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〈 2 〉

「砂漠の冒険だね、今回の夢は。」

 小澄孝之はそう言ってうなずいた。

「そう、なんだか暑い夢だった。寝室のエアコンが調子悪いせいかも。」

 稲森夏実は顔を両手であおぐ仕草をした。深緑色のソファに二人は並んで腰掛けている。空調の効きすぎたその部屋は少し寒いくらいだ。二人のいるのは、S百貨店9階にある人事部横の応接室だ。

 孝之はコンシェルジュ、夏実は案内嬢としてS百貨店のサービス部門に勤務している。その日の夕刻、二人は人事部に呼び出された。理由は告げられていない。応接室で顔を合わせて二人は首をひねった。人事異動の季節でもない。何か叱られるようことをした覚えはない。褒められるような事にも思い当たらない。

 主に来客用に使われる応接室には窓がない。正面の壁に日本画と、その前にアートフラワーが置かれている。反対側には写真パネルが5枚貼られている。S百貨店の歴史を写したパネルだ。昭和初期のオープン時の賑わい、水害、戦災、大地震による被害と復興時の人々の笑顔。百貨店の良き時代の人々の生き生きとした姿を眺めながら孝之は思いを巡らせる。百貨店はこれからどこへ向かおうとしているのだろう。


 約束の時刻を少し過ぎてドアが開いた。顔を出したのは人事部課長の長谷川潤だ。急な打ち合わせが入って、もう少し待ってくれと慌ただしくわびてドアを閉めた。

「インフォメーションの交代時間に間に合わなくなるわ。」

 夏実はため息をついたが、仕方無いとあきらめ顔で、昨夜の夢の話を孝之に聞かせたのだった。瑠璃色のカーテンが出てきた夢だったので、いずれ孝之には話そうと思っていたところだった。

 瑠璃色のカーテンが閉まったまま見る夢はこれから起こることを表し、カーテンが開いた時の夢は起こった事件の真相を暗示している。今まで何度もその事を二人は経験していた。夢の話を夏実は続ける。

「砂嵐が前から吹き付けてね。圧迫感を感じるくらい。」

「そんなに押すな!って感じだね。」

「太陽もじりじり照りつけて。」

「ソーラーさぞ暑かったろう。」

「オアシスには椰子のような大きな葉をつけた木があった。」

「それは涼しそうヤシ。」

「よくそんなに出てくるわね。」

 夏実は感心したように孝之を見る。孝之は軽く咳払いして、

「それからそのオアシスにスフィンクスが飛んで来たんだね。」

「スフィンクス?」

 夏実は驚いたように声のトーンを上げた。

「あの怪物はスフィンクスだったの?」

「その風貌や、後の展開から考えても間違いなくスフィンクスだと思うよ。」

「スフィンクスってあんな顔だっけ。夢に出てきたのは美しい女性の顔だったのよ。」

「夏実のイメージしてるのはエジプトのピラミッドの横にあるスフィンクス像じゃないかな。エジプトのスフィンクスは王様の格好を模した神聖なものだけど、ギリシャ神話などでは女性の顔を持ち、人間を食い殺す怪物として描かれている。ぼくはギリシャ神話に詳しくはないけど、スフィンクスの出てくる物語は知っている。その物語をモチーフにした有名な絵画もあったはずだ。」

 孝之はスマホで検索した画面を示す。横からのぞき込んだ夏実が声を上げる。

「あっ、その絵見たことある。どこかの美術館で。」

「『オイディプスとスフィンクス』フランス象徴主義の画家、モローの代表作だって。ぽくの読んだ物語の題名も『オイディプス』だった。」

 半裸のたくましい男と、ライオンのからだと翼を持った半獣人の怪物が顔を近づけて向かい合った絵だ。怪物の横顔は美しい女性のものだ。

「そうよ、怪物はまさにこんなイメージだったわ。」

「この神話に出てくるスフィンクスは砂漠で旅人を待ち構え、謎掛けをして答えられなかった人間を食い殺した。夏実の夢に出てきたあのナゾナゾだよ。この絵はスフィンクスの謎掛けにオイディプスが答えようとしている場面だよ。」

「オイディプスは謎掛けに答えることができたの。」

「オイディプスは見事に正解した。それを聞いたスフィンクスは谷底に身を投じて死んだ。」

「お互いに命を賭けた謎掛けだったのね。それで、その答えは何なの。」

「有名な問題だから、考えてみてよ。」

「夢の中でも真剣に考えたのよ。食べられたくなかったから。でも良くわからない。朝4本、昼2本、夜3本って、おばあちゃんの田舎のバスの本数みたい。」

「ちょっとローカルな路線なのかな。」

「父の決めてる1日のタバコの本数かな。1日10本以内って決めてる。」

 孝之は苦笑する。

「足の本数だよ。真面目に考えてよ。」

「いじわるクイズみたい。わからないわ。」

「答えはね、人間だよ。」

 それを聞いて、夏実は大きく首をかしげる。

「人間?どうして人間なの。」

「人間は赤ちゃんの時、四つんばいで歩き、やがて成長して2本足で立つ。歳をとると杖をついて3本足になるということ。」

「ふーん。」

 夏実は少し不満気だ。

「なんだかこじつけみたい。上手いこと言ってるようだけと、滑っちゃってる気もする。あまりいい問題だとは思えない。答えられずに食べられた人はかわいそう。」

「でも少し変わってるよね、夢のスフィンクス。」

「そうね。握手を求めてきたし、万年筆を持ってメモをとっていた。そしてピストルを突きつけてきた。」

「それは神話には出てこないよね。そして夏実を救ってくれた斧。」

「斧がひとりでに動いて怪物に切りつけたのよ。」

「それらの事が一体なにを表しているのかな。」

 二人は黙って考えに沈んだ。

 不意にドアが開いて、長谷川潤が姿を見せた。

「大変お待たせして申し訳ない。」

 そう言って、短く刈り上げた頭をかいた。

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