボールをバケツに拾い集めてテーブルに置き、竜二はカメラ機材を倉庫に入れてから翔子の後を追った。

「では河野さん、あなたが最後に体育室を出たということですか。」

 大門刑事がペンを止めて竜二に尋ねる。竜二は少し考えてから、

「深津さんたちが女子ロッカーへ入るのと同じくらいだったと思います。」

 芽衣と真由も同時にうなずく。竜二が言葉を続ける。

「休憩所で長谷川さんたちと一緒になりました。それから一足先に体育室に戻った松崎さんの悲鳴が聞こえ、駆け付けてみると・・・」

「卓球台の上の首を見たということですね。」

 淡々とした口調で刑事は言ったが、竜二は大きく身震いした。

 その後の事は孝之の見た通りだ。孝之と夏実は翔子を連れて休憩所に入り、潤は警察に連絡するために1階の警備室へ走った。潤は保安課に依頼し、従業員出入り口を封鎖し、警察の到着を待った。

 竜二、亜梨須、芽衣、真由の4人は体育室の前の通路で警察を待ったらしい。体育室のドアは男女ロッカー室と倉庫、通路への出口と4か所あるが、すべて施錠したと言う。

「大門さん。」

 聞き取りが一段落して、夏実が刑事に声を掛けた。

「坂木店長のからだは見つかったの。その、首以外の。」

 大門刑事は夏実の方を振り向いて、少しためらったあと、小さくため息をついて、

「見つかったよ。男子ロッカー横のシャワールームで。首の無い状態だったが、間違いないと思う。タイルの床に横たえられて。シャワーが出しっぱなしだった。血を洗い流すためだろう。」

 一同の中からうめき声のようなものが漏れた。

 休憩所のドアが開いて別の刑事が顔を出した。大門に耳打ちする。大門刑事が立ち上がった。少し顔色が変わったように見えた。

「申し訳ないが、後でもう少し話を伺いたいので、ここで待っていてください。」

 そう言い残して、刑事たちは休憩所を後にする。

 一同はふっと緊張を解いた。

「何かの報告があったみたいだね。」

 孝之がつぶやく。

「何かが発見されたんじゃないかしら。」

 刑事の一番近くにいた夏実が言う。

「菊田神社の鳥居、ナイフとかいう言葉が聞こえたような気がする。凶器が見つかったんじゃないかな。」

「凶器。」

 驚いたような誰かのつぶやき。見交わす視線が絡み合う。

「まあ、とりあえずコーヒーでも飲まないか。」

 潤が明るさを取り繕うような口調で言って立ち上がった。

「まだまだ帰れそうにないようだから。」

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