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「よく来たね」


 少し線の細い長い金髪の男性が迎えてくれる。第二王子殿下は芸術肌で、美しいものをこよなく愛していた。

 殿下の隣にはまだ幼い小姓が二人控えている。


 ピシャリ


「私が来たのに、こんな者を側においておくなんて」


 小姓を扇で打ち据え、私が怒りをあらわにすると慌てて殿下は小姓を下げた。


「ライル、二人を城下まで下げなさい」

「……しかし、お嬢様の護衛がいなくなります」


「私の見えないところまで下げろと言っているの。ここは王城よ、あなたがいる必要はないわ」

 語気を強めて命令する。

 

「……かしこまりました。御前失礼します」

 そのまま、ライルは小姓を連れて部屋を出て行った。

 

「すまない、気がきかなかった」 

 殿下は申し訳なさそうに、眉を下げる。 

 

「殿下の趣味にケチをつける気はありませんが、私といる時は私を優先していただけないと困ります。無粋な人間はいりません。私と殿下二人きりが良いですわ」

 

「分かってるよ、レイラ」

 

 殿下は護衛も下がらせると、そのまま私の腰に手をあて中庭にエスコートした。


「今日は月が美しいから、中庭に準備しておいたよ」

 

 中庭は赤い薔薇が綺麗に咲き誇っており、テーブルの周りがライトで照らされて、幻想的な空間が広がっていた。


「今日は月が出ておりませんから、ライトの光が映えますわね」 

「ああ、暗闇の中に咲く美しい薔薇、まるで君みたいだろ」

「お上手ですこと」


 私と殿下はいつもの様に会話を始める。


「そうそう殿下。ついに私決めましたわ」

 

「何を決めたんだい?」

「……ふふふ、まだ内緒です。でも、きっと間もなく……」

 

 私は、出されていた食前酒に口をつける。同じく、殿下も口をつけ、飲み干した。


 花びらがきっと今、1枚落ちたわね。


「……幼馴染のよしみですわ」


 私と殿下は置かれた環境も状況もよく似ていた。だからかもしれない。本人が望む最後を演出したくなったのは。


 王城とはいえ中庭までは喧騒が届かない。


「……そろそろかしら」


 私は椅子から立ち上がり、王城の中へと足を運んだ。


 ……机の上に伏せっている殿下はそのままにして。


 王城の中は驚くほど静かであった。大勢の人が働いているはずなのに物音一つしない。

 

 もしかしたらもう既に終わった後なのかしら。


 それにしては、一切の乱れがない。ただ、ただ、静かなだけである。とりあえず王の間を目指し歩みを進める。


 王の間の扉を開くと、1人の男性が王座に腰掛けていた。


「遅かったな」


 不遜な態度で笑顔を見せる男性は、先程城下に行かせたライルその人に間違いがなかった。


「他の人は?」


 さすがにこの部屋は死臭がした。王と皇后、皇太子、護衛騎士、あそこに転がっているのは宰相だろうか。


「抵抗しなければ命を助けてやるといえば、皆無抵抗で捕まったよ」 

 

「……そう」

 流れる血は少なければ少ないほど良い。


「いつから分かってた?」


 いつからか……。


 いつからだろう。気がついた時にはもう取り返しのつかない所まできていた。


 ただただ愛され幸せだった幼少期がすぎた頃からだろうか。少しずつ違和感を感じ始めたのは。


 最初のきっかけは些細なことだった。

 

「美味しくないわ、もう食べない」

 

 私が苦手な野菜の入った食事を残したことを乳母を務めていた女性が諌めたのだ。


「お嬢様、今世の中は日照り続きで作物が実らず、飢えて亡くなる方もいらっしゃいます。食事が食べられることは当たり前ではありません。食事はきちんと残さずお食べください」 

 

 厳しくも優しい人だった。ずっと私の側にいてくれた大好きな人だった。だけどその時の私は腹が立ったのだ。だから、両親に言いつけた。


「お父様お母様、乳母に……」

「そうか……」

「あなたはそんなこと気にしなくて良いのよ。好きな物だけ食べなさい」


 次の日から乳母を見かけることがなくなった。


「お父様、乳母がいないの」

「ああ、お前にはもっとよい教育係をつけようと思ってな。処分したから気にしなくていい」

「新しい人を頼んだからすぐにやってくるわ」

 両親は笑顔で告げてくる。

 

 処分。その時は言葉の意味が分からなかった。何となく両親にそれ以上何も言えず、ただ、大好きな乳母に会えなくなって悲しかった。


 次の違和感は王宮でだった。第二王子とかくれんぼをして遊んでおり殿下が鬼で私は誰もいなかった王の間の柱の影に隠れていた。すると、扉が開き誰かが入ってきた。私は、見つからないように息を潜めて誰が来たのかを確認した。


「王よ、国民は限界に来ております。これ以上税収を上げれば、今以上に亡くなる者が増えるでしょう。どうかお考え直しください」

「うるさい、平民がいくら亡くなろうともわしには関係ないわ」

 

「……王よこのままでは国民の間で不満が爆発し、必ず王に刃を向けるようになります。どうか、どうかお考え直しください」 

「うるさいと言うておろうが。……もしや、そなたが平民を焚きつけているのではないか。衛兵であえ、であえ」

 王の言葉に多くの兵士が部屋に入ってくる。

 

「王に逆らう大罪人じゃ。捕らえろ」

 そのまま男性は捕らえられた。その後その人の姿を見かけることは二度となかった。


 小さな違和感がどんどんふくらんでくる。

 

 我が家は明るく活気が溢れているのに、一歩街に出ると皆の表情が暗く、寂れた街並みがどんどん広がっていった。 


「お嬢様、たくさん知識を身に付けることはいつか己を助けます」

 新しく教育係になった女性は、たくさんのことを教えてくれた。数学や歴史、神話について、そして今世の中がどういう状況かについても。

 

「ねえ、私はどうしたらいいの?」

「そうですね。お嬢様はまだ幼いですから、時を待ちましょう」

 そう言って優しく微笑んでくれる人だった。


 教育係が私の遊び相手として自分の息子を連れてくるようになった。

 

「……ライルだ」

 仏頂面でにこりともしない男の子。でも私にとって第二王子以外で初めてできた友達だった。


 王宮には遊びに行く機会が減った。

 

 二人とも大きくなったのもあるが、第二王子殿下も現実に打ちのめされ、美しいもの、特に若い男の子を寵愛するようになったからだ。


 私はライルと一緒にいられるのが嬉しくて何でも一緒にやりたがった。私より勉強も運動も何でもできたが、なんだかんだいつも私ができるようになるまで側で見守ってくれた。そんな彼に淡い恋心を抱くようになったのもすぐのことだった。


「ライルは大きくなったら何になるの?」

 

「父さんの後を継いで辺境伯としてみんなを守る」

 

 ライルは後継ぎとしてふさわしい人物になれるように騎士団の訓練に参加するようになった。私は、一緒に遊べないのが辛かったが、彼の夢を応援したかった。何より騎士団で剣を振る姿が格好良くて、こっそり見に行くことも多かった。


 ライルは逞しくどんどん成長していった。


 私も王子妃教育が始まり、ライルと会えない日々が続いていた。そんな時、耳に飛び込んできたのは、辺境伯の謀反の急報だった。


 王侯貴族のあまりの横暴さに耐えかねた国民の声に答える形で、辺境伯が旗柱となり、謀反を起こしたのだ。


 成功するかに見えた謀反はあっけなく潰れた。内部で争いが起こり、旗柱の辺境伯が殺され、そのまま勢いを失い王国軍に倒されてしまったのだ。


 謀反に加担した家門の家族は否応なしに連座で捕まった。教育係の女性もライルも。


 彼女たちが捕まった後、何とかならないかと見張りに賄賂を渡し、地下牢へ急いだ。


 教育係は背中に鞭打たれた姿で痛々しかったが、目の輝きは失っていなかった。私を見ると急いで告げた。

「ライルは王の子です。王もそれを知っています。何とかあの子を。お嬢様お願いします」


 王の間では、祝勝会が開かれ王族や有力貴族が集まっていた。


「王様、お願いがあります」

 

 私は、王の覚えも目出度い筆頭公爵家の娘。しかも幼少期から第二王子の婚約者としても王城に上がり、王からも可愛いがってもらっていた。だからきっとできる。

 

「何だ、申してみよ」

 

「ライルを私の犬にしたく存じます」

 

「ほう、辺境伯の息子を犬とな」

「はい」

 王はしばし考えた後、衛兵にライルを連れてくるように命じた。


 連れて来られたライルも鞭打たれた惨たらしい姿であった。

 

「レイラが犬としてお前を飼いたいそうだ」


 ライルは見たことのない満面の笑顔で答える。

 

「ワン、ワン」

 

 多くの貴族から嘲笑が浴びせられた。

 

「ほう、ずいぶん犬らしいな。よし、そちに渡そう。しっかりしつけるのじゃぞ」 

「第二王子もかまわんか?」 

「はい、王の言う通りに」

「ありがとうございます」


 王がどうして主犯の息子の命を助けたのかは分からない。もしかしたら自分の息子としての利用価値がライルにはあると考えたのかもしれない。とにかく私は大きな賭けに勝ち、ライルを手に入れた。





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